【カドブンレビュー10月号】
古びたビルの一室で、主人公の濱地健三郎と助手の志摩ユリエの2人は小さな探偵事務所を営んでいた。一見ごく普通の探偵事務所だが、広告は一切出しておらず、インターネット上にも情報が載っていない謎に包まれた事務所だ。そこには、不可思議な現象に苦しむ人が噂を聞きつけて相談にきたり、事件の捜査に行き詰まった刑事が訪れたりするのである。
濱地健三郎は、2つの名刺を使い分けている。「探偵」と書かれた普通の名刺と、本業である「心霊探偵」と書かれたものである。なぜなら濱地健三郎は、霊が起こす現象を見る能力があり、その能力を活かして不可思議な体験をしている人を救えるのだ。とはいっても、霊が見えるからと言って、霊から事件の真相を聞いて解決するような安直な物語ではない。霊の様子や表情、どこにいるのか、どんな行動をしているのか、をヒントにして、仮説を組み立て真相に近づいていくのである。
また、この物語は、志摩ユリエの変化も楽しみの一つだ。物語を通して成長していく彼女は、自分の感じることのできる領域が徐々に広がっていくことで、さらに不可思議な世界へと足を踏み入れるのであった。
登場人物のキャラクターと物語のテンポがとても心地よく、次はどんな展開になるのかワクワクしながら読み進めることができた。物語がオムニバス形式でまとめられているのも、その要因かもしれない。
特に志摩ユリエの霊感が徐々に開花していくような変化にワクワクした。最初は似顔絵を描くことしかできなかった彼女が、心霊にまつわる案件を担当するにつれ、自らも普通の人が気づかない違和感や、濱地ほどではないが霊を感じることができるようになるのである。次はどんな活躍ができるのだろうかと心の中で応援しながら読んでしまった。
また、霊を扱う物語にありがちな、はちゃめちゃな展開になることは全くなく、霊はあくまで現象として何かのヒントになるにすぎない描き方は、今までの推理小説にないアクセントになっている。推理小説らしい、「してやられた」、「なるほど」と納得する読後感の良さは全く失われていなかった。むしろ死者の悲哀に満ちた表情や特徴から、今までの推理小説では描かれなかった被害者の感情を露わにしている。
本作は新シリーズの1冊目。読み終えた直後にも拘わらず、早くもこのキャラクター達の世界をもっと味わいたくて、次作が待ちきれない。今後描かれるユリエの成長や、さまざまな角度での霊のヒントを元にした、事件の解決を心待ちにしている。
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