直島 翔さんの最新刊『テミスの不確かな法廷 再審の証人』の発売にあわせ、千街晶之さんによるレビューをお届けします。
『テミスの不確かな法廷 再審の証人』レビュー
評者:千街晶之
裁判などという非日常空間と無縁な人生を送ってきた身としては、裁判官と聞くと、法服をまとった何やら厳めしい、取っつきにくい人たちを想像してしまいがちだ。しかし、当然ながら彼らも、それぞれに個性があり、悩みもすれば迷いもする人間である。2024年に刊行された直島翔の『テミスの不確かな法廷』には、生きづらさを抱えた裁判官・安堂清春が登場した。
裁判官と書いてしまったが、正確な彼の肩書は判事に次ぐ立場の特例判事補である。あまり馴染みのない肩書だと思うが、実務経験5年以上の判事補に、特例として判事とほぼ同等の権限が与えられるというものだ。
この『テミスの不確かな法廷』の開幕時点で安堂は任官7年目で、現在の職場であるY県の地方裁判所に赴任して半年になる。幼い頃に発達障害と診断され、医師の山路薫子のアドバイスを受けながら成長し、現在の職に就いて社会生活を送っているところだ。
さて、シリーズ第2作にあたる新作『テミスの不確かな法廷 再審の証人』は、前作のその後の物語を描いている。前作に登場した、安堂の上司にあたる総括判事の門倉茂、判事補の落合知彦、検事の古川真司、弁護士の小野崎乃亜(前作で安堂と恋仲になった)、執行官の津村弘信、そして山路医師といったお馴染みの面々も引き続き顔を見せる。
本書は、第1話「アリンコは左の足から歩き出す」では顧客の貸金庫から大金を盗んだという銀行員の件、第2話「ABC、そしてD」では隣人トラブルがエスカレートした果ての犬の殺害事件……と、それぞれ独立した案件を扱っている。しかし、それとは別に、第1話からサイドストーリーとして描かれてきた紅林という元受刑者をめぐる件が、第3話「法服のサンタクロース」で一気に前面化する構成になっている。安堂は、あることに気を取られると裁判の進行に集中できなくなるなどの自らの特性に悩みながら、被告たちの秘めた真実を丁寧に紐解いてゆく。
裁判といえば被告人のみならず、その関係者たちの人生がかかった場ではあるけれども、検事や弁護士、そして裁判官にとっても単なる日常的なルーティンではなく、各自の矜持や良心がかかった場であり、時には彼ら自身の人生をも左右する。本書では、法曹関係者もまた人間だという点が前作よりも更に強調されている。というのも、本書では前作で描かれなかった安堂の家族関係にも触れられているのだ。特に、「ABC、そしてD」から登場する結城秀敏の存在は重要である。彼は安堂の実父であるのみならず、法曹の先輩でもあり、最高検察庁の次長検事という高い地位に昇進している。この結城と安堂の一筋縄ではいかない親子関係の描写が、本書に深みを与えている。そして、ラスト3ページになって明かされる思いがけない真実によってある登場人物のイメージが反転する結末には、誰もが驚くに違いない。法曹という、人間の運命を左右する権限を持つ立場だからこその悩みや苦しみ。本書を読み終えた時、彼らに対する厳めしく取っつきにくそうという先入観は霧散している筈だ。
なお、このシリーズは2026年1月から、NHK総合の「ドラマ10」枠で連続ドラマ化される予定になっている。主人公の安堂清春役は松山ケンイチ。『虎に翼』では最高裁長官に就任する判事・桂場等一郎、『クジャクのダンス、誰が見た?』では冤罪事件を調査する弁護士・松風義輝……と、このところ法曹関係者の役が多い松山だが、今回はどのように安堂を演じてくれるのか、期待が高まるところだ。
作品紹介
書 名:テミスの不確かな法廷 再審の証人
著 者:直島 翔
発売日:2025年12月22日
生きづらさを抱える
裁判官が導く逆転法廷劇
任官8年目の裁判官・安堂清春は、抜群の記憶力を持つものの、極度の偏食で、感覚過敏、落ち着きがなく、人の気持ちが分からない。そんな発達障害の特性に悩みながら、日々裁判に向き合っている。7千万円を盗み起訴された女性銀行員が囁いた一言、飼い犬殺害事件に潜むかすかな違和感。彼はわずかな手がかりから、事件の真相を明らかにしていく。そんな中に現れた、殺人の濡れ衣を着せられたと訴える男。その再審裁判で証人として出廷したのは、検察ナンバー3の地位にいる、安堂の父だった……。衝撃と感涙のラストが待ち受ける、逆転の法廷ミステリ!
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