【連載コラム「私の黒歴史」】野宮 有「高いところが怖い」
「小説 野性時代」連載コラム「私の黒歴史」
最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「私の黒歴史」を特別公開!
これって黒歴史? それとも白歴史? “色とりどり”のエピソードをお楽しみください。
(本記事は「小説 野性時代 2026年1月号」に掲載された内容を転載したものです)
野宮 有「高いところが怖い」
【連載コラム「私の黒歴史」】
私は高所恐怖症だ。
共感してくれる方も多いと思うが、自分が高所恐怖症だと明かした瞬間、遊園地に誘われる回数は増える。うっかり了承しようものなら、両脇をガッチリ固められて嫌な予感しかしない行列へ連れて行かれ、人間に恐怖と苦痛を与えるためだけに設計された冷酷な装置で地獄に突き落とされる。某テーマパークのジェットコースターに乗せられたときは、力みすぎたせいで両足が
会社の若手社員数名で、千葉へ日帰り旅行をしたことがある。初めて話す他部署の新入社員とも、東京ドイツ村で動物たちと触れ合っているうちに打ち解けてきた。その時点まではとても楽しい小旅行だったのだ。
みんなで草原に寝転がっているとき、一人が提案した。
「よし、フォレストアドベンチャーに行こう!」
何やらワクワクを禁じ得ない響きに、メンバー全員が了承した。嫌な予感!
車で1時間かけて向かった先は森の中。10 mはあろうかという巨木の上に、様々なアスレチックが設置されている。
まさか、登るの……? あんな高いところに?
高所恐怖症の私に、他部署の新入社員は目を輝かせて「そんなに怖くないですよ!」と笑いかけてきた。
根拠は!?
もはや拒否権はなく、私は不適切な高さに設置された遊具へと連行された。宙に浮いた板の間を飛び越え、不安定なネットの上を恐る恐る歩く。ただただ怖かった。自然を満喫する余裕など一切なかった。
最後の遊具はジップライン。空中に架かったロープを滑走するアレである。
私はやけになって滑走を始めた。やっとだ、やっと家に帰れる……。
最悪の事態というものはいつも、それを最も恐れている者の頭上へと降りかかる。
強く握りしめすぎたせいで、軍手が滑車に挟まって途中で停止してしまったのだ。私は地上10 mの高さに宙吊りになった。
今日初めて話したばかりの、他部署の新入社員と目が合う。
私は先輩としての威厳を保つべく、「自己責任だから! 気にしないで!」といった意味の言葉を叫び、滑車から軍手を外すべくもがき続けた。もう勘弁してくれと思った。ちょっと泣いてもいた。
どうにか自力で抜け出し、レスキューを呼ぶという最悪の事態だけは回避できたが、私の心は完全に折れてしまった。
あれ以来、私は自分が高所恐怖症だと明かさないようにしている。
プロフィール
野宮 有(のみや・ゆう)
1993年、福岡県生まれ。長崎大学経済学部卒業。2018年、第25回電撃小説大賞で選考委員奨励賞を受賞し作家デビュー。以降の著書に『愛に殺された僕たちは』『ミステリ作家 拝島礼一に捧げる模倣殺人』『どうせ、この夏は終わる』など。「少年ジャンプ+」では漫画原作者として『魔法少女と麻薬戦争』を連載中。
書籍紹介
書 名:殺し屋の営業術(講談社)
著 者:野宮 有
発売日:2025年08月29日
第71回江戸川乱歩賞受賞作。営業成績第1位、契約成立のためには手段を選ばない、凄腕営業マン・
掲載号紹介
書名:小説 野性時代 第264号 2026年1月号
編:小説野性時代編集部
発売日:2025年12月25日
商品形態:電子専売
赤川次郎さんの「三世代探偵団」シリーズ最新作、冲方丁さんの終末バイオレンスSF「プロジェクト・ダークネス」の連載スタート! 相沢沙呼さんの読切も掲載で、今年最後の配信にふさわしい超豪華ライナップ!
【新連載】
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【読切】
相沢沙呼――移ろう光
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【\好評!/ 連載第二回】
川崎秋子――野生のカルテ ~つづき動物病院~
北海道・十勝地方で、〈居抜き〉で動物病院を開業した
都築広人。少年たちにキタキツネを持ち込まれて……。
中山七里――こちら空港警察 謀略
懸賞金付きのペット捜しに空港は大混乱の中、空港警察署長が現れる。
「こちら空港警察」シリーズ第二弾!
【発表】
第17回 小説 野性時代 新人賞 一次選考通過作品
【連載】
青柳碧人――漱石を巡る五人の名探偵
伊岡瞬――獲物
恩田陸――産土ヘイズ
今野敏――百鬼
砂原浩太朗――踊る狐
群ようこ――暮らしはつづく
米澤穂信(著者)/星野源(写真)――石の刃
【コラム】
私の黒歴史
野宮有「高いところが怖い」
【書評】
Book Review 物語は。 吉田大助
朝倉宏景『あの冬の流星』
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322502000321/
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