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連載

「小説 野性時代」転載コラム「私の黒歴史」 vol.16

【連載コラム「私の黒歴史」】木野寿彦「山の怪異」

「小説 野性時代」転載コラム「私の黒歴史」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「私の黒歴史」を特別公開!
これって黒歴史? それとも白歴史? “色とりどり”のエピソードをお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2025年11月12月合併号」に掲載された内容を転載したものです)

木野寿彦「山の怪異」
【連載コラム「私の黒歴史」】

 中学生の時、私はいつも遅刻ギリギリで登校していた。
 朝、自転車に飛び乗ると、前かがみの体勢でひたすらにペダルを漕ぐ。ギアチェンなんて高級な機能はないただの自転車を、力の限り漕いでいく。私の家は相当な田舎にあるため、中学校にたどり着くまで信号は一つしかない。だから、加速しようと思えば延々加速できる。安全には十分に配慮しながら、ひたすらトップスピードを維持する。
 途中で他の生徒を追い抜くことがある。残念ながら、彼ら彼女らは間に合わない。それくらい瀬戸際の勝負をしているのだ。あの日、あの時、私ほどケイデンスについて考えている中学生はいなかっただろう。
 学校の自転車小屋にたどり着いても気は抜けない。いつもその頃にはチャイムが鳴り始めている。私が通っていた学校では、チャイムが鳴り終わるまでに教室に一歩でも入っていればセーフ判定だったので、自転車小屋から教室めがけてダッシュする。このころには筋肉が悲鳴を上げているが、ここでくじけたら今までの努力が水の泡となる。最後のチャイムの余韻と共に、私は教室に身を滑り込ませる。本当に毎日、このまったく無意味な闘いを続けていた。
 同級生が、「五分早く家を出たらいいのでは」という至極まっとうなアドバイスをしてくれたことがあった。
「それは分かっているんだ。でも、不思議なことに、いつの間にか、いつも同じ時間になっているんだ」
「なにそれ、呪い?」
「そうなんだよ。あと、ついテレビの占いの結果を最後まで観ちゃうんだよね」
「どう考えても理由はそれだ」
 友人たちはあきれていた。
 だが、私は強弁した。
「でもね、君たちは、毎朝、あはは、うふふとか言いながらただ通学しているだけだろ。ところがね、僕は日々紙一重の勝負をしているんだよ。僕は毎日闘い、毎日自分を鍛えている。つまりね、僕は鋼なんだよ」
 だが、そんな日々も、中学の終盤には幕を下ろし、高校では余裕をもって登校するようになった。いつしか、あの日々は、私の中で忘れられていった。
 後日、同じ中学に進学した妹が、先輩から聞いたという、ある怪異についての話をしてくれた。

 通学時、山の奥から、ものすごい速度で迫ってくる自転車がある。それは、遅刻という概念が具現化したもので、その自転車に抜かれたら最後、遅刻が確定してしまう。

「これ、お兄ちゃんだよね?」
 と妹は言った。

プロフィール

木野寿彦(きの・としひこ)
1983年、福岡県生まれ。九州大学文学部卒業後、工場勤務や事務職を経験。2025年、「降りる人」で第16回小説 野性時代 新人賞を受賞し、デビュー。

書籍紹介



書 名:降りる人
著 者:木野寿彦
発売日:2025年09月26日

心身ともに疲弊し仕事を辞めた宮田は、期間工として働くことに。「人間とは思われない」仕事を選びながら、過酷な境遇で、気付けば人間らしい営みを求めるようになっていくが、実はある秘密が……。選考委員感嘆の第16回小説 野性時代 新人賞受賞作。

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掲載号紹介



書名:小説 野性時代 第263号 2025年11月12月合併号
編:小説野性時代編集部
発売日:2025年10月25日
商品形態:電子専売

好評連載第二回! 青柳碧人さん「漱石を巡る五人の名探偵」、東畑開人「ミドル・エイジ・ビギンズ」(ゲスト・角田光代さん)に注目! 神永学さんの「怪盗探偵山猫 楽園の蛇」はついに最終回。充実の合併号!

【\好評!/ 連載第二回】
青柳碧人――漱石を巡る五人の名探偵
芥川龍之介は菊池寛を連れて「謎の女性」を探す旅へ。
文豪の謎を文豪が追う、軽快なる歴史ミステリー!

東畑開人――ミドル・エイジ・ビギンズ
臨床心理士による「中年期」をめぐる対談連載。
ゲスト・角田光代「今までみたいじゃない自分――竜宮城の働き方改革」

【最終回】
神永学――怪盗探偵山猫 楽園の蛇
オーフェスを巡る騒動もついにクライマックス!
〈山猫を継ぐ者〉の正体とは――?

【連載】
安部若菜――描いた未来に君はいない 
伊吹有喜――銀の神話
恩田陸――産土ヘイズ
今野敏――百鬼
蝉谷めぐ実――見えるか保己一 
群ようこ――暮らしはつづく

【コラム】
木野寿彦「山の怪異」
住田祐「俺だけか?」

【書評】
Book Review 物語は。 吉田大助
葉真中顕『家族』

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322502000320/
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