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女が命がけで放った銃弾が警察組織を穿つ 『女警』

 舞台は全国どこにでもあるような人口十万人規模の地方都市、A県豊白とよしろ市。メディアが騒ぐ殺人事件など五年に一度発生するかどうか……というその豊白市で、日本警察史上に残る「警察官による警察官殺し」が起こる。現場は駅前交番内、凶器は警察官の装備品である拳銃。被害者は五十代の警部補、加害者は新任の巡査。『女警』の物語はそのように幕を開ける。と来ると、今年の四月、滋賀県彦根ひこね市で起こった現実の事件を思い出す人も多いのではないだろうか。新任の巡査が上司の巡査部長の頭部に発砲して射殺し、現場の交番から逃走を図ったこの一件は、地元住民に大きな衝撃を与えた。が、市民が警察への不信を口にする一方、当の警察内部では、この事件の発生時に何が起こっていたのだろうか。同事件の報に接し、元警察キャリアである古野まほろ氏には、事件発生から通報等の連絡系統、事務方の動きまで、容易に「内部」の動きが読めただろう。
 家父長的な縦型組織であり、徹底した人・物の管理を旨とする警察組織における「上官殺し」、「拳銃の不正使用」、「被疑者の逃亡」、これらの不祥事が与える衝撃について、『女警』は警察の内部事情を詳らかに説明しながら、読み手に一発の銃弾の重みを伝えていく。本書には次のような一節がある。
「ただ、いきなり上官を拳銃で射殺して逃亡する……それは警察組織を破滅・壊滅させることだ。少なくとも、県警を今後五年は再起不能にすることだ」と。
 ならば、もし、組織を壊滅させる銃弾を身内に放ったのが、実務一年の二十三歳の若い女性警官、すなわち「女警」だったら、男社会の不落の牙城とも言える警察内部にはどんな波紋が広がるのだろうか。女警が放ったことで、一発の銃弾の意味は変わるのか。
 その疑問に対して答えたのが『女警』という小説である。
「女警」による上官殺しという最大の不祥事を調査する任を担うのはやはり女警だ。東大出身の監察官室長・姫川ひめかわ理代りよ警視二十八歳。県警で二千五百人中、二人のキャリアのうちの一人である彼女は、事件の全容を解明する役を担う。それを命じるのは、もう一人のキャリア、「女性の視点を反映した警察づくり」の強力な推進で実績を上げてきたバリバリの「女警」、深沼ふかぬま本部長だ。彼女は、理代に言う。
「私はまず青崎あおさき巡査の物語を知りたい。その切迫した、どうにもならない、他に逃げ道の無かった物語を。それなくして、この事案の全容解明はない」と。
 女警による女警の物語の解読。それは理代を敵視する警務部長により、大きく阻まれる。度を超した暴言、公然たる侮辱、パワハラの数々を受け、事件のプロジェクトから外されながらも、理代は事件の真実に迫っていく。道を拓くのは、県警初の女性警視・晴海はるみ、結婚退職後復職した交番相談員の菊地きくち、若手のあらし巡査など女警たちの証言だ。彼女らは警察における女警の生き辛さと違和感について語る。そして理代はそれこそが事件を起こした問題の本質であることに気づく。
 女警の生き様について問うた理代に嵐巡査は、警察の男の救い難い愚かさを訴える。その愚かさもまた事件の本質の一つであり、しかしそれを明らかにすることは、家父長的な警察一家にとって大きな恥となる。理代は、組織の思惑から事件の全容解明を阻もうとする力を感じながらも果敢に立ち向かっていく。
 だが、真実は女警にとって厳しくも切ないものだ。命を絶った青崎巡査、そして、組織で生き抜く覚悟を決めた理代、対照的な二人だが、どちらも女警の表裏であり、彼女らの生き様と死に様は鮮やかな明暗を成している。
 女性が組織の中で生き抜いていく厳しさを描いた『女警』であるが、同時にそのたくましさをも高らかにうたうラストに喝采を送りたい。

>>古野まほろ『女警』


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