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試し読み

【新連載試し読み】青春小説『ブロードキャスト』、 待望の続編がスタート! 湊かなえ「ドキュメント」

12 月 12 日(木)発売の「小説 野性時代」2020年1月号では、湊かなえさんの新連載「ドキュメント」がスタート。
その冒頭を公開します!

 ◆ ◆ ◆

 三年生の先輩たち五人が引退した放送室は、その倍の人数が去ったのではないかと思うほど静かになった。とはいえ、体育祭と文化祭が二日連続で行われた九月は、想像以上に放送部の出番が多く、感傷に浸る間もないまま、いや、もともと先輩たちがそれほど恋しいわけではないけれど、気が付くと、一〇月になっていた。
 壁にかけられたカレンダーを見ながら、ぼんやりとそんなことを考えてしまったのは、単に、僕がめずらしく一番に放送室に到着したからだ。月、水、金曜日は、二年生の授業は一年生よりも一時間多く、七時間目まである。だけど、正也まさや久米くめさんは何をしているのだろう。
 正也はクラスも違うし、補習があるのかもしれない。でも、久米さんは同じクラスで、確か僕よりも先に教室を出ていたような気がする。
 と、勢いよくドアが開いた。
「ちぃーっす!」
 いつも通りのテンションで正也が入ってきた。そのうしろに、久米さんもいる。
「たまたま、職員室前で会ってさ」
 正也がテレたように頭をかいた。別に、僕は二人一緒に来ても、おかしな勘繰りをする気もないし、仲間外れにされたとスネる気もない。たとえ、二人が手にしているものが同じチラシであっても。
 正也が僕のとなりの椅子を引く。二年生もいないのだから、広々と使えばいいのに。そうは思っても僕だって、いつもと同じ席についている。久米さんは、少し離れたところに座った。最近はすっかり前を向いていた視線を、今はかなり下げて。
 どうした、重大発表か? 二人、付き合うことになった、とか? それはそれで、大歓迎だけど。
「いきなりだけどさ、圭祐けいすけって体育祭で走ってたよな」
 想定外の質問だ。
「借り物競走だけど」
 僕は高校入学前に交通事故に遭った。それから、走るどころか歩くのにも少し不自由する生活が続いたけれど、夏休みに受けた二度目の手術のあと、短い距離なら早歩きと変わらないペースで走ることができるくらいに回復した。
「じゃあ、マラソンは? もちろん、四二・一九五キロじゃなくて、ハーフ、いや、二〇キロだっけ……」
 正也が手元に目を落とす。
「秋分の日の三崎みさきふれあいマラソン大会だよね」
「ああ、なんだ。圭祐も申込書もらったのか」
 正也が安心したようにチラシをテーブルの上に広げた。久米さんも顔を上げる。僕の見た目の回復はまだこうやって気を遣われるくらいなのか、と、がっかりする気持ちを首から下に押し止めた。
「いや。デザインが毎年同じだから。中一と中二の時、部活で参加したんだ。でも、正也がマラソンって、意外だな」
 体育祭での印象だけではあるけれど。
「走るのは嫌いだ。永遠の子どもでいたいのに、持久走の時だけ、早く大人になりたいと願うくらい。でも、ここを見てくれよ」
 正也はチラシの下の方を指さした。参加者に贈られる景品の一部が写真付きで載っている。
「ノートパソコン、タブレット、ハンディビデオ……。どれも、放送部に必要なものばかりだろ」
 全員がこれらの景品をもらえるわけではない。
「参加者は毎年三〇〇人いるのに、無理じゃない? 僕なんか、よかった時で、米二キロだったけど」
「それでも、確率がゼロなわけじゃない……、だよね、久米さん」
 正也に急に話を振られて、久米さんがこちらを向いた。
「そうです。職員室前のポスターを宮本みやもとくんが睨みながら、これらの景品は何等に入ればもらえるんだろうと言ってたので、簡単に説明したら、すぐに申込書をもらいに行こうと誘われたのですが、町田まちだくんはもう、知っているんですよね」
「まあね」
 それで、同じチラシを手に、二人一緒に来たのかと合点がいった。
 三崎ふれあいマラソン大会は、この田舎町においてはちょっとした人気行事だ。ハーフマラソンという、素人にとってはなかなかハードな距離なのに、三〇〇人の定員はすぐに埋まってしまう。参加費三〇〇〇円も必要にもかかわらずだ。
 人気の秘密は正也がとびついたように、景品が豪華なこと。そして、その豪華景品を手に入れるチャンスが、完走した全員にあるということだ。通常のイベントでは上位入賞者から順に豪華景品をもらうのだろうけど、わが町のマラソン大会は違う。
 完走した順にくじ引きができるのだ。
 景品は参加人数と同じ三〇〇個。正也がほしいと口にしたものの他に、テレビや掃除機といった家電もあるし、肉や米、果物といった食品系も充実している。毎年、特賞といわれる目玉景品は当日発表となるのも、ワクワク感を高める要素の一つだ。最新型のゲーム機だったり、リゾートホテルの宿泊券だったり、A5ランクの和牛だったりと、ジャンルが統一されていないので、予測が難しいところもおもしろい。
 もちろん、全員分の景品がそんなに豪華なものばかりだと大会は大赤字になってしまうから、大半は三〇〇円~五〇〇円程度のものになる。それでも、くじを引くのはドキドキするし、何かしらもらえるというのは嬉しい。
 一番でゴールした人が意気揚々と引いて当てたものが、残念賞にも等しい、家庭用洗剤だったり(もちろん、賞状はもらえるけれど)、最下位に近い人が洗濯機を当てたり、くじ引き会場では絶えず、どよめきや歓声が上がっている。
 応援に来ていた人たちが、来年は自分も出ようか、などと言っている声も、あちらこちらから聞くことができる。
「だからさ、放送部全員で出たら、ほしいものをゲットできる確率が上がるじゃないか」
 そういうことか、と納得だ。でも……。
「悪いけど、二〇キロちょいなんて、とてもじゃないけど無理だ。全部歩くとしても、厳しいと思う」
「そうか。無理しなくていいよ。圭祐はくじ運もなさそうだしな」
 正也が明るく笑う。フォローになってないけど、気にするようなことじゃない。
「正也だって、出るからにはトレーニングしておかないと。リタイヤしたらくじは引けないんだからな。それに、四時間っていう制限タイムもある」
「マジか」
 それについてはチラシにも書いてあるはずなのに、正也は景品にしか目がいってなかったようだ。
「何時間かかってもいいなら、僕だって出るさ。案外、正也よりはくじ運よさそうな気がするし。なんてったって、今の席、窓側の一番後ろ、特等席だからな」
「俺なんか、先生の採点ミスで英語の補習セーフだったし」
 もはや、何を張り合っているのかわからない。
 と、ドアが開いた。白井しらい先輩、いや、白井部長を先頭に、二年生の先輩たち全員が入ってくる。
「また、何もしないでサボってたでしょ」
 きつい口調にももう慣れた。むしろ、優しい言葉をかけられた方が、どこか具合が悪いんじゃないかと心配になるほどだ。無駄話をしていたことを反省するように、姿勢をただしてみる。
「サボってなんかいませんよ」
 正也が立ち上がって、白井部長のところまで行った。
「予算の少ない放送部が、新しい機材をどうやって手に入れるか、考えていたんです。ほら、これ。先輩たちも出ましょうよ」
 正也はチラシを部長に手渡した。
「マラソン大会? ありえない」
 部長がため息をつく。それに対抗するかのように、正也もわざとらしいため息をつき返した。
「白井部長が、新しいノートパソコンとカメラとタブレットがほしいって言ったんじゃないですか」
「宮本がノートパソコンを独占するからでしょう。それに、そんな景品がもらえるような上位に入れるわけがないじゃない。時間と体力の無駄遣いよ」
 愚痴を吐く部長に、正也がマラソン大会の景品の仕組みを説明した。ううっ、と部長は心を揺るがしたようだけど、まだ渋っている。横から、他の先輩たちもチラシを覗き込んだ。
「確率的には、それほど低いわけじゃないな」
 意外にも、一番運動を嫌いそうなシュウサイ先輩が乗り気な発言をする。
「まあ、白井はくじ運悪そうだし、出るだけ無駄かな。箱ティッシュ一つもらってる姿が想像できるよ」
 思わず笑いそうになったのを隠すように、顔を伏せた。実際には、一番ショボい景品でももう少しマシなものがもらえるけど、白井部長が箱ティッシュを受け取りながら、これがほしかったのよ、などと強がる姿をありありと思い浮かべることができる。
「はあ? アオイと一緒にしないでよ。わたしだってくじくらい……」
 勢いよく反論しかけた白井部長の声が萎んでいくのは、これまでにいいくじを引いたことが本当にない証拠だ。シュウサイ先輩の名前は、あおい。僕と正也もそうだけど、親しい相手からくじ運が悪そうと半ば本気で言われるような連中ばかりが、放送部には集まっているということか。
「ところで、これって陸上部も出るのかな?」
 真顔に戻った白井部長のひと言に、ドキリと胸が鳴った。陸上部と聞いただけで、まだこんな反応をしてしまうなんて。
「多分」
 答えたのは、青海せいかい学院のアナウンサー、みどり先輩だ。
「俺たちがほしい景品を引いた陸上部のヤツがいたら、交渉してみるのもアリかもな。俺たちが走らずに景品をくれなんて言ったら、速攻で断られるだろうけど、二〇キロも走って死にそうになってる姿で頼んだら、検討してもらえるかもしれない」
 蒼先輩はすでに自分のくじ運に見切りをつけて、別の手段を考えている。
「なるほどね……」
 白井部長がつぶやいて、ポン、と手を打った。
「わかった。放送部で出よう。そのかわり、ちゃんと放送部の仕事もするのよ」
「仕事、とは?」
 正也が訊ねた。
「マラソン大会の記録を取るの。地域の人気イベントなら、作品制作に生かせるかもしれないでしょう。クロダ、撮影係、まかせていい?」
「オッケー」
 気前よく返事したのは、ラグビー部先輩だ。名字は黒田くろだ。二年生部員四人の中で、一番体力がありそうなのに。
「あの、僕、見学なので、撮影係やりますよ」
 手を挙げて立候補した。三年の撮影担当だった樹里じゅり先輩から、基本的なことは学んでいる。もったいないほどに声をほめられても、僕は演者よりも、撮影の方に興味がある。
「じゃあ、町田も撮影係ね。そうだ、陸上部の一年生に、すごく有望な子がいるんでしょう? 駅伝のレギュラー入りするかもって。山、なんとかくん。もし、出てたら、彼を中心に撮っておいて」
「僕が、良太りょうたを?」
「知ってるの? じゃあ、ちょうどよかった。ちょっと考えている案があるから」
 パシッと言い切った白井部長は、これで無駄話は終わり、と言わんばかりに、今年の四月から撮影した映像を一本のDVDに編集する作業について話し合う準備を始めた。三学期に発売するらしい。
 主に購入するのは三年生なので、編集もそこを意識するようにと言われた。これも大切な部費の一部となる、とも。
「こういうところで地道に努力すれば、みんなで東京に行けるんだからね」
 良太のことでもやもやしている頭の中に、東京、という言葉が突き刺さった。
 すっかり、オフシーズンの気分でいたけれど、白井部長は常に意識しているということだ。
 JBK主催全国高校生放送コンテスト、略して、「Jコン」のことを――。

▶このつづきは「小説 野性時代」2020年1月号でお楽しみください!


「小説 野性時代」2020年1月号


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