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連載

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』 vol.98

【第258回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。

【第258回】柚月裕子『誓いの証言』

 佐方は、傍聴席を見やった。
「安藤さんの苦労を、原告はもちろん知っていました。安藤さんが父親の借金を背負い、かつ、姪の自分を養子にまでして育ててくれている。よし子さんの話によると、身内のなかには、原告を養子にすることに反対する者もいたそうです」
 原じいが、地元の名士である児玉の意に背いて丁場を去り、しかも遺恨を晴らすようにその丁場で亡くなったことは広く知られていた。原じいが亡くなった経緯は、どこかで話がねじ曲がり違った伝わり方になっていたが、丁場で死んだことは事実であり、それを正す者は誰もいなかった。
 文子の身内は、児玉に逆らった家の者を養子にするなんて、安藤家まで児玉に逆らったと思われかねない。そうなったらこっちまでとばっちりを食らう、と反対した。
 それを文子は押し返した。本当は、原の姓を残すために、原告をそのままの苗字で養子に迎えたかったが、それではまわりの反対を押し切れなかった。話し合いの末、原の姓を捨てるならば許してやってもいい、とのところまで譲歩してきた。
「そして、安藤さんは原告を自分の姓に変えて、我が子として迎え入れたのです」
 佐方はゆっくりと晶を見た。
「そのことに、原告も深く感謝し、自分もできる限りのことをしよう、そう思ったのでしょう。原告は地元の高校に通いながら、コンビニエンスストアでアルバイトをし、それを祖父が残した借金の返済に使ってくれ、と安藤さんに渡していました。高校を卒業したあとは、東京へ出て短期大学に進学。そのあいだも、掛け持ちでアルバイトをして自分の生活費を稼ぎ、そのうえ安藤さんにも仕送りをしていました」
 順調に短大を卒業した晶は、電話のオペレーターの仕事に就く。そして夜は、銀座のクラブに勤めはじめた。
「女性が夜の仕事に就く理由は様々です。学費を稼ぐためだったり、自分で店を持つためだったり、なかには自分が楽しく遊ぶための人もいる。そのようななかで原告は、ただひたすら、祖父が残した借金を必死で返している安藤さんを助けるために勤めていたんです」
 多くの人の目が、晶に注がれる。傍聴席の最前列にいる晶は、身じろぎもせず、俯いたままだ。

(つづく)

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連載小説『誓いの証言』は毎日正午に配信予定です(日曜・祝日除く)。更新をお楽しみに!
https://kadobun.jp/serialstory/chikainoshogen/

第1回~第160回は、「カドブン」note出張所でお楽しみいただけます。

第1回はこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/n/n266e1b49af2a
第1回~第160回の連載一覧ページはこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/m/m1694828d5084

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