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【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』 vol.97

【第257回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。

【第257回】柚月裕子『誓いの証言』

 佐方が頷く。
「安藤さんは転倒した際に頭部を強打し、脳にかなりのダメージを負いました。しかし、脳幹という部分に損傷はなく、いずれ目を覚ます可能性はあります。ただ、さきほど申し上げたとおり、それがいつかはわかりません」
「いわゆる、植物状態ということですね」
 乙部の隣にいる右陪席が訊ねる。
 佐方はそちらを見て答えた。
「そうです。こうしているいまも、安藤さんは病院のベッドで眠り続けています」
 するとこんどは、逆隣にいた左陪席が言う。
「証人が、今日ここに来られない理由はわかりました。しかし、それが今回の案件とどのようなかかわりがあるのですか」
 佐方は目を床に落とした。
「それを、これからご説明します。なぜ、この事故がいまここで語られているか――」
 佐方は顔をあげて、左陪席を見た。
「自動車を運転する際、自動車保険に加入しますね。それと同じように自転車を運転する際にも、自転車保険というものがあります。安藤さんは、それに加入していなかったのです」
 なにかを察したように、法廷内がざわつく。
 佐方は誰にともなくつぶやく。
「安藤さんは、原告の祖父であり自分の父親が亡くなったあと、連帯保証人という立場上、代わりに借金を返していたそうです。小さな原告を育てながら多額の借金を返す日々は辛く、安藤さんはかなりつましい暮らしをしていたそうです。見かねたよし子さんが、自己破産を勧めたこともありました。でも安藤さんは、そんなことをしたらお父さんの顔に泥を塗ることになる、原家の人間はよそ様に顔向けができなくなる、原告に肩身の狭い思いをさせたくないと言い、よし子さんの勧めを断ったそうです。そんな安藤さんは、日々の暮らしと父親が残した借金を返すだけで精一杯だった。自分が通勤で使っている自転車の保険に入る余裕もないくらいに――」

(つづく)

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連載小説『誓いの証言』は毎日正午に配信予定です(日曜・祝日除く)。更新をお楽しみに!
https://kadobun.jp/serialstory/chikainoshogen/

第1回~第160回は、「カドブン」note出張所でお楽しみいただけます。

第1回はこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/n/n266e1b49af2a
第1回~第160回の連載一覧ページはこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/m/m1694828d5084

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