【第256回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第256回】柚月裕子『誓いの証言』
あと少しで家に着く、そのときに事故は起きた。文子と同じように、家に帰ろうと思っていたのか、わき道から男の子が自転車の前に飛び出してきた。
文子はとっさにブレーキをかけた。しかし、止まらなかった。路上にできていた水たまりでスリップし、男の子にぶつかったあと自転車ごと激しく転倒した。
男の子と自転車がぶつかったところを目撃した男性が、すぐさま警察と救急車を呼んだ。ふたりは近くの病院に、救急搬送された。
「男の子は近くの小学校の一年生で、自転車との衝突により左大腿骨骨折、全身打撲、そして、左人差し指の第一関節を損傷してしまいました。自転車とぶつかった際に、転倒した自転車と路面のあいだに指を挟み、切断してしまったのです」
傍聴席から、重い溜息が聞こえてくる。
佐方は話を続ける。
「切断された指は、搬送先の病院ですぐさま接着の手術が施されました。なんとか繋がったそうですが、彼が成長する過程で、場合によっては再手術が必要になるかもしれないそうです」
両親の悲しみは相当なものだった。我が子が愛しいのは誰でも同じだが、男の子は生まれたときから病弱で、多くの者が家で養生していれば治る体調不良でも、悪化して入院を余儀なくされることが多かった。親は人一倍強い愛情と心配を我が子に抱いていた。その我が子が重傷を負い、しかも身体の一部を切断するような大けがをしたことは、両親にとってはわが身が削られるほどの衝撃だったらしい。そして、その感情は怒りとなり、事故の相手である文子に向けられた。
「警察の調べにより、怪我をした男の子の年齢や事故が発生したときの状況、諸々を鑑みて事故の過失割合は少年側が10、安藤さんが90という形になりました」
そこへ乙部が、先が待ちきれないというように口を挟んだ。
「その事故で、安藤さんは意識障害になられたのですか」
(つづく)
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