【第260回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第260回】柚月裕子『誓いの証言』
晶がシャルモンに勤めたのは、いまからおよそ四か月ほど前で、その頃から久保は晶に目をつけていた。店の外で会うアフターにも誘っている。しかし、晶はその誘いには乗らなかった。
「原告が被告人と店の外で会った日――事件当日は、安藤さんが事故を起こし、原告が婚約者から別れを告げられたあたりと重なります」
佐方は証言台を離れて、傍聴席のほうへゆっくりと向かった。
「この事件に関して調べを進めると、被告人は気になった女性がいると気軽に声をかけていたという話が聞こえてきました。そのころの原告は、自分に降りかかる不幸の連続に打ちひしがれていたでしょう。そんなとき、かつて自分の祖父を組合から追い出す画策に手を貸していた男――被告人がやってきた。被告人は店で楽しそうに酒を飲み、女性を口説き、高笑いしている。原告は悔しかったでしょう。自分はこんなに苦しんでいるのに、こいつはなんの不自由もなく楽しく暮らしている。原告の被告人に対する恨みが再燃してもおかしくはありません」
「異議あり」
小さい声が、法廷内に響いた。岩谷だった。椅子に座ったまま、佐方を見ている。
「弁護人による想像であり、誘導です」
先ほどまでの、強い闘志に燃えた目は炎が消えたように暗く、怒鳴るようだった大きな声は弱々しくなっていた。
原告に不利な流れをなんとか止めなければならない。しかし、佐方の話を止めるだけの手札が自分にはない。とりあえず異議を申し出た、という感じだった。
そうなのだとしたら、岩谷の想像は当たっていた。乙部は岩谷の言葉を退けた。
「異議を棄却します。弁護人は話を続けてください」
(つづく)
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