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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.59

遣唐使・井真成に降りかかる数々の試練。 旅に出た真成一行の行く手にあるものは? 夢枕 獏「蠱毒の城――⽉の船――」#116〈前編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。

これまでのあらすじ

閉ざされた城内での殺し合いに参加した遣唐使の井真成は、仲間を得て試練を克服する。かつて城内では、人間を贄に使った呪法「蠱毒」が行われ、自分たちの殺し合いもまた蠱毒であったと告げられた。死闘を生き抜いた十二名を含む四十九名は、杜子春と共に旅に出る。一行が立ち寄った姜玄鳴の屋敷で、真成は呼び出され、この地に伝わる太公望の釣り鉤を探すよう命じられる。さらに姜一族の南家である姜竜鳴の娘・鳴花と共に常羊山に向かうことになった。時代は遡り、破山剣を手にした老人・青壺は、西楚の覇王・項羽によって始皇帝の陵墓に閉じ込められる――。

二十六章 たんしよう

 (三)承前

 りよしようは、左手に持った松明たいまつをかざして、右手後方を振り返った。
 右手には、鞘ごとけんえんけんを握っている。
 石の台の上に、木乃伊ミイラ化した、巨大な首のない屍体が仰向けに横たわっている。
 さっきと同じ光景が、そこにあった。
 いや――
 さっきと同じではない。
 屍体の右手の位置が、少し変化しているような気がした。
 少し前に見た時、その右手は、身体の横に、まっすぐ置かれてあったはずだ。
 今見ると、右肘がさきほどより曲がっていて、右手が置かれていたはずの位置が、変化しているようであった。
 この右手が動いたのか。
 それで、右手首に回されたかなと、石の台とを繫いでいる鎖が動いて音をたてたのか。
 そうとしか思えない。
 それは、つまり――
“こいつは、まだ生きているのか”
 それならば、納得できる。
 こいつが鎖に繫がれている意味が。
 もしも死んでいるのなら、わざわざ首のない屍体を鎖に繫ぐ意味はない。こいつが、まだ生きているから、だから鎖で拘束しているのである。その鎖が、これだけ太いのは、それだけ、こいつが動き出したら、危険だからだ。
 ならば、一刻も早く、ここから出てゆくことだ。
 目的の、軒轅剣は、すでに手に入れたのだ。
 この剣さえあれば、天下に打って出ることができる。さらに、その天下を我がものにすることだってできよう。
 きびすを返そうとしたその時――
 木乃伊の右手が、動いた。
 上に持ちあがったのだ。
 がちゃり、
 と、また、鎖が鳴った。
 間違いない。
 こいつはまだ生きている。
 五本の指が、何かを摑もうとするかのように、呂尚の方に向けられ、動く。
 もどるため、松明の炎を、転じようとしたその時――
 呂尚は、それを見ていた。
 首なし木乃伊の、本来であれば、頭部があるはずの石の台の上に、何かが載っているのを。
 白っぽい、小さなもの――
 それが妙に気になって、呂尚は足をそちらに向けた。
 灯りを近づける。
 呂尚は、それを見た。
「これは?」
 それは、骨でできた、一本の針であった。
 その時――
 がちゃり……
 がちゃり……
 がちゃり……
 と、鎖が続けざまに鳴った。
 屍体の全身が、動きはじめていたのである。
 ひからびた両胸の乳首のあたりが、ふいに、ぱっくり割れた。
 そこに、両眼が出現していた。
 かっ、
 と開かれた眼が、呂尚を見た。
 へそのあたりの肉が割れて、そこに口が出現した。
 歯があり、口の中には、木の皮のようになった舌が見え、その舌が動いていた。
 コオオオオオ……
 コオオオオオ……
 木のうろを吹く風のような音が、その口かられ出てきた。
 そいつは、いているようであった。
 クオオオオオン……
 クオオオオオン……
 慟哭どうこくの声であった。

(後編へつづく)


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