遣唐使・井真成に降りかかる数々の試練。 旅に出た真成一行の行く手にあるものは? 夢枕 獏「蠱毒の城――⽉の船――」#116〈前編〉
夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。
これまでのあらすじ
閉ざされた城内での殺し合いに参加した遣唐使の井真成は、仲間を得て試練を克服する。かつて城内では、人間を贄に使った呪法「蠱毒」が行われ、自分たちの殺し合いもまた蠱毒であったと告げられた。死闘を生き抜いた十二名を含む四十九名は、杜子春と共に旅に出る。一行が立ち寄った姜玄鳴の屋敷で、真成は呼び出され、この地に伝わる太公望の釣り鉤を探すよう命じられる。さらに姜一族の南家である姜竜鳴の娘・鳴花と共に常羊山に向かうことになった。時代は遡り、破山剣を手にした老人・青壺は、西楚の覇王・項羽によって始皇帝の陵墓に閉じ込められる――。
二十六章 古 譚 抄
(三)承前
右手には、鞘ごと
石の台の上に、
さっきと同じ光景が、そこにあった。
いや――
さっきと同じではない。
屍体の右手の位置が、少し変化しているような気がした。
少し前に見た時、その右手は、身体の横に、まっすぐ置かれてあったはずだ。
今見ると、右肘がさきほどより曲がっていて、右手が置かれていたはずの位置が、変化しているようであった。
この右手が動いたのか。
それで、右手首に回された
そうとしか思えない。
それは、つまり――
“こいつは、まだ生きているのか”
それならば、納得できる。
こいつが鎖に繫がれている意味が。
もしも死んでいるのなら、わざわざ首のない屍体を鎖に繫ぐ意味はない。こいつが、まだ生きているから、だから鎖で拘束しているのである。その鎖が、これだけ太いのは、それだけ、こいつが動き出したら、危険だからだ。
ならば、一刻も早く、ここから出てゆくことだ。
目的の、軒轅剣は、すでに手に入れたのだ。
この剣さえあれば、天下に打って出ることができる。さらに、その天下を我がものにすることだってできよう。
木乃伊の右手が、動いた。
上に持ちあがったのだ。
がちゃり、
と、また、鎖が鳴った。
間違いない。
こいつはまだ生きている。
五本の指が、何かを摑もうとするかのように、呂尚の方に向けられ、動く。
もどるため、松明の炎を、転じようとしたその時――
呂尚は、それを見ていた。
首なし木乃伊の、本来であれば、頭部があるはずの石の台の上に、何かが載っているのを。
白っぽい、小さなもの――
それが妙に気になって、呂尚は足をそちらに向けた。
灯りを近づける。
呂尚は、それを見た。
「これは?」
それは、骨でできた、一本の針であった。
その時――
がちゃり……
がちゃり……
がちゃり……
と、鎖が続けざまに鳴った。
屍体の全身が、動きはじめていたのである。
ひからびた両胸の乳首のあたりが、ふいに、ぱっくり割れた。
そこに、両眼が出現していた。
かっ、
と開かれた眼が、呂尚を見た。
歯があり、口の中には、木の皮のようになった舌が見え、その舌が動いていた。
コオオオオオ……
コオオオオオ……
木の
そいつは、
クオオオオオン……
クオオオオオン……
(後編へつづく)