諸星大二郎といえば〈妖怪ハンター〉シリーズ等の伝奇・ホラー系作品がまず思い浮かぶ。
だが一方で、ナンセンスギャグやとぼけた笑いにも定評がある。
『怪と幽』連載中の『槐と優』は、そんなモロホシ流の笑いと奇想が満載の作品だ。
このたび単行本化された本作について、諸星さんにお話を伺った。
取材・文:藪魚大一 写真:首藤幹夫
※「ダ・ヴィンチ」2025年12月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載
『槐と優』発売記念 諸星大二郎インタビュー
『怪と幽』なら「何でもあり」で
いいんじゃないかと思ったんです
「これは自分でも結構楽しんで描いていますね。最近としては珍しいくらい(笑)」
諸星さんがそう語るのが、待望の単行本が発売された『槐と優』だ。雑誌『怪と幽』で連載中の本作は、天才少年「槐」とマイペースな女の子「優」の身の回りで起こる、数々の奇妙で不思議な出来事をめぐるスラップスティック・コメディ。
もともと『怪と幽』で諸星さんは、前身の『幽』時代から連作怪異譚の〈あもくん〉シリーズ(単行本『あもくん』『夢のあもくん』)を長らく連載していた。それがひと区切りつき、新たに描き始めたのが、一転してコメディ色の強い『槐と優』だった。
「〈あもくん〉では毎回怪談もので話を作っていたので、さすがにネタがなくなってきていました。だから次はまったく違うものを描いてみたくなって、何をやろうかと考えている時に、『怪と幽』で描いているんだからいっそタイトルを「かいとゆう」にしてしまおうと思ったんです。それで主人公を「槐」くん、そのガールフレンドが「優」ちゃんということにしました」
なんとまずダジャレでタイトルを決めて、そこからキャラクターや設定が作られていったのだった。掲載誌名から生まれた槐と優は小学5年生の幼馴染同士。しかし普通の小学生とは言い難い。
「槐くんは天才少年で、天才だからいつも威張っています。でも周りも案外それを当然のように受け入れているんです(笑)。それで結構やりたいようにやっているキャラクターですね。優ちゃんはいつも槐くんにべったりなんだけど、ちょっと我儘で自己中。そのうえ何をしでかすかわからないキャラクターで、何かと状況をかき回す。そんな2人です」
遺伝子操作した生物に戦争ごっこをさせたり、自作の光線銃の試し撃ちを友達に向けたりする槐。一方優は、槐に宿題を写させてもらいながら「写すのを手伝ってくれなかった」と不平を漏らしたりする。尊大でやりたい放題な少年と、行動の読めない自己中少女――なかなかクセのあるコンビだ。
「毎回話がめちゃくちゃなので、このくらいのキャラクターじゃないと務まらないんです」
諸星さんが『槐と優』を描くにあたって決めた方針がある。それは「何でもあり」。
「先ほど言ったように『幽』の時は怪談を意識して描いていたんですが、『怪』と合体して『怪と幽』になったので、これなら何でもいいんじゃないかと思ったんです(笑)。それで思いついたら何でも描いてしまうことにしました」
何でもありだけあって、本作は毎回何が飛び出すかわからない。とりわけ奇妙さが目を引く第4話では、未解読の文字と正体不明の植物などの絵で知られる、実在するミステリアスな古文書『ヴォイニッチ手稿』が登場する。
ある日槐のもとに植物の種と奇妙な器具が届く。槐が種を栽培すると、なんと『ヴォイニッチ手稿』に描かれた植物に。興味を持った槐は、手稿の文字を解読し、書かれていることを実践するが……。
この回の見どころのひとつは、手稿の絵そのままで登場する、植物や謎の物体たちだ。
「『ヴォイニッチ手稿』に描かれた絵って、素人が描いたみたいな絵で面白いんですよね。それをほとんどそのまま描いちゃいました。何年か前に『ヴォイニッチ手稿』を初めて見た時に、根っこが動物の手足にも見える植物が絵の中にひとつだけあって、それが不思議で気になっていました。それで『槐と優』に登場させたんです」
そんな不思議な植物を含め作中にそのまま登場させているが、本人も「違和感がない(笑)」と言うほど諸星さんの作風にマッチしているのが面白い。
続く第5話では、学校の各教室の「特殊な生徒」が一直線に並ぶ「惑星直列」が起こるという、とぼけた出だしから、予想もつかないスケールの騒動に展開。この回で、槐と優を取り巻くキャラクターが一気に増える。
「変わり者の生徒が5人並ぶという話なので、そのためにキャラクターをこしらえたんです」
登場するのは、少年探偵「犬吠埼カオル(本名は田中ハジメ)」や、宇宙人から電波を受信する自称超能力少年「照葉椎」、霊が視えると主張する虚弱少女「礼賀三枝子」など、名前に若干投げやり感もある、昭和のテイストを色濃く感じる生徒ばかり。
「全員、この話のためだけにとりあえず描いたキャラでした」
しかし彼らは諸星さんの思惑以上に個性豊かなキャラクターになり、この後も活躍することになる。
そして。
「まさかこんなキャラクターが出るとは、たぶん誰も予想しないだろうなとは思います」
諸星さんがそう言うほどの存在が、第7話に出現する。それが〈ザッタの森〉に棲む「ザータン」だ。
槐と優たちは悪魔が現れるという占いの真偽を確かめるために、町を見下ろす大雑葉山に入る。この時、山の案内役として登場したのが、某ジャングルの王者を彷彿とさせる、腰巻き一丁姿のザータンだった。
「〈ザッタの森の王者〉だからザータンとつけました。結果的にターザンの名前をひっくり返しただけのように見えますが、そうではないんです(笑)」
ザータンは姿通りの野生児で超パワフル。性格はいいが、悪気がないまま物は壊すし他人の食べ物は奪うし、女の子を見ると「じぇーん」と叫んでややセクハラぎみの行動をとるなど、自由すぎて天才少年の槐でさえ手を焼く。そのインパクトはそれまでに登場したキャラクターや奇妙な存在、ヴォイニッチの植物までかすませるほど。諸星さんはどうしてこんなキャラクターを登場させることを思いついたのだろうか。
「そう言われても困るんですよね(笑)。どうしてでしょうね? 悪魔を探しに行く話でなぜかこれが……」
創造したご本人が首を捻りつつ、しかし諸星さんにはザータンが相当フィットしたようだ。
「ザータンの話で悩んだりした覚えが全然ないんですよね。まるでザータンが話の中に勝手に入ってきたような感じなんです」
『槐と優』自体「思いつくまま描いているからあまり悩んだことがない」という諸星さんだが、そもそも本作のようなコメディと、ホラーやシリアスな作品とは描きやすさや意識に何か違いはあるのだろうか。
「変わらないですね。アイデアが出るかどうかですから。でもシリアスなものばかりやっていると疲れてしまうから、気楽に描けるものも描きたいというのはあります」
そんなふうに諸星さんが楽しんで描いている『槐と優』。ぜひこの奇妙でとぼけた世界に飛び込んで、予測不能な物語やキャラクターに翻弄されてほしい。
「好き勝手描いたマンガなので、みなさんも気軽に読んで楽しんでほしいですね。作者も何が出てくるのかわからないで描いていたりします。そういうところも楽しんでもらえれば」
作品紹介
書名:槐と優(KADOKAWA)
著者:諸星大二郎
天才少年の槐くんとマイペース少女の優ちゃんの身の回りには、奇妙な生物や不思議な現象がいっぱい。そんなヘンなモノが巻き起こす事件を、2人が解決したり、時には引っかき回したり……!? 何が飛び出すかわからない、奇想天外なモロホシ流コメディワールド!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322205000258/
プロフィール
諸星大二郎(もろほし・だいじろう)
1949年生まれ。74年に「生物都市」で手塚賞に入選し、本格的にマンガ家活動を開始。著書に〈妖怪ハンター〉〈西遊妖猿伝〉〈栞と紙魚子〉〈あもくん〉〈アリスとシェエラザード〉シリーズ、『暗黒神話』『孔子暗黒伝』『マッドメン』など多数。取材日は、猫を追いかけて負った怪我の眼帯姿で。
『怪と幽』好評発売中
書名:怪と幽 vol.020(KADOKAWA)
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