創元ホラー長編賞受賞作『深淵のテレパス』で鮮烈なデビューを飾ったホラー界の新星・上條一輝さん。
待望の第2作『ポルターガイストの囚人』では古い一軒家で起こる不可解な現象に〈あしや超常現象調査〉の2人が挑む。
予想のつかないストーリーで読者を翻弄する新作についてうかがった。
取材・文:朝宮運河
写真:内海裕之
※「ダ・ヴィンチ」2025年8月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載
『ポルターガイストの囚人』発売記念 上條一輝インタビュー
リアリティラインにこだわったホラーを武器にしたい
デビュー作『深淵のテレパス』が『このホラーがすごい! 2025年版』国内編の第1位に輝いた新鋭・上條一輝さん。新作『ポルターガイストの囚人』は〈あしや超常現象調査〉のコンビが再登場を果たす、期待のシリーズ第2弾だ。
「生意気なようですが、デビュー作の応募原稿の段階でこれはシリーズものにできると思っていて、キャラクター設定の余白をあえて作っていたんです。最初の打ち合わせで“続編を出しましょう”と言ってもらえたのは嬉しかったですね。ただ続編のプロット作りは大変でした。この作品はリアリティラインを我々が生きている現実と同じに設定しているので、そうそう非現実的な事件を起こせないんです。現代科学で分かっているところまでしか書けないという枷がある中で、シリーズのバリエーションを生み出すのに苦労しました」
会社員の芦屋晴子と越野草太からなる〈あしや超常現象調査〉は、オカルト肯定派でも否定派でもない。あくまで中立なスタンスで、不可解な現象を丁寧に分析し、正体を見定めようとする。そのリアリティ重視の姿勢は、現代のホラーシーンでも異彩を放っている。
「そこはデビュー作を書くにあたって意識したところです。今は面白いホラーを書かれる方がたくさんいるので、新人が既視感のある作品を出しても読んでもらえません。私自身超常現象については中立的なスタンスで、あるかもしれないし、ないかもしれない。その間で揺れ動くホラーがあるなら面白そうだし、自分でも読んでみたいと思ったんです」
『ポルターガイストの囚人』は前作のリアルな世界観を踏襲しつつ、またがらりと印象の異なる物語に仕上がっている。日曜朝のヒーロー番組で人気を博したものの、その後は鳴かず飛ばずのアラフォー俳優・東城。彼は生活に困窮し、住む者のいなくなった古い実家に帰ってきた。ところが引っ越し直後から、家の中で不可解な出来事が起こり始める。
「東城は人生の早い時期にピークが訪れてしまった人ですね。芸能界に限らず、スポーツでも芸術でもそういう人は一定数いると思う。若くして脚光を浴び、その後はうまくいかなかった人がどうやって人生に折り合いをつけているのか、以前から関心があって、東城というキャラクターが生まれました」
前作同様、怪異シーンが出色だ。襖を開け閉めする音、落下する遺影やこけし、そして鏡に映り込む人影。迫真の筆致で〈ありえない〉現象が描かれていく。
「前作からもう少し踏み込んで、より超常現象らしいことを起こしています。といっても何でもありにするのではなく、ポルターガイスト現象の研究書を参考にして、ここまでなら起こっても不思議じゃないというラインを探りました。文章で怖い場面を書くのは難しいですね。自分で書いてみて、先人の偉大さがあらためて分かりました」
思い悩んだ東城は、マネージャーの提案で〈あしや超常現象調査〉に調査を依頼。ところがリサーチを進めた矢先、東城が忽然と姿を消してしまう。会社勤めのかたわら超常現象調査をおこなう晴子と越野、超能力者の犬井、調査のプロ倉元、そして前作での事件をきっかけに越野たちと知り合った桐山楓。経歴もオカルト観も異なる面々が、チームとなって調査にあたる過程も読みどころ。
「超常現象がリアル寄りなので、越野以外のキャラクターはあえてフィクショナルな存在として描いています。読者に近い存在である越野が中心にいて、超常現象肯定派の犬井と懐疑派の倉元が、あれこれ仮説を出すことで調査が進んでいく。前作の感想として、このチームが好きだという声が多かったのも嬉しかったですね」
一方、ある場所に居る東城には、刻々と命の危機が迫っていた。東城が失踪した後の展開には、サイコスリラー風の怖さもある。
「前作では現代のホラーを象徴するモチーフとして怪談会を取り上げましたが、今回はインディーズのホラーゲームがモチーフです。一人称視点で殺人鬼や幽霊から逃げるホラーゲームは以前から好きで、実況動画もよく見ているんですよ。気づかなくてもまったく問題ありませんが、分かる人が読めばホラーゲームっぽいと感じてもらえる場面があちこちにあるはずです」
そして本作の大きな魅力は、二転三転するストーリー。古い一軒家の怪異から幕を開けた物語は、東城の失踪を経て、予想もつかない景色にたどり着く。クライマックスの舞台になるのは東京を代表するあのランドマークだ。
「前作でもやや既視感のある序盤から、スケールの大きいクライマックスに繋がっていくという“ずらし”の部分を評価していただくことが多かったので、今回もシリーズのカラーとして踏襲しています。冒頭はよくある幽霊屋敷ものでも、後半には派手なシークエンスが待ち受けています。その落差を楽しんでもらえると嬉しいですね。個人的にもクライマックスのあの場面は、かなり楽しんで書きました」
ミステリー的な仕掛けのうまさにも唸る。複数の手がかりがひとつになり、闇の奥から驚愕の真相が浮かび上がってくる展開には、きっと驚かされるはずだ。
「ここまでミステリーらしいミステリーは初めての経験だったので大変でした。手がかりを隠しすぎるとアンフェアだし、見せすぎると先を読まれてしまうし。結果として“怖かった”に加えて“そうだったのか”という納得感も味わえる作品になったと思います」
本作が正面から扱っているのは、超常現象はあるのかという問題だ。それは晴子がなぜ調査を続けるのかという動機にも深く関わっている。彼女がその答えにたどり着く日は訪れるのか。
「このシリーズは当初から3部作で完結させるつもりでした。晴子の抱えている問題も、次の巻で答えが出されるはずです。ただ超常現象の正体がまだ解明されていない以上、着地点を見つけるのがすごく難しいんですよね。独自の理論で説明してしまうと、特殊設定ミステリーに近いものになってしまうし。今回晴子たちの置かれている状況が少し変化しましたが、それを受けてどんな決着を迎えるのか注目していただきたいです」
今作でその筆力が紛れもなく本物であることを証明した上條さん。今後もホラーを書き続けていくのだろうか。
「そのつもりです。ホラーで評価していただいたので、まずはホラー作家として名前を覚えてもらえる存在になりたいと思います。このシリーズ以外でも、リアリティラインにこだわったホラーを自分の武器として書いていきたいですが、現実から大きく離れたものを出すわけにいかないし、苦労するのが目に見えていますよね。我慢しきれなくなって、一度めちゃめちゃ幽霊の出てくるホラーを書いてしまうかもしれません(笑)」
プロフィール
上條一輝(かみじょう・かずき)
1992年、長野県生まれ。会社員のかたわらウェブメディア「オモコロ」でライターとして活動。2024年、創元ホラー長編賞に応募した『深淵のテレパス』(応募時タイトルは「パラ・サイコ」)でデビュー。同作は『このホラーがすごい! 2025年版』国内編1位に選ばれた。
作品紹介
書名:ポルターガイストの囚人(東京創元社)
著者:上條一輝
〈あしや超常現象調査〉の芦屋晴子と越野草太は、古い一軒家でポルターガイスト現象に悩まされている俳優・東城彰吾の相談を受ける。調査開始早々、越野も不可解な現象に遭遇。しかも相談者の東城が忽然と姿を消してしまう。話題のホラーシリーズ第2弾。
詳細:https://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488029289
シリーズ前作
書名:深淵のテレパス(東京創元社)
著者:上條一輝
大学生主催の怪談会で、奇妙な怪談を聞いた高山カレン。その日以来彼女のマンションでは奇妙な現象が相次ぐ。原因は幽霊かそれとも? ホラーファンに絶賛されたデビュー作。
詳細:https://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488029081
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