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特集

【『ブロードキャスト』刊行記念対談 湊かなえ×住野よる】高校の放送部に入部した圭祐はラジオドラマの面白さに目覚め、全国高校放送コンテストをめざす。

撮影:中岡 隆造  取材・文:佳多山 大地 

湊かなえさんの新作長編『ブロードキャスト』は、高校の放送部の活動を生き生きと描き、〈物語の力〉をアナウンスする真っ向勝負の青春小説。
『君の膵臓をたべたい』でデビューされた青春小説の旗手、住野よるさんと湊かなえさんの初対談は、互いの青春小説観をなごやかにぶつけ合うものになりました。

サインが繋いだ縁

——こういう「対談」の形で、お二人が顔を合わせる機会は以前にもあったのですか?

湊: いえ、今回が初めてです。お互い双葉社でデビューしたのに、なぜか初対談の舞台はKADOKAWAのPR誌だなんて、不思議なものですね(笑)。

住野: ええ、あの……、僕、めちゃめちゃ緊張しています。昨晩は一時間しか眠れなくて。デビュー前に、湊さんのサイン会に足を運んだことがあって、そのとき僕が「小説家になりたいんです」と調子に乗って湊さんにお伝えしたら、「いつかパーティーでお会いしましょう」と優しく応えてくださったんです。

湊: よく覚えています。それにしても、何のパーティーで会うつもりだったんでしょう? わたし、出版社のパーティーには、ほとんど行くこともないのに(笑)。

住野: なんと大それたことを言ったものかと思います。当時、ライトノベルの新人賞に投稿を重ねていたのですが、一次審査で落ちてばかりの頃でしたから。

湊: 『君の膵臓をたべたい』は、刊行前から書店で大展開されていたでしょう? 大きな宣伝ポスターが貼ってあるのを見かけて、「ああ、双葉社がまた何か大きく仕掛けているなあ」と興味が湧いたんです。そのときはもちろん、「住野よる」さんが、以前にパーティーで会う約束をした人だとは思いもよりませんでした。一読して、胸がきゅんと締め付けられるような絶妙な関係性が描かれていることに驚嘆しました。それで、娘にも薦めたら、すっかりハマってしまって。住野さんとはある出版社の担当が同じなんですが、その方にそのことを話したら、住野さんが娘のためにサイン本を贈ってくださったことがあるんです。当時は反抗期であまり口をきいてくれなかったんですが、おかげで親の株が上がりました。感謝しています。

住野: いえいえ、めっそうもない! 僕は湊さんとの出会いは、『告白』の単行本を家の近所の書店で手に取ったことです。最初の数行を読んだだけで「これは面白そうだ」とぴんと来て、レジに走りました。その書店は、『告白』の押しがすごかったんです。いま思えば、双葉社さんが大展開していたんですね(笑)。

〝話作り〟で戦う高校生を描く

——『ブロードキャスト』は湊さんにとって初めての新聞連載小説です。高校の放送部を〈舞台〉にした青春小説で、計二百十回、順次掲載されました。

湊: 連載は一回分が原稿用紙換算で二・二五枚。一か月にすると約七十枚という計算なので、枚数的には月刊誌の連載と変わらないんですが、とにかく毎日が〆切の気分で、ずっと追われている感覚が抜けませんでした。

住野: まず、題材が新鮮でした。僕の通った高校にも放送部はあったはずなんですが、興味を持ったことがなくて。校内放送をするだけでなく、ラジオドラマやテレビドラマまで制作する部活だとは、『ブロードキャスト』を読むまでまったく知りませんでした。

湊: 実際に放送部の甲子園、〝Nコン〟ことNHK杯全国高校放送コンテストもありますが、確かに学校によっては、あまり活動は知られていないかもしれないです。

住野: 〝話作り〟で戦っている高校生がいるんだと驚かされました。でも僕自身は人と協力して何かを作るのが果てしなく苦手なので、もし入部していても先輩に怒られてばかりだったと思いますが。

湊: わたしが住んでいる淡路島の高校では、放送部の活動が盛んです。高校の教壇に立っていたのはもう十五年近く前になりますが、放送部の生徒が撮影などをしているのを見て感心したものです。じつは、テレビドラマ部門で過去に全国優勝したときの子が知り合いの知り合いで、「『告白』が好きで、ひとつの出来事を複数の視点から見るような作品を書いたら優勝しました!」と嬉しい報告をくれたこともあります。

 ぜひ若い人たちにも新聞を、そして連載小説を読んでもらいたかったので、十代の子が主人公で身近な社会問題に取り組むような話がいいかなあと考えたら、それができるのは放送部じゃないかと思いつきました。主人公の圭祐けいすけにはいつかドキュメントを制作して、身近な問題に取り組んでほしいと思っていたんです。ただ、陸上の選手だった圭祐が事故にあって挫折し、同級生で脚本家志望の正也まさやに誘われて放送部に入るとすると、まずは放送部とはどういうことをする部活であるか読者に伝えなくては、と考えました。それなら見学に行ったら先輩が制作しているドラマに役者が足りないからと頼まれて、巻き込まれるように出演しなくてはならなくなる、というのはどうだろう、と。

——その後、圭祐と正也、同じ一年生でアニメ好きの咲楽さくらが正式に入部し、先輩たちの協力も得てラジオドラマを作って地区大会に出品します。

住野: そのラジオドラマ部門ですが、地区大会出場の十校分の作品を全部考えられています。これだけの数の作中作を作るのは、大変だったんじゃないですか?

湊: いえ、そのときは気分がノリノリで(笑)。地区大会の模様をきちんと書かないと放送部の楽しさは伝わらない。「これなら全国大会に行けるかなあ」と自分で審査しながら他校制作のドラマも考えました。

——体育会系でも、いわゆる採点競技は少なくない。審査員の採点に対して不平不満が出てくることには広く共感を呼ぶ要素がありますね。

湊: 実際にNコンの準決勝を見学させてもらったのですが、自分が面白いと思った作品の評価が意外と低かったり。タイムを競うとか、ゴールした分だけ得点になるものじゃないので、ときには「負けても納得できない」こともあるだろう、と。わたし自身は、高校生のときは剣道をやっていたんです。相手に打ち込んで、二本取れば勝ちの世界。でも、剣道の場合も審判に「いまの相手の面はちゃんと入ってないんじゃない!」と不満を募らせることはありましたね(笑)。

青春小説と恋愛と

——圭祐と正也、咲楽の三人はとてもいい関係性を築きます。しかし『ブロードキャスト』には、恋愛感情の片鱗はありませんね。

湊: 男女の恋愛が絡むと、放送部内でもめる対象が、彼らが取り組む作品の内容以外で生じてしまいそうで、それは脱線だと。もっとも、わたし自身の青春時代が部活三昧で、恋愛色がまったくなかったというのが密かに影響しているのかもしれません。住野さんは、青春小説に恋愛要素は必要と考えていますか?

住野: 僕は特に必要とまでは考えていなくて、今までほとんど主軸にはしてないですね。登場人物達が誰かを好きになることを止めはしませんが(笑)。最近は特に、性欲の濃度ということを考えます。最新刊の『青くて痛くて脆い』では、人が人を、恋愛じゃなくても好きになるところに、性欲があることをちゃんと書こうとしたんです。『君の膵臓をたべたい』では互いの性欲はほとんどないところに二人の関係性を作る意図がありました。

湊: 娘だけではなく、うちの旦那も『君の膵臓をたべたい』を読んでいるのですが、「福岡に男女二人で旅行して、何もないとかある? ホテルの同じ部屋やで」って(笑)。「あなたの世代とはちがうんじゃない?」って答えておきましたけど。

住野: 書店員さんからも「何で主人公は手を出さないんだ」ってよく言われました。そんなときは「本当に気が弱い男の子のことを舐めないでください!」と主張しています(笑)。

——お二人が十代の頃に読んでいた青春小説といえば?

住野: 僕は、有川浩さんと乙一さんです。有川さんの電撃ゲーム小説大賞受賞作『塩の街』を読んだときのインパクトは絶大でした。乙一さんの作品はいつも図書館の目立つところで見つけていたのを覚えています。

湊: わたしは赤川次郎さんが直撃でした。それと、青春小説といえば、集英社のコバルト文庫! コバルト文庫は恋愛小説も多かったのですが、わたしのお気に入りは藤本ひとみさんの〈まんが家マリナ〉シリーズなどミステリー色の濃いものでした。他には、新井素子さんの『星へ行く船』などにも夢中になりましたね。

住野: 十代の頃に読んだものの影響があるのかどうかはわかりませんが、小説を書くうえで最近気をつけているのは、主人公のことを嫌いな人を必ず一人は登場させることです。だから『ブロードキャスト』でも、主人公たちに意地悪をするクラスメイトに一番惹かれました。ちょっと困った子が大好きなんです。

書くことで自己表現したい人にも

湊: かつての青春時代に戻るのはしんどいから嫌ですが、期間限定で高校生になって、当時のわたしには見えていなかった放送部でドラマ作りに参加したら楽しそうだなあ、とは思います。

住野: そうですね。もう帰れないところに行くことができたり、〈あの時〉にできなかったことができる。小説を書くのには、そういう楽しさがありますね。

湊: 『ブロードキャスト』では、圭祐たちが制作するはずのドキュメント作品を書けずに終わってしまったので、それはいずれ続編ででも書けたらいいな、と考えています。今作は、とにかく放送部の世界を知ってほしいという気持ちから書き上げました。すごく身近にある、もしくは身近にあったはずの未知の世界を覗けるよ、と。それと、サイン会などで「小説とかを書いてみたいけれど、どうしたらいいかわからない」という、漠然とした質問を受けることがときどきあるんです。『ブロードキャスト』にはラジオドラマの脚本を作中作で入れたりもしたので、何か書くことで自己表現をしてみたい人には、ちょっとした教科書テキスト的な役にも立つかなあ、と思っています。

住野: そうだと思います。脚本家志望の男の子の創作に対する姿勢に共感を覚える場面がいくつもありました。彼は、ほぼ完成していた脚本を捨てて、今描かなくてはならないと切実に感じたテーマに取り組んで執筆します。磨けば完成度の高くなる作品よりも、いま書かなきゃいけないと信じる作品に一から取り組もうとする、その気持ちは見習いたいと思います。でも、僕が、執筆中の連載原稿を途中で放り出して、他の出版社さんに依頼された書き下ろしに邁進まいしんしだしたらめっちゃ怒られそうですが(笑)。


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