2018年7月に怪談実話集『怪談稼業 侵蝕』を刊行した作家・松村進吉さん。本書は、「怪談実話×私小説」の新味性で話題を呼んだ『セメント怪談稼業』の続刊です。徳島県で建設業に従事しながら身の回りの怪異を取材し、それをもとに怪談を書くことを“稼業”としている「私」の日常がユーモラスに、しかしぞくりと怖く綴られています。先日、この本の発売を記念して新宿Live Wireにて、雑誌『幽』編集顧問・東雅夫さんと松村さんの対談イベントが行われました。題して「東雅夫のBOOK&GHOST ~貴方と本と幽霊と~#3 松村進吉と怪談実話の未来を語る~『怪談稼業 侵蝕』発売記念」。今回は、1時間半にわたった対談のうち、松村さんがご自身の「創作について」語ってくださった部分を中心にレポートします!
あえて自分を出す
東: 松村さんが『幽』に連載を始められたのは2012年12月、18号からですね。連載を始めるに当たり、こういうことをやりたい、という方針のようなものはあったんですか? ちょうどその時期はいろいろ試行錯誤を繰り返して、新しいことをやろうともがいていた時期だと聞いていますが。
松村: そうですね。自分がどんなものを書けるのか、探り探りやっている最中でした。その真っ只中で「セメント怪談稼業」を始めさせていただいたんです。ちょうど平山夢明先生が連載を終えられた後に、僕にお声がかかったんですよね。僕は平山先生を師匠だと思っているんですが、師匠の作風と僕の作風って決して似ていない。だから、僕にしかできない何かをやらなきゃ、と思ったのは覚えています。
東: そうして出来上がっていった進吉怪談は、単行本になるときに「私小説と怪談実話の融合」という言い方がされました。どのようにしてそのスタイルに辿り着いたんですか?
松村: 怪談を何百と書いているうちに、やっぱり自分自身の視点でしか書きようがないな、というのを感じて、怪談話の中にちょいちょい自分が出るようになっていったんです。で、これを延長させるしかないと。
東: 現代の怪談実話のスタイルはあまり書き手が表に出ないタイプが多いですが、それをあえて?
松村: ええ。そこを突こうと思ったんです。あえて自分を出そうと。正直、苦し紛れに始めたスタイルなんですが、ほかの先生方の連載は熟練の技で書かれたものばかり。同じ土俵で勝負をしていたら絶対に勝てないと思って、考えた末にこのスタイルに至ったという感じですね。
東: 最初から堂に入ってると言いますか、語りに自分を交えていくスタイルは、ほんとにこれは考えたなと思いました。
松村: ありがとうございます。苦し紛れではありましたが、それが自分のスタイルになっていきました。連載を始めるにあたり、ちょっと意気込んでいたというか、生意気な言い方で恐縮ですが、『幽』という雑誌に爪痕を残してやろうと思ってたんですよ。当時、ネットで、怪談文芸と怪談実話とが対立軸で語られていて、そうした背景もあって、怪談実話を書いてきた僕が、いわゆる怪談実話組の一人として、『幽』に新しい風を起こす必要があるんじゃないかと……。連載一回目で、『幽』に中指を突き立ててやろうという意気込みで臨んでいたので、いま振り返っても肩に力が入っていましたね(笑)。実際に中指を突き立てられたかは分かりませんが、作中では「私」がびしっと突き立ててくれています。一方で『幽』全体の中で考えたら、大御所の先生方の作品で集中して頭を使った後、僕の連載でふわっと肩の力を抜いていただく、そういうポジションになれたらいいなと思っていました。ゆるくやらせていただいてます。あ、もちろん頑張って書いてますよ(笑)。
東: 進吉怪談はゆるいようでいて、その実は技巧的ですよ。すごく考えて書いてるなあと。最近は執筆にあたりチャレンジしている点はあるんですか?
松村: 話のスタイルができてしまうと「セメント怪談稼業」っぽさがなくなっていくんじゃないか、という危惧があり、最近は、いわゆる「憑き物落とし」みたいなオチを用意しているんですが、それを友人から指摘されましたね。そうしてしまうと少なくとも「セメント怪談稼業」の肝である土建屋っぽさはなくなっちゃう。そのバランスが難しいですし、だったらもっと初心に返ったほうがいいかなとも思っています。
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小休止を挟み、話題は松村さんの今後の執筆活動について。「怪談実話」を生業としている松村さんですが、「私小説」とも言われる独自のスタイルのその背景に、「小説」への意欲を垣間見ることができました。
磨きがかかる進吉怪談の今後
東: 小説に関しては以前から書こうという意欲はあったんですか?
松村: あります。書いてはやめ、やめては書き、をずっと繰り返しているんですが……。怪談実話は一話の分量が少なくて、僕の書いてるものだとせいぜい原稿用紙30枚前後。小説はもちろんある程度のボリュームが必要なので、そのバランスが体に入ってこないというか……。怪談実話はあらすじ以外の描写が少ないんですよね。逆に細かく描写を付け加えると小説っぽくなる。小説ならどの程度まで描写するのが普通なのか、その点でもバランスがいまだに分からないんですよ。極端な話、小説の場合、部屋のドアを開ける描写だけでも原稿用紙5枚とか使っちゃうんです。難しいなと思いながら、自分がその方向に行くのは必然だとも思うので、頑張りたいと思っています。
東: ちなみに、松村さんが今までに書いた小説ってどんな内容ですか?
松村: “お化けが出てこない「セメント怪談稼業」”みたいなものですね。独身だったころ、家賃が2万3000円の古いアパートに住んでいて、その時の体験をモチーフにして書きました。青春の栗の花の匂いといいますか、ヤバい感じの思いが滾ってたことを回想する男の話です。過去の日記をたまたま発掘した男が、これは私小説になってるなって気付く、という構成なんですけど……。でも本当に書きたい小説の構想は、これっていうのもあります。
東: ほう。具体的には?
松村: 世界が滅んだ後に何もない草っぱらで女の子がチェブラーシカと手を繋いで歩いてるシーンを書きたいんですよ。それがメインになる話です。でも、どの編集者さんに話しても「う~ん……」って言われるんですけど(笑)。まぁそれは半分冗談として、小説は書いていきたいですね。
東: 体験者と冷静に距離を保ちつつ淡々と書いていく、そのスタンスが他の怪談実話作家の書くものとは違う、進吉怪談の持ち味だと私は思っています。その持ち味こそが私小説としての特質も兼ねているので、小説のほうも大いに期待したいと思います。「怪談実話と私小説の融合」のその先を、見てみたいですね。
松村: 猪突猛進あるのみです。
東さんの鋭い質問やつっこみにところどころタジタジになりながらも、誠実に答えを口にする松村さん。イベントは終始和やかなムードで進みました。トーク終了後にはサイン会を開催。自前のペンでサインを綴り、その横には松村さんと思しきかわいいイラストも。参加者はみなさん、満足げな顔で握手をして本を受け取っていました。