傷つくことの痛みと青春の残酷さを描いた『青くて痛くて脆い』がついに映画化。
主演に吉沢亮×杉咲花を迎え、8月28日(金)から全国で公開がスタートしました!
大学1年の春、秘密結社「モアイ」を共に作った秋好寿乃はもういない。
あれから3年、就活を終えた田端楓の頭に、普段は考えもしないようなことが浮かんでくる――
映画公開に先駆けお届けしてきた特別試し読みも残りわずかです!
関連≫累計50万部突破!!『青くて痛くて脆い』映画公開記念 原作者・住野よるさん特別インタビュー
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五月の気温に身を任せてこのまま寝てしまおうとも思ったけれど、一応やるべきことはやっておこうと思い立ち上がった。スウェットに着替え、ドア一枚挟んだキッチンにある冷蔵庫から発泡酒を取り出し、パソコンデスクに向かう。シフトキーの一つ取れてしまったキーボードをかたかたと
缶のプルタブを開けて、発泡酒を一口。志望してきた学生から選考を断られる人事担当はどんな気持ちなんだろうかと想像してみた。恐らくは、消去法の選択肢が一つ消えた程度のものだろう。そう思えると気が楽になった。
缶の中身を飲み干した頃、急に視界が揺れた。妙にアルコールが回っている感覚。疲れているのだと、考えるまでもなく分かった。デスクチェアの背もたれに体重を預け、また天井を見上げた。
天井は白いままだった。煙草は一度吸ってみたことがあったけれど趣味ではなかった。
ふと思い出して、携帯を手に取り
携帯を机の上に放り出す。
ぼんやりと、戦いを振り返ってみる。
思えば、自分じゃない、を繰り返すのが就活だった気がする。疲れるわけだ。
でもきっとそれは就活だけじゃなく、社会に出ていってからも続くのだろうし、より注意を払わなければならなくなるんだろう。バイトでそれなりの訓練は積んだつもりだったけれど、その比ではないはずだ。
自分なりのテーマだなんてきっと社会人になれば、誰も言っていられなくなる。全員、自分じゃなくなる。
だから董介からの『おめ!』は、よくぞ第一関門を突破した、次の関門はより強固な扉がお前を待ち受ける、という程度の意味だ。ありがたく受け取って良いのか悩む。
缶を逆さにし空にして、二本目を冷蔵庫に取りに行く。
過度に冷えた発泡酒を手に帰ってくるわずかな道のりの途中でふらつき、床に落ちていた書き損じの履歴書で足を滑らせた。あわや大転倒というところでデスクチェアにつかまり事なきを得る。
僕は、自分を怪我させようとした履歴書を拾った。いやに、つるりとした手触りだ。一度は捨てようとしたけれど、結局手にしたままパソコンに向かい合って座った。
ボールペンで丁寧に書かれた自己PR欄や、志望動機欄を読んでみた。
誰かではなく、一人ひとりの役に立つことを生きがいに。
夢や目標は野心的に、しかし遠くを見つめるばかりでなく足元の一歩を大切にする生き方を。
対話によって互いの公約数を
このような行動を、このような選択を、このような功績を。
履歴書に何度も書き、面接で何度も答えた言葉の羅列。
全部、噓、噓、噓だ。
当たり前だ。僕は、そんな立派な人間じゃない。
ばかばかしいとは思うけれど、別に、噓をつくことを否定したいわけじゃない。そうして生き残る能力を買われて今回、内定にこぎつけたのだ。生きるすべを得たのだ。間違っていない。
そりゃあ、自分のままで生きていける能力や容姿や環境を持った人間はそれでいい。でもそうじゃないのだから。
いいんだ。
自分じゃない、を貫く生き方で。
間違ってない。間違ってるはずない。
間違っては、いない。
はずだ。
酒の力と内定の脱力感で、自己防衛力が鈍っていたのだろう。普段は考えもしないようなことが、頭に浮かんでくる。
自分じゃない、を貫いて、結果を得た。
でもそれって、自分の功績じゃない。
これから、自分を偽って得たものと一緒に、半生を生きていかなければいけない。
息苦しく、どこかで納得のいかない一生になる。
ならば一体、二十一年間生きた自分にどんな意味があっただろうか。
この三年間、生きた自分に何か意味はあるだろうか。
そういうことじゃないのに、そういう問題じゃないのに、なぜか頭の中を駆け巡る。酒と、内定のせいだ。
もしも、能力や容姿や環境や、そんなものを、気にしないでいられたら、計算しないでいられたら、生きて、いけるなら。
理想論を、語れたら。
もしかしたら僕にももっと、自分のままで手にしたい何かがあったりしたんだろうか。
僕はかぶりをふる。そんなものはきっとないからだ。
(つづく)
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