傷つくことの痛みと青春の残酷さを描いた『青くて痛くて脆い』がついに映画化。
主演に吉沢亮×杉咲花を迎え、8月28日(金)から全国で公開がスタートしました!
大学1年の春、秘密結社「モアイ」を共に作った秋好寿乃はもういない。
あれから3年、就活を終えた田端楓の頭に、普段は考えもしないようなことが浮かんでくる――
映画公開に先駆けお届けしてきた特別試し読みも残りわずかです!
>>第9回へ
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考えてもどうしようもないことをこれ以上考えないでいるために、二本目を一気に
しかし、アルコールが混ざった泥沼の思考なんて、一度沈み込めばどんどんと深みにはまっていくばかりだ。熱くなった頭の質量を机に完全に預けた僕は、発泡酒の缶を四つ机の端に並べたところで、自己防衛力だけでなく、理性まで失った。
気づけばそこにあった。
思い出した、とかじゃない。ずっと端っこに、あった。
重いだけでなく熱い頭をゆっくりとあげ、マウスに手を添える。
矢印の形のカーソルを動かし、左下に寄せて、一つのフォルダに照準を合わせる。
ダブルクリックすると、中に一つだけ画像ファイルが入っている。
指が震えたのはアルコールのせいだ。力をこめて、もう一度不必要な速さでダブルクリックをする。
画面に表示されたのは、もう三年前に撮られた写真だった。
揺れる頭と目で写真を注視する。整髪料をつけていないこと以外には、一つも変わっていない自分。その自分が驚いた顔で見る先に、今はもうここにない笑顔があった。
口から、思わず
「あのさあ」
出てきた声は、想像よりずっと高かった。
「秋好」
口から、意思が揮発していくような感覚だった。
「お前、何になりたかったんだよ……」
それでもあの時の秋好が何を考えていたのか、それを心から知りたい気がした。こんな、自分のままでは何もできなかった僕にせめて教えてほしかった。
いや、何に、もないだろう。秋好は、なりたかったはずだ、なりたい自分に。ただそれだけの純粋な理想を持っていたはずだ。それがあいつだった。
「噓に、なっちゃったな……」
二人にかけた言葉だった。自分と、秋好の。
一年生の頃の自分達を思い出す。思い出さないようにしていたのに、タガが外れ、記憶が
初めはただ痛い奴だと思っていた秋好に出会い、その人格を受け入れ友達になった。理想を語る秋好に感化され、いつしか自分も理想を見るようになった。四年間で、見つけられるのかもしれないと思っていた、秋好が語るようななりたい自分を。
でももう間に合わない。
もう戻れない。
一人になってしまった。
「お前がいたら変わったかな」
呼びかけるも、当然返事なんてない。もう
こうして就活にくたびれて、くだをまいて、何もできず、僕は大学生活を終える。
なりたい自分になんてなれず、そもそも自分がなりたい自分がなんだったのかすらもう分からない。
秋好の語っていた理想が現実になる予兆を見ることもなくこの四年間を終わらせてしまう。
正確には、まだ十ヶ月ほど、あるのだけれど。
『
秋好がそんなことを言っていた。昨日聞いた言葉のように、脳内に響く。焼きが回っていると、自分を笑った。
『全員がいっせいに銃を下ろすような理由があれば明日、戦争が終わる』
そんなこと言ってたな、お前。
痛い、痛い痛い痛い、理想論。
『だから何かを変えるのに間に合わないことなんて一つもない』
やめてくれ。
痛い痛い痛い。
胸の奥が、痛い。
「……まだ間に合う、っていうのかよ」
僕のこの、三年間の意味も。
何を間に合わせるっていうんだろう。
もし、秋好の言うように間に合ったとして。
何を変えたいっていうんだろう。自分に変えたいものなんて、あったのだろうか。
自分にはなりたい自分なんて、もう分からない。秋好がいないから、もう分からない。
分からないものを、変えられない。
だったら、何を。
画面の中の秋好が、笑っている。
今日の僕や、あの場にいた就活生達が浮かべていたのとはまるで違う、彼女自身の笑顔。
ふいに、エレベーターに乗り込む直前に見た光景が目に浮かぶ。
社会人に
「あの子、モアイなんだってさ」
話しかけても、秋好は返事をしてくれない。もういないのだ。そのことをこれまでで一番深く理解する。
写真の中にいる秋好に僕の言葉が聞こえてたりしたら、彼女は驚くだろう。失望し、怒りさえするかもしれない。
しかし、現実が全てだ。現実として、今があるのだから、あの時の秋好が残したものの先に今日の就活生がいるのだから、結局、秋好はただの噓つきになってしまった。
あいつを噓つきにしてしまったこと、そのことが今さら少し、悲しかった。
…………変えたいこと。
「秋好の、ついた、噓を、本当に変える、とか」
例えば、だけど。
そのへんで僕の意識は途切れた。翌朝、気がつくと座っていたはずのデスクチェアのそばで体を丸めて寝ていた。フローリングの床はべたついていた。
体を起こす前、自らがどういう姿勢かなんとなく理解しているだけのその状態で、僕は、胸の炎が消えていないことに気がついた。
(このつづきは本書でお楽しみください)