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【書評】周りがみんな輝いて見えたあの頃の自分を思い起こさせる――関 かおる『小麦畑できみが歌えば』レビュー【評者:精文館書店中島新町店 久田かおり】

「きみは、歌に選ばれたんだ」
みずもかえでも』で第15回 小説 野性時代 新人賞を受賞しデビューした著者の、受賞後第一作!
関 かおる『小麦畑できみが歌えば』の発売にあわせて、精文館書店中島新町店 久田かおりさんによるレビューをお届けします。

関 かおる『小麦畑できみが歌えば』レビュー



評者:精文館書店中島新町店 久田かおり

 シドニーのオペラハウスの近くは通ったことはあるけど中に入ったことはない、ましてや生のオペラは一度も観たことがない。まだミュージカルや歌舞伎の方が身近に感じられる。けれど、テレビなどでオペラ歌手の歌を聴くと、その声量と表現力に圧倒され聞きほれてしまう。これを生で聴いたらどれほどのすごさなのだろうかと思う。心を揺さぶられ思わず泣いてしまうんじゃないだろうか。
 北海道に住む唯吹は家業である小麦農家の手伝いをしている18歳だ。アメリカ人の祖母を持つ彼女は小学生の時、その目の色をからかわれ学校に行けなくなってしまう。そんな時、祖母によって連れて行かれた音楽会で本物のオペラの歌声に出会うのだ。唯吹の傷ついた心にその歌声が激しい衝撃と感動を与え「自分も歌いたい」という思いを芽生えさせる。そりゃそうでしょうとも。小学生の柔らかな心に本物の生歌がどれほど深く突き刺さったか。ソプラノ歌手の声が爽やかな風になって小麦畑を吹き抜け唯吹の前髪をゆらした光景が目に浮かぶようだ。歌声という眼に見えないものがにおいやかがやきを彼女の中に注ぎ込み、そして悲しみや寂しさを洗い流してくれた。「歌声」の持つ言葉にできない魅力に唯吹が出会った瞬間だ。
 そんな唯吹がふと口ずさんでいた歌をきっかけに転校生である寧音と出会い、二人で歌を歌い合うハミングバード・オペラ・クラブを結成する。二人だけの活動は寧音の東京の高校進学でピリオドが打たれ、それぞれ別の道を歩き始める。
 3年後、唯吹が祖母の勧めでオペラプロジェクトのオーディションを受けるところから物語は動き始める。
 持って生まれた才能と資質があるのに、それを活かす知識も技術もない彼女は当然のようにオーディションに落ちてしまう。だが、その可能性が見出されアメリカで行われるサマープログラムのオーディションに参加することになる。唯吹はいつも誰かに背中を押され、幸運や偶然の風に吹き寄せられている。まるで風になびく麦穂のように右へ左へと揺れているだけで、なんとも頼りない。
 初めて訪れた海外でのサマープログラムで、参加者たちと自分の圧倒的な違いに打ちのめされる姿はリアルだ。「歌うこと」への執着も覚悟もない自分との違いを目の当たりにし、彼らの実力やそれぞれが持つ、なぜ歌うのか。何のために歌うのかという強い理由にひるんでしまう。唯吹だけが自分の中にその答えが見つからない。からっぽの自分がうわべだけを真似して歌を歌っても、そこには人の心に届けるべきものが何もない。小学生の時の自分が出会ったあの感動はどこへいったのか。唯吹が抱く無力感と焦り、そしてヒリヒリとした痛みがかつての自分を思い起こさせてくる。何かをつかみたくて、でもその方法がわからなくて。伸ばした手のそのやり場に戸惑い、ただただ毎日焦りに焼き尽くされそうだった日々を、周りがみんな輝いて見えたあの頃の自分を。
 見知らぬ国で味わう劣等感と孤独の中で、手の届かない高みまで上りつめたかつての親友寧音と再会はさらに唯吹を打ちのめす。楽しいだけの歌の時間は終わっていたのだ。暗闇の中で一人ぼっちだった自分を救ってくれた「歌」に責め立てられる辛さが狂おしいほど伝わってくる。がんばれ負けるな、と応援したい気持ちと、もう全て投げ捨てて北海道に帰ってもいいんだよと背中を撫でてあげたい気持ちがせめぎ合う。
「芸術」という数値化されない世界で、評価の基準も評価者によって変わる世界で彼女たちは何を頼りに戦い続ければいいのだろうか。音符の通りに音を出すこと、文字通りに歌詞を歌いあげること、その最低ラインの上に積み重ねていくべき自分自身による自分ならではの解釈とは。
そんな時、とある出来事をきっかけに自分自身を見失っている唯吹のからっぽな身体の中でずっと息を殺していたものが動き始める。
 真暗闇に取り残されたような不安のなかで気付く、自分へと続いていた一筋の光。その光の出発点の不変さを彼女が思い出した瞬間、ページの中に壮大な光景が広がっていく。あぁ、そうか唯吹はただ風になびいていただけじゃなかったんだ、大地にしっかりと根差し、吹く風を真正面から受け止めていたんだ。流されているように見えていたけれどひとつひとつ自分の意志で選び取っていたんだ、とようやく気付かされる。
 さてさて、自分自身の軸に気付いた唯吹は残りのオーディションをクリアできるのか、元親友でありライバルでもある寧音との友情の行方は。
 どうか最後まで彼女たちと共に戦い、共に歌い続けてみてください。

作品紹介

書 名: 小麦畑できみが歌えば
著 者: 関 かおる
発売日:2025年11月05日

「きみは、歌に選ばれたんだ」 小説野性時代新人賞受賞第一作
北海道の小麦農家でのびのび育った18歳の唯吹。
幼少期に祖母と行ったリサイタルで美しい歌声に感動し、歌うことが大好きになった。
けれど、あの声を出したいという願望と、舞台に立ちたいと思うことは結びついていなかった。
あの日までは――。

憧れのひとを追いかけて、地元のオペラハウスのオーディションを受けると、知識不足でありながらも、特別な声で審査員を魅了する。
技術不足が理由で不合格となるが、アンバーオペラハウスのサマープログラムへの推薦をもらうことに。
優勝者はあのアンバーの研修生に選ばれるのだ。

自分の“楽器”と向き合い懸命にくらいつく唯吹だが、進むにつれて大切な仲間との別れもある。
果たして栄光を手に入れることができるのか――
「わたしはなりたかった。音楽をするために生まれてきたひとに」


【全国の書店員さんから感動の声が続々!】
〇「 手に汗握るオーディションシーンに惹き込まれます。全力で推したくなる主人公です。 」 書店員 高頭佐和子さん
〇「 人と触れ合い、わかろうとする。今の時代に必要な物語。 」 オックスフォード貝津店 山本聡さん
〇「 全編に流れる心地いい旋律が涙を誘います。 」 BOOKSえみたす大口店 近藤さん
〇「 決してシンデレラストーリーではない自己の葛藤や成長がよく描かれている作品だと思います。 」 未来屋書店日の出店 關在我さん
〇「 人生を紡ぐ出会いの大切さをあらためて実感しました。 」 ブックスジュピター 林貴史さん
〇「 歩み続けた先に見えた勝敗よりも大切な心に、はっと目が覚めるようでした。 」 紀伊國屋書店福岡本店 宗岡敦子さん
〇「 不思議だ。オペラを目指す青春小説なのに土の匂いがする。 」 精文館書店中島新町店 久田かおりさん

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322503001480/
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