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試し読み

吉沢亮、杉咲花W主演映画「青くて痛くて脆い」公開直前企画!原作小説特別試し読み!

傷つくことの痛みと青春の残酷さを描いた『青くて痛くて脆い』がついに映画化!
主演に吉沢亮×杉咲花を迎え、8月28日(金)から全国で公開されます。


書影

住野よる『青くて痛くて脆い』(角川文庫)


大学1年の春、秋好寿乃と出会い、二人で秘密結社「モアイ」を作った田端楓。
しかしそれから3年、あのとき夢を語り合った秋好はもういなくて――
冒頭47ページを映画公開に先駆けてお届けしていきます!

―――◇◆――◇◆――◇◆――◇◆――◇◆―――

僕ら、その季節を忘れないまま大人になる。

 あらゆる自分の行動には相手を不快にさせてしまう可能性がある。
 高校卒業までの十八年間でそういう考えに至った僕は、自らの人生におけるテーマを大学一年生にして決めつけていた。つまり、人に不用意に近づきすぎないことと、誰かの意見に反する意見を出来るだけ口に出さないこと。そうしていれば少なくとも自分から誰かを不快にさせる機会は減らせるし、そうして不快になった誰かから傷つけられる機会も減らせると考えた。
 だから大学で初めてあきよし寿ひさを見た時には心底、世の中には自信過剰で愚かな、そして鈍い人間がいるものだと、馬鹿にした。
 大学一年生になって二週目の月曜日。授業選びもあらかた終えて、今週からいよいよ本格的に勉強が始まる。そんな大学生に最も正しい意欲がある日、サークルにも属さず、新入生レクリエーションにも出なかった僕は一人ポツンと、大講堂の端っこに座っていた。それなりの、静かな大学生活を望んでいた。
 三時限目、一般教養の平和構築論だったような気がする。教科書をぱらぱらとめくり待っていると、やがて講師が静かに教壇にあがり、一年生ばかりの空間には素直な静寂が満ちた。
 しかし、九十分という未体験の集中力を要求される授業時間に、学生達の心の糸は当たり前にかんを始めた。さわつきだす講堂。教える側も毎年のことで慣れているのだろうか、別段注意をすることもなく授業は進んだ。
 僕も多分にれず、そもそも高校の授業時間にすら集中力を対応させられなかった部類の人間だった。九十分という授業時間はこの春の陽気のもと悠久の時のように思え、まさかその感覚から四年間抜け出すことなく過ごすだなんて思いもしなかった。
 早速退屈に思えてきた授業。端っこの席で、僕は窓から外を見ていた。授業がない学生達の笑い声と、鳥の鳴き声が陽の光に溶けていた。
 そんなうららかな陽気を乱す声は、ちょうど僕のほおづえの位置がずれ、頭がかくんと下がった時に聞こえてきた。
「すみませんっ、質問してもいいですか?」
 大きく快活な声が、静かな講堂に響き渡った。起きていた皆が、声の主は誰かときょろきょろする。僕も同じく気にはなったのだけれど、あたりを見回す必要はなかった。声は、僕の席から右側に一つ席を飛ばした場所にいる女性から聞こえてきたからだった。盗み見ると、彼女は真っすぐ、自分の正しさを誇示するように右手を天井に向けて伸ばしていた。
 講義を聴いていなかったから、僕は講師が質問を募ったのだと思った。ところが、彼女の強い視線の先にいる高齢の講師はつまらなそうな顔で「質問は後で受け付けますよ?」と彼女に手を下ろすよう促した。僕が片目で見守る中、彼女はそろそろと手を下ろしたものの、その不満気な表情が教壇からも見て取れたのだろう。講師が「今でもいいですが」と言うと彼女は生き生きとした表情になって、講堂中に感謝の言葉を響かせた。
 思えばこの時、彼女が平凡な学生には到底考えつかないような考えを披露してみせ、講師と議論したなら、大学にはすごい人がいるもんだなんて、僕の中で大学生というものに面白みを期待できる思い出となっていたかもしれない。そして、きっとそれだけで終わっていただろう。
 そうはならなかった。
「この世界に暴力はいらないと思います」
 そんな言葉で始まった彼女の質問、という名前を借りただけの意見表明は、正直、小学校の道徳の授業で習ったような、聞いているこっちが恥ずかしくなってしまうようなものだった。
 いわゆる、理想論ってやつだろうか。講師は話を聞いてからちようしようを隠しもせず「それはそうなればいいのは皆が分かっています」と言った。講堂内からは小さく「うわっ」「なにあれ」「った」と聞こえてきていた。空耳じゃない。
 講師との会話を通じて、恥をさらし終えた彼女が黙ると、授業はまるで彼女の存在を無視するように、それでいて実体のないどこかの誰かを馬鹿にするような雰囲気をまといながら進んだ。
 僕がその後、改めて彼女に視線を送ったのは、授業を中断してまで自らの意見を発表したがる人物像に興味があったわけじゃない。ただ僕の中に、馬鹿な発言をした奴が否定された時の不機嫌そうな顔を見て面白がるようなところがあっただけだ。
 だからちらりと横に座っている彼女の表情を見た時には、残念とまではいかないけれど、意外には思った。彼女が、傷ついたような顔をしていたからだ。ショックを受けているような顔をして前方を見ていた。
 僕は、彼女のような行動をする人間を中学高校でも見たことがあって、その考え方のパターンを決めつけていた。どうせ、自分の言い分だけを信じ、理解してくれない周りを馬鹿にしているようなタイプの人間だと思っていた。だからその種類の人間にありがちな、否定された時の不機嫌さを彼女が見せていなかったことが、意外だった。
 関わろうとは思わないまでも、僕はきっとその時の彼女の顔に、興味を持った。
 でも、あくまでその興味というのは本当にただ街中で少し変わった音楽が聞こえてきた程度のものだったから、チャイムが鳴る頃にはもうどうでもよくなっていた。

(つづく)

»住野よる『青くて痛くて脆い』特設サイト


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