深緑野分さん『この本を盗む者は』が本屋大賞にノミネートされました!
ふたりの少女が物語の世界を冒険する本作。主人公の少女・深冬(みふゆ)の家族が管理する蔵書庫から本が盗まれると、どこからか謎の少女・真白(ましろ)が現れ、深冬は彼女から手渡された本の世界へ――。手渡される本の内容は、作中作としても綴られています。
ノミネートを記念して、ジャンルも文体も異なる魅力的な5つの作中作のうち、4つの抜粋を一挙公開! 残りの1つはぜひ本作を読んでお確かめください。
1.“魔術的現実主義 ”の物語。
この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる
『繁茂村の兄弟』
物事にははじまりと終わりがある。繁茂村もはじめ、ベイゼルとケイゼルの兄弟が黒い甲虫を追いかけてたどり着くまでは、ただの乾ききった赤茶色の荒野であった。いくら黄ばんだ雲が雨を降らせようと雨粒は灼熱の大地に触れるや否や蒸発するばかり、人間はおろか昆虫も、水すらも寄りつかぬ。
ベイゼルはひどい雨男であった。新月の晩、産声を上げたその刹那、突如として暗雲が現れ、村の上空を覆い、止めどない豪雨が降り注いだ。村は、月が再び膨らむまでに完全に水没し、逃げ延びた住民は、鼻と耳の穴に詰め物をして深く潜り、水底に沈んだ自宅に帰って、忘れ物を取りに戻るほかなかった。
続きは『この本を盗む者は』本文34頁へ
2.“ハードボイルド”の物語。
この本を盗む者は、固ゆで玉子に閉じ込められる
『BLACK BOOK』
「名前くらい名乗ったら? ミスター〝誰かさん(ジョン・スミス)〝?」
客間の半分開いた窓から乾いた風が警察官たちの罵声を乗せて吹いてくる。家具を蹴飛ばす音、ガラスが割れ砕け散る音――リッキーは女を振り返った。
「誰かに訊かれたら、〝マクロイが来た〝と答えてくれ。それでジョーには通じるはずだ」
「ジョー? 何者なの?」
「俺の墓掘り人さ」
続きは『この本を盗む者は』本文98頁へ
3.“スチーム・パンク”の物語。
この本を盗む者は、幻想と蒸気の靄に包まれる
『銀の獣』
次の瞬間、針山があったはずの場所から、巨大な生物が首をもたげた。
長い首、頭は天をつかんばかり、胴は太くて毛が生え、四つ足だが、魚のような尻尾がある。古い神話に登場する竜と、狼と、そして人魚を合わせたような、奇妙な銀の獣だった。
曇天のわずかな隙間から太陽の光が幾重も差し、銀色の体が黄金をまぶしたように輝く。獣はゆっくりと頭を動かすと、尖った口を開いて白い息を吐いた。
呆気にとられて立ち尽くす人々の頭上、体に、息が吹きかけられる。それはすさまじい高温の蒸気で、人々は蒸発してしまった。
続きは『この本を盗む者は』本文167頁へ
4.“奇妙な味”の物語。
この本を盗む者は、寂しい街に取り残される
『人ぎらいの街』
「マスター、いったいこれは何だ? コーヒーではないようだが」
顔を上げてみると、マスターは忽然と姿を消していた。いつの間に? いや、それどころではない。温かな光を放っていたランプが消え、うっすら寒気がするほどあたりは暗くなっており、俺は思わず腕をさすった。様子がおかしい。上を見ると、美しく光沢があったはずの天井はぼろぼろで、ネズミが齧ったかのように板目に穴が空いていた。さっきまで確かに灯っていたはずの天井の照明には電球すらない。蜘蛛の巣が張り、埃が落ちてくる。
驚きのあまり立ち上がると、その拍子に椅子が倒れた。もろくなっていたのか、椅子は床に叩きつけられるなり砕け散った。まるで店全体が何十年も時を早回ししたようだ。テーブルも虫食いだらけで、アルコールランプの磨りガラスは割れていた。
続きは『この本を盗む者は』本文262頁へ
『この本を盗む者は』について
本に夢中になった、いつかの自分に会いにゆこう
STORY
書物の蒐集家を曾祖父に持つ高校生の深冬。父は巨大な書庫「御倉館」の管理人を務めるが、深冬は本が好きではない。ある日、御倉館から蔵書が盗まれ、父の代わりに館を訪れていた深冬は残されたメッセージを目にする。
“この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる”
書誌情報
書名:この本を盗む者は
著者:深緑野分
発売:2020年10月8日(木)
※電子書籍同日配信/特典:「書店員賞」候補作品10点のイラストギャラリーを収録
定価:本体1,500円+税
装丁:鈴木成一デザイン室
装画:宮崎ひかり
判型:四六判上製
頁数:344頁
ISBN:9784041092699
初出:「文芸カドカワ」2018年8月号~2019年6月号
発行:株式会社KADOKAWA
★情報ページ:
https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000257/
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