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試し読み

政治家の演説指導も手掛ける新鋭が描く、永田町の「怪物」たちのひりつくような駆け引き。 眞邊明人『28歳フリーターが総理大臣と総選挙で戦ってみた』試し読み#3

異色の政界エンタメ小説『28歳フリーターが総理大臣と総選挙で戦ってみた』(著:眞邊明人)の試し読みを、大ボリュームで掲載します!
(全5回・5月30日~6月3日まで5日連続更新)
思惑渦巻く永田町に飛び込んだ、政治ド素人のユーチューバーの運命やいかに――。ぜひお楽しみください!



『28歳フリーターが総理大臣と総選挙で戦ってみた』試し読み#3

第二章 野望


1997年12月1日
日本党の真坂海代議士がかまくらの自宅で割腹自殺

 日本党の若きリーダーと期待された真坂海代議士が鎌倉の自宅で割腹自殺をした。政権与党の最大派閥の英政会のりようしゆうである海氏については数億円にのぼる違法献金疑惑が報じられていた最中であった。海氏の父親であり確執が噂されていた真坂りゆう氏は、後継に海氏の長男であり公設秘書の尊氏を立てる意向を示した。
大日本新聞  

  

「正直なところお会いいただけるとは思いませんでした」
 真坂きようろうは自分がセットしたドラマチックな会談に静かな興奮を覚えていた。あかさかの高級ホテルの一室。ふたりの男が向き合ってソファに身を沈ませている。ひとりは喬太郎の父であり、日本党の大物議員である真坂尊である。今年五十八歳になる尊は、身長百八十センチを超える長身に、彫りの深い顔立ちと黒々とした髪が年齢を感じさせない。ただ、その若々しい外見とは逆に、とび色のひとみは鈍く光り、その内面を決して外に漏らすことのないろうかいさを感じさせる。尊は、正面に座る男から掛けられた言葉に静かに返答した。
ほしさんとこうして差し向かいでお話しさせていただく機会をむざむざ無駄にすることなど考えられません」
「そう言ってもらえて光栄です」
 尊の向かい側に座っている男はにこやかに笑って頭を下げた。その男は、今は政治家ではないものの、その存在は野党随一と言える。男の名は星野とおる。現在、第一野党であるみんせい党の創設者である。星野は、もともと政治評論家としてテレビで活躍していた人物であった。その鋭いぜつぽうで与党である日本党や政府を追及し、視聴者の絶大な人気を獲得し、それを背景に民政党を旗揚げすると、ほぼ彼の人気だけで民政党を野党第一党にまで躍進させた。その後、二度にわたり政権奪取に向け党首として総選挙を戦ったが、あと一歩及ばず、二度目の総選挙後、敗北の責任をとって党首の座を降り、議員も辞職、政治からの引退を表明した。現在は以前のようにテレビコメンテーターとして活動している。しかしながら民政党への隠れた影響力は今でも健在であると言われ、その人気は「首相になってほしい人物」の常に一番手に挙げられているほどだ。
「真坂先生は実に優秀な秘書をお持ちですね」
 星野は尊の斜め後ろに立っている喬太郎に視線を移した。
「私の唐突な依頼に迅速にお応えいただき、誰にも察知されることなくこの場をセットされたお手並は素晴らしいものでした」
 星野自身から連絡が入ったのは一昨日おとといの午後。内容は明かさず、ただ尊と会いたいとのことであった。喬太郎はすぐに尊に伝えると、スケジュールの調整に入った。星野は立場的には政治家ではなく評論家であるから、ふたりが会うことに表立った問題はない。しかし、総裁選の余波があり、尊の周辺には様々な憶測が飛び交っていた。それゆえ野党に大きな影響力を持つ星野と会うということはそれなりのリスクをはらむ。尊はこの申し出を断ることも考えたのだが、喬太郎は尊に会談を行うことを勧めた。尊は、父である真坂海がつくった派閥である英政会を脱退してまで勝負に出た総裁選に敗れた。国民の同情は尊に集まったが、しよせんそれはながちようには関係ない。政治家真坂尊にとって致命傷ともいえる敗北であった。この状況を転換させるためには、日本党の中からでは難しい。「外の力」をにすることも必要だ。機を見るに敏な星野が、このタイミングで尊とふたりだけで会いたいというのには何かあるに違いない。その可能性にけてみるだけの価値はある。喬太郎の考えは、迷っていた尊の決断を後押しした。そして、喬太郎はふたりの会談が外に絶対に漏れないように細心の注意を払い、深夜に近い時間、赤坂のホテルを指定した。尊はいつも出張の際に赤坂のホテルに前泊する。出張のタイミングに合わせて、星野を深夜、そこに呼び出したのである。
「お褒めいただき恐縮です。私の息子ですがまだまだ秘書としての経験は浅いものでして、何かと至らぬこともあるかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします」
 尊は頭を下げた。喬太郎も同じように深く頭を下げる。政治家一族の真坂家は代々、父親の第一秘書を息子が務めることになっている。尊も若き日は父である海の第一秘書を務めていた。それだけに秘書に対する考え方や振る舞いについては他の政治家よりもはるかに厳しい。出過ぎず、それでいて細い気配りを行うことを日頃からしつけられている。こういう会談の場でも決して声を発しない。影のように代議士に寄り添う。それが真坂の秘書の礼儀であった。星野は好意的な目で喬太郎に頭を下げ、そしてその視線を尊に向けた。
「それにしても総裁選は意外でした。私はすっかり真坂さんが総裁になられると思っていました」
 星野は、コーヒーを口に運びながら、尊の顔をのぞき込むように言った。今年五十三歳になる星野はその年齢よりも若々しい。やや童顔でつやのある顔が悪戯いたずらっぽく変化した。その表情は尊の出方次第で態度を決めようという雰囲気を感じさせた。
「私の力不足で面目もございません」
 尊もまた、星野の出方を探るように無難な回答を返した。表情は星野に比べると硬い。尊とすれば、星野の真意がわからない以上、儀礼的な反応に終始するつもりであることを喬太郎は感じ取った。星野は柔らかい笑みを絶やさずに、
「真坂さんはこのまま落合さんに屈するおつもりですか?」
 とやや突っ込んだ質問をした。尊は少し返答に戸惑ったように、窓の外に目をやった。窓の外には無数のあかりが揺らめいている。尊は息をそっと吐いた。
「屈するも屈さないもありません。私は政治家ですから、政治上で私の信念を示していくつもりです」
「政治上の信念……」
 尊の言葉をみしめるように星野は繰り返した。その表情から笑みは消え、真剣なものに変化した。ふたりの間に奇妙な沈黙が流れた。それはほんの数十秒であったかもしれない。
「わかりました」
 流れる沈黙を破ったのは星野であった。尊の反応から、自分の想定との差異に気づいたのであろう。
「こちらがお声がけしたのですから、私の方からお話しするのが筋でしょう」
 星野は姿勢を正した。
「私は民政党の党首に復帰をします」
「ほう……」
 思わずというように尊の口から驚きの声が漏れた。
「ということは、次の参議院選挙に出馬されるということですか?」
 尊は星野に尋ねた。直近、最短の選挙は参議院選挙で二年後である。
「いえ」
 尊の言葉に星野は唇の端をゆがめた。
「今年の話です」
「今年?」
 尊は首を傾げた。
「今年の解散総選挙に出馬し、当選と同時に党首になる予定です」
「解散総選挙?」
 尊は星野の言葉の意図を読みきれない様子で、コーヒーカップを持つ手を宙に浮かせたまま止めた。星野は尊にまっすぐ視線を向けた。
「川上政権は間も無く崩壊します」
「崩壊? 川上内閣は発足したばかりですよ。いくらなんでもありえません」
 尊は首を振った。喬太郎には尊の戸惑いが理解できた。確かに川上内閣発足時の支持率は今までの内閣発足時に比べて低いのは確かだ。事実上、落合政権の単なる衣替えであり、国民の期待をはるかに下回るものである。しかしながら、日本党は政権維持に十分な議席数を持っている。内閣支持率が低かろうと川上政権が総選挙のような冒険に出ることはありえない。少なくとも二年後の参議院選挙までは川上政権が続くことは間違いない。今年の解散総選挙などあるはずがない。
「川上総理は二年後の参議院選挙に照準を定めています。それまでは慎重な政権運営を行うでしょう。野党がいくら解散を迫ったところでそれに応じることはありません」
「おっしゃる通りでしょう」
 星野は尊の言葉を受けてうなずいた。そして、卓上のコーヒーカップに手を伸ばし、ゆっくり持ち上げ唇につけた。
「川上総理がご自身の考えで解散総選挙を行うことはありません。しかし、そうせざるを得なくなればどうでしょう」
 星野ははっきりとひとことひとこと嚙み締めるように言葉を発した。星野の言葉で尊の表情に緊張が走った。
「何かをつかまれているのですね」
 尊はコーヒーカップを下ろした。その手は震えて、かちゃかちゃと音を立てた。星野は、微笑を浮かべた。
「お知りになりたいですか?」
「はい」
 尊は星野の目を見据えた。
「私がこの事実を貴方あなたにお知らせするということがどういうことかもちろんおわかりでしょうね」
 星野の語気は穏やかなものであったが、その言葉の意味は重い。喬太郎は尊の背中に視線を移した。その背中には気迫がめられていた。
「もちろんでございます」
 尊は答えた。ここまで来ればまずは相手の懐に飛び込む。そういう覚悟を感じさせた。星野は、自分のかばんからファイルを取り出し、それをそのまま尊に差し出した。尊は受け取ると、そっと開いた。ページをめくる音が静かな室内に響く。次第にその音が荒々しくなった。
「これは……」
 尊は低い声でうめいた。
「おわかりになりましたか」
 星野は目を細め、尊を見据えた。
「日本の未来は、この瞬間から真坂さん、貴方が握っています」
 星野は静かに言った。尊は星野を見ずにファイルに目を落としたままだ。
「貴方が挑んだ総裁選は無駄ではありませんでした。これは貴方の行動が生み出した産物です。だから私はこれを貴方に見せた。どう扱うかは貴方次第です。日本の未来を変えるか、変えないか……」
 尊はファイルを持ったまま、しばらく石像のように動かなかったが、顔を上げると静かに言った。
「お返しします」
 尊は、ファイルを星野の方に差し戻した。
「ご返事はいかに」
 星野は手渡されたファイルを卓上に置くと、尊に問いかけた。尊はふっと息を吐くと、
「今日、私は、星野さんとお会いすることはなかった。そのような事実はない。したがって、そのファイルの中身ももちろん知ることはない。知らぬものは何が起ころうと止めることもできない」
 静かに返答した。星野はその返答の意味を受け止めたように、深く頷いた。そして、ファイルを鞄にしまうとゆっくりと立ち上がった。
「そのお返事で十分です。真坂さん。今晩の我々のかいこうは日本の政治史に残る出来事になるでしょう」
 星野は尊に一礼すると、そのまま部屋のドアに歩き始めた。そして、喬太郎の横を通り過ぎる際、足を止め、笑顔を喬太郎に向けた。
「また、私から貴方にご連絡差し上げます。よろしくお願いします」
 そう言って、今度は振りかえることなく去っていった。星野が去った後、部屋は静寂に包まれた。
「喬太郎」
 尊はソファに座ったまま喬太郎に声を掛けた。
「はい」
「ここに座れ」
 尊は今さっきまで星野が座っていたソファを指した。喬太郎は、すぐに尊の正面に回りそっと腰を下ろした。
「申し訳ありませんでした」
 喬太郎は頭を下げた。
「なぜ謝る」
 尊は、喬太郎に尋ねた。その表情は穏やかなものであった。
「事前に私が用件を確認しておくべきでした」
「星野はおまえには明かさなかっただろう」
 尊は、窓の外に視線を動かした。窓は外の冷気によって曇っている。
「それよりも、今日、星野が私と会ったことが漏れるようなことはないな」
「はい。そこは細心の注意を払いました」
 尊は再び視線を喬太郎に戻した。
「ファイルの中身について知りたくはないのか?」
「私が知る必要があれば」
 喬太郎は答えた。
「満点の回答だ」
 尊は満足そうに頷いた。
「秘書はそうでなければならん。今のところファイルの中身をおまえが知る必要はない。近いうちに誰もが知る事実になるだろうが、その時までは身内であっても秘密を漏らすわけにはいかん」
「わかりました」
 喬太郎は頷いた。
「喬太郎。私は必ずこの国の頂点に立つ。父が、祖父がせなかったことをしてみせる」
 尊は語気を強めて言った。尊が己の心情を話すのは珍しいことであった。英政会を脱会して総裁選に打って出た時も、誰にも相談せずに意思決定だけを事務的に伝えるのみであった。感情的で親分肌であった父の真坂海と尊はまるで正反対の性格である。それは生まれつきというより尊自身がそう自分を戒めているかのようであった。それゆえ、派閥の中でも人望がなく、本来であれば派閥のオーナーであり領袖にならなければならないのに、その座を落合に奪われる一因になっていた。ひ弱なプリンス。それが尊の党内での評価であった。
「今夜の星野の来訪は、私に光を与えた。おまえのおかげだ。おまえが私を星野に引き合わせなければこのチャンスを失うところだった。おまえには礼を言わねばならん」
 尊は喬太郎に頭を下げた。尊のそのような振る舞いは初めてのことだったので、少しばかり喬太郎は慌てた。
「やめてください。私の手柄ではありません。ただ、役に立ったのならうれしいです」
「喬太郎」
「はい」
「今日から私は変わる」
 尊の鳶色の瞳の奥に光が宿った。
「あの日以来、抑えていたものを解き放つ」
 尊は低くつぶやいた。その視線は喬太郎に向けられていたが、尊が見つめているのは遥か彼方かなたの遠い過去の情景のようであった。

(つづく)

作品紹介



28歳フリーターが総理大臣と総選挙で戦ってみた
著者 眞邊 明人
定価: 1,760円 (本体1,600円+税)
発売日:2023年03月27日

政治ド素人が、腐った永田町を斬る!
30代を目前にフラフラしていた大河冬也は、政治系ユーチューバーとして人気を獲得し、与党幹事長代理・真坂尊に対談を申し込む。すると、冬也のカリスマ性に注目した、尊の秘書で息子の喬太郎から、尊が旗揚げした新党の候補者として衆議院解散総選挙に出馬するよう説得される。幼なじみの仲間の後押しもあり立候補を決意した冬也は、ユーチューバーならではの斬新なアイディアを掲げ若者を中心に国民的人気を博すが、地位や権力にしがみつく老兵たちの争いに巻き込まれていく。

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322111000528/
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