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試し読み

『もしも徳川家康が総理大臣になったら』の著者が次に描くのは、前代未聞の選挙戦!  眞邊明人『28歳フリーターが総理大臣と総選挙で戦ってみた』試し読み#2

異色の政界エンタメ小説『28歳フリーターが総理大臣と総選挙で戦ってみた』(著:眞邊明人)の試し読みを、大ボリュームで掲載します!
(全5回・5月30日~6月3日まで5日連続更新)
思惑渦巻く永田町に飛び込んだ、政治ド素人のユーチューバーの運命やいかに――。ぜひお楽しみください!



『28歳フリーターが総理大臣と総選挙で戦ってみた』試し読み#2

激しい衝動がおさまった後、冬也はいつもの虚無感の中に漂っていた。自分の胸にしがみつくように抱きついている桃の熱い肌が妙に煩わしく感じる。桃はまだ激情の波の余韻に浸っているようだが、その反対に冬也は驚くほどめた自分を呆れるようにかんしていた。いつものことだ。冬也は身体を起こしベッドの枕元の煙草に手を伸ばした。その手を桃が摑む。
「もう少しこのままでいられない?」
 潤んだ瞳で見上げる桃に対して、冬也は視線を交わさず、
「まだ足りないか?」
 と言った。
 自分でも冷たいと思う口調であった。
「そういう意味じゃない」
 桃は不満げな声を上げて冬也のたくましい胸に爪を立てた。
「痛い」
 冬也は苦笑して、桃の頰を摑み、唇を寄せた。唇が重なると桃はすぐに舌を絡ませてきた。冬也は桃の要求にこたえることなく唇を離した。
「もう……」
 桃はふてくされたように横を向いた。冬也はそんな桃に構うことなく煙草に火をつけた。
「冬也のそういうところ嫌い。何か欲求を満たすためだけの存在に自分が思えて惨めになっちゃう」
 桃は言葉ほど怒っている風でもなく、シーツの中で駄々っ子のように足をバタバタさせる。セックスのあとの冬也の冷たさはいつものことだ。
「太一のことだけど……」
 冬也は煙草の煙をゆっくりと吐き出すと、桃の方を向かず、ベッドルームの正面にある扉に視線を送ったままつぶやいた。
「太一がどうしたの?」
「あいつ、俺たちの関係に気づいているんじゃないか?」
 冬也が桃と初めて関係を持ったのは三か月ほど前のことである。冬也はそのことを太一に打ち明けていなかった。
「気づいてないでしょ。太一はそういうところ鈍いから」
 桃はのんな声を上げた。
「あいつは桃が思うほど鈍感じゃない」
「そうかなぁ」
「鈍感なのは桃の方だ」
 冬也はクスリと笑った。
「どういうこと?」
「気づいちゃいないのか?」
「何を?」
「太一が桃に気があること」
「え?」
 桃はキョトンとした顔で冬也の横顔を見つめた。冬也は桃の方には視線を向けず少しだけまゆを動かした。
「あいつ、最近、すぐに俺たちだけ残して別行動取るだろ。この間だってそうだ。収録が済んだらすぐに出て行った」
 桃は思い返すようにあごを少し上げて唇をすぼめた。
「そう言われてみれば……でもそれと太一がアタシのこと好きだってこととどう関係あるの? そんなこと言われたことも感じたこともないよ」
「太一と俺は長いからな。わかるんだよ。あいつは桃のことが好きなんだ。ああ見えておくびようだから、桃にその気があるなんて知られないようにしてるのさ」
「冬也は太一から直接、アタシのことが好きって聞いたの?」
「いや。でもわかる」
「わかっててアタシとこうなったってわけ?」
「まぁな」
 冬也は表情を変えずに言った。それも冬也の癖で都合が悪くなると無表情になる。
「それってひどくない?」
「じゃあ、こうならなかった方が良かったか?」
「そんなことはないけど……」
「桃が俺に気があることも太一は気づいてる」
「そうなの?」
「あいつは昔からそういう奴だからな」
 太一と冬也の仲は、中学時代にまでさかのぼる。冬也は母子家庭で育った。父親は政治家だと聞いたことがあったが、母は父親について多くを語らなかった。冬也自身もあえて父についてせんさくすることはなかったが、時折、暗い表情をする母親の横顔を見るたびに、いつの日か自分たちを捨てた父親を見返してやろうと子供ごころに思ったものだ。それが今の冬也の原動力となっている。一方の太一は、父親が小さな広告代理店を経営していて、比較的恵まれた環境で育った。いつも明るく機転の利く太一は、クラスの人気者であった。陰があり孤独を好む冬也とは対照的な存在であったが、なぜか太一は冬也を気に入り、行動を共にした。そんな太一の環境が激変したのは、高校に進学してからであった。高校二年の時、父親が経営に失敗し、会社が倒産。それをきっかけに父親はしつそう、さらに母親も太一を残して姿を消した。太一は高校を辞めて、生きるために働き始めた。明るかった性格も一変し、
「俺はもうおまえたちと居る場所が違う」
 友人たちにそう言って距離を置いた。友人たちも太一の悲惨な状況を見て、声をかけるのを躊躇ためらった。そんな中で冬也だけは太一と変わらず関係を持ち続けた。冬也は母親の実家が裕福だったこともあり、大学にも進学をしたが、母親が病死したことをきっかけに大学も辞めて、太一とつるみ、自分の中にある定かではない野望を満たすためにき続けて今に至る。
「なんで太一はアタシのことが好きなんだろ?」
 桃が、冬也の肩に顔をのせて呟いた。
「おまえが、あいつと同じ境遇だからということもあるだろ」
「同じ境遇?」
「両親に捨てられた」
 冬也の言葉に桃は悲しい顔をした。桃は生まれてすぐに捨てられ児童養護施設で育った。自分の過去について深く話すことはないが、冬也たちに会うまでの人生は悲惨なものであったようだ。
「両親がいないのは冬也も同じじゃない」
 桃は悲しい顔をすぐに消して明るく問いかけた。
「俺が捨てられたのは父親にだけだ。おふくろは最後まで俺の側にいた」
 冬也は桃の視線を横顔に受けたままぶっきらぼうに答えた。
「お母さんってどんな人だったの?」
 桃の問いに冬也は答えず、煙草の煙を吐き出した。
「ごめん。余計なこと聞いちゃった……」
 桃がおびえた表情を浮かべた。捨てられた経験を重ねてきた桃は人の顔色には敏感だ。冬也は、自分の態度が桃を傷つけたことを悟って、そっと桃を抱き寄せた。
れいな人だったよ。死ぬ間際まで父親を捜していた。俺は最後までおふくろの願いをかなえてやれなかった。だから、俺はのし上がって、おふくろを捨てた男を見つけてやる」
 見つけてどうするのかはわからない。どす黒い複雑な想いだけが胸の奥に渦巻いている。母親が死んで以来、ずっと冬也が抱えている重い荷物のようなものである。
「太一は何をしたいのかな……」
 桃は冬也の胸に顔をうずめながら言った。
「太一は俺なんかよりずっと目的は明確だ」
 冬也は煙草を揉み消した。
「どんな目的なの?」
「あいつはこの世の中を変えたいんだよ」
「世の中を?」
「あいつは、頭がいい。家のことがなければ、一流大学に入って、エリート街道を歩いてたやつだ。それが親の失敗ですべての可能性を奪われた。あいつがどんなに有能でも、学歴は中卒だ。今の社会ではあいつにチャンスはない」
「でもユーチューブで成功してるじゃない」
「金は手に入ったかもな」
 冬也はためいきをついた。
「でも所詮ユーチューバーなんて、世の中ではまだまだ認められていない。あいつは、もっと現実社会での地位が欲しいんだよ」
 それは冬也も同じだ。冬也と太一にはこの現状で成功のかぎを見つけられるのがユーチューブしかなかっただけだ。それも過激な企画で身体を張るしかなかった。半グレ集団とのトラブルがなくても、いずれは方向転換をはかる必要があった。
「俺は正直、有名になりさえすればいい。でも太一は違う。あいつは、世の中を変えるような存在になりたいんだ」
「だから政治なの?」
「俺を捨てた父親が政治家らしいって話はしたことあったろ」
「うん」
「俺の名前が政治の世界で少しでも響けば、俺の父親とつながるかもしれない。あいつの野心は政治の世界で世の中を変えることだ。そして、俺は父親をみつけることができる」
「太一はどんな世の中をつくりたいの?」
「それは……」
 冬也は言葉に詰まった。太一の考えを深く聞いたことはない。そしてそれを自分が知る必要はないと思っていた。
「今度、太一に聞いてみるさ」
「いいな。冬也も太一も……」
 冬也は桃を見た。桃は捨てられた子犬のような目で冬也を見つめていた。
「アタシにはなんにもない」
「桃……」
「冬也。アタシを捨てないで」
 桃の瞳から涙が一筋こぼれた。
「何を言ってるんだ」
 桃は首を振った。
「こわいの。冬也がアタシを捨てる時が来るのが」
「そんなことするわけないだろ」
 冬也は桃を抱きしめたが、その手を桃はそっと振りほどいた。
「アタシは今、一番幸せ。だから、この幸せがなくなるのがこわいの」
 桃は静かに泣いた。いつも明るい桃がこんな風に泣くのは初めてのことだった。冬也はどうすればいいかわからず、ただ泣く桃を見つめるしかなかった。

(つづく)

作品紹介



28歳フリーターが総理大臣と総選挙で戦ってみた
著者 眞邊 明人
定価: 1,760円 (本体1,600円+税)
発売日:2023年03月27日

政治ド素人が、腐った永田町を斬る!
30代を目前にフラフラしていた大河冬也は、政治系ユーチューバーとして人気を獲得し、与党幹事長代理・真坂尊に対談を申し込む。すると、冬也のカリスマ性に注目した、尊の秘書で息子の喬太郎から、尊が旗揚げした新党の候補者として衆議院解散総選挙に出馬するよう説得される。幼なじみの仲間の後押しもあり立候補を決意した冬也は、ユーチューバーならではの斬新なアイディアを掲げ若者を中心に国民的人気を博すが、地位や権力にしがみつく老兵たちの争いに巻き込まれていく。

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322111000528/
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