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レビュー

【解説】「短歌ください」は僕の短歌の故郷みたいなものだ――『短歌ください 君の抜け殻篇』穂村 弘【文庫巻末解説:木下龍也】

穂村 弘『短歌ください 君の抜け殻篇』(角川文庫)の刊行を記念して、巻末に収録された「解説」を特別公開!



穂村 弘『短歌ください 君の抜け殻篇』文庫巻末解説

解説
きのした たつ(歌人)

 むらひろしがいなければ僕は短歌を始めていなかったし、「短歌ください」がなければ僕は短歌を続けていなかった。解説だから、と敬称を略すことも心苦しいほどの恩人だ。穂村弘の歌集に衝撃を受け、見よう見まねでつくった最初の一首を「短歌ください」に投稿し、たまたま採用されて、では次の歌、次の歌、というふうに短歌をつくり続けた。投稿フォームにぶつけた初期衝動が雑誌で活字になることは何よりもうれしかったし、自身でも気付かなかった作品の魅力を的確な評によって解き明かしてもらえることは何よりも励みになった。第一歌集を出せたのも(もちろんたくさんの大人のお世話になったが)元を辿たどれば穂村弘のおかげであるし、同じく常連の投稿者で、後に共著を出すことになるおかだいすずはると出会えたのも「短歌ください」がきっかけだ。僕にとって穂村弘は短歌の父であり、「短歌ください」は僕の短歌の故郷みたいなものだ。だからせめてもの恩返しに、と解説を引き受けてみたものの、本書は一般的な歌集と違って短歌と評がセットになっているため、どのページも僕の解説は不要で楽しむことができる。では何を書いたらいいんだろう、と頭を抱えながら読み終わったとき、僕の胸に湧き上がってきたのは、(もう一度)投稿したいという気持ちだった。あなたはどうだろう。現実的に僕はもう戻らないだろうけれど、あなたは進むことができるかもしれない。これから投稿してみよう。そう思っている方に向けて、解説の代わりに僕が投稿時代に実践していたことをいくつか書き連ねてみることにする。あ、心苦しいので、ここからはさん付けで書かせてください。

・投稿数について

「短歌ください」には毎回千首~二千首の投稿があると穂村さんから聞いた。そのなかで誌面に掲載されるのはテーマ詠と自由詠を合わせても十三首~十五首だから、一首が採用される確率は1%前後という狭き門である。ならば投稿数に制限もないし、たくさん送って数で押し切ろうと思いそうになるが、ほぼ毎回歌集一冊分の短歌を投稿している方もいると、これも穂村さんから聞いた。数では常に上がいるのだ。だから重要なのは、毎回一定数以上の短歌をつくることと、それぞれに違う内容を書くということだ。当たり前かもしれないが、これが採用への一歩目なのではないかと思う。具体的な数で言うと、鈴木晴香さんはテーマ詠と自由詠それぞれに毎回十首ずつ投稿し、それを十二年間続けていたらしい。僕はテーマ詠と自由詠を合わせて十首~十五首は投稿していた記憶がある。その数は語順や表記だけを変えた一首や二首のバリエーションではなく、それぞれ別のアイデアを核にしてつくられた短歌だ。そうすれば、投稿の場において最初にぶち当たるであろう同案多数という壁を突破できるはずだ。

・採用歌の傾向について

 選者は読者ではなく、穂村さんだ。投稿者は不特定多数の読者ではなく、穂村さんたったひとりを短歌で口説けばいい。そのためには本書を読みながら、穂村さんがどういう短歌を選ぶのか、をインプットしておく必要があるだろう。そう思って僕も「短歌ください」で採用されるために、とにかく「短歌ください」を読みながら、採用歌の傾向に発想をチューニングしていた。何を詠めば採られやすいか。いくつか歌を引きながら、その傾向を探ってみたい。

①ニッチ

箱の中暗い空間増えてゆくティッシュ一枚引き出すたびに/西口ひろ子
朝もやの中にかたっぽ靴がありあまった夜が逃げ込んでいた/ティ
いくつもの小さな花の咲く蔓を這わせています両の乳房に/サツキニカ
体操着姿の君が去ったとき窓に網目があるのを知った/おざ
桜の木見上げて写真を撮るひとの片方曲げた足がよかった/工藤吉生

 現実の世界であれ、想像の世界であれ、大まかに見ているだけでは気付くことのできない隙間が必ずある。例えば、“箱”や“靴”が抱いている闇、見たいものと見ているものの間にある模様、“撮る”という行為には無関係そうな“足”。視界には入っているけれど見落としている部分。そういうものを提供されると、これまで紛失していたパズルのピースを見つけてもらえたようで、穂村さんは驚きながら嬉しくなるはずだ。

②とても個人的な体験

図書館の本なのにこれ、なんだろう カラオケボックス臭ハンパ無し/石田明子
2歳2ケ月の娘に命じられ快晴の日に長靴を履く/トヨタエリ
カバーなく超能力の開発本読むOLと終点まで行く/高橋徹平
全員が息を止めてた特急の床で跳ねてる出目金を見て/蜂谷駄々
友達の遺品のメガネに付いていた指紋を癖で拭いてしまった/岡野大嗣

 作者が実際に体験したことなのかは不明だが、“カラオケボックス臭”も“長靴”も“超能力の開発本”も“出目金”も“指紋”も、想像では書けないのではないかと思わせるほどの衝撃がある。僕では書けなかった。体験したあなただから書けた。僕があなたではなく、あなたが僕ではない理由がここにある。世界の本当の姿を教えてくれてありがとう。

③論理の飛躍

電池が倒れたときこうやって時が解決していくのだと思った/美欧
本当に一瞬だけ寝たときに垂らした涎だから大丈夫だから/マンゴーアレルギー
ドアの色変えられてもうふみくんの家を見つけることはできない/ノート
豪雨なら仕方ないよねあのひとの子どもと海に行ったとしても/藤本玲未
どこかしら壊れてるんだろう俺は子どもにやたら見つめられます/えむ

 その人にはその人なりの論理や解釈があって、AだからBとつながっているようなのだけれど、こちらにはそれがほぼわからない。三十一音という制約があるから、注釈もなければ、追加で説明をしてもらえることもない。その社会から離れているような強さにきつけられ、吸い込まれる。エクセルをスクロールしながら選歌をしていると、こういう歌はきっと光って見える。

④納得

ぼうっとして右と左を間違えたそれだけで靴は私を拒む/井上鈴野
この回は立ち読みをした回だなと単行本を読み返すたび/新道拓明
鳴きまねににゃーと応えてくれたけど私は猫語でなんて言ったの/冬原
伝票をくるりと丸め透明な筒に入れられた瞬間ひとり/白石美幸
はなやかに光は溢れどの人も鏡と話してるヘアサロン/原彩子

 これらの歌のような経験を読者がしていたとしても、それらは心の表層付近ではなく、深層まで沈んでいる場合が多い。だから、そうそうそうだよねと素早く共感できる歌ではなく、少し間を置いて、言われてみれば確かに、と納得してしまうのだ。自身では手の届かないところから、そんな納得を取り出してもらえる快感は共感よりもはるかに強い。

⑤唐突

臨月を迎えた姉のその腹を触ってみたい 30駅先/中山雪
誘わなきゃ二万八千五百円出して浴衣を買ったんだから/トヨタエリ
君が好き剛力彩芽よりも好き剛力彩芽はその次に好き/オカモト
スイカ割りよくやりましたなつかしい青い青いスーパーの床に/横山ひろこ
君の頰に「は」と書いてみる「る」は胸に「か」は頭蓋骨に書いてあげよう/鈴木晴香

“30駅先”も“二万八千五百円出して”も“ごうりきあや”も“青い青いスーパーの床”も“がいこつ”も穴埋め問題にしたら、おそらく多くの人が不正解となるであろう。思いも寄らないフレーズだ。遠くの街へ、どんな春より美しいほどの、ごはんを食べる、海の近くの駐車場にて、つま先、というふうに僕が簡単に思い付く言葉ではだめなのだ。世界が一瞬停止する唐突さ。事故に遭ったように目が回る。穂村さんはくらくらするのが好きなのだ。

⑥生々しさ

あの人のつまさきとっても好きだから私を履いて「トントン」てして。/ヨシムラ
ウイスキーボンボンを食べているきみの息のにおいが好きであります/猫丸頰子
ナイターに背を向けひとりキッチンで静かに桃を食べている母/苗くろ
プール参観百本の足がぺたぺたと日傘の前を横切ってゆく/桃子
ゆっくりと運ぶ牛乳壜たちがりろりろりろと鳴るのが嫌い/原彩子

 読者の脳内に再現してもらう光景に、五感のいずれかを伴わせること。全身で味わう“「トントン」”も甘ったるい“きみの息のにおい”も“キッチン”の薄暗さと母の手首を桃の汁が伝う感覚もいまここにはないのに聞こえてくる“ぺたぺた”や“りろりろりろ”も、記憶にはないはずなのに、まるで昨日のことのようにリアリティを持って思い出すことができる。

 以上、『短歌ください 君の抜け殻篇』から僕が震えた歌を抜粋し、六つに分けてみた。もちろん、きっぱりと分けられるものでもなく、いくつかのカテゴリにまたがっている歌もある。また、当てはめることはできないけれど、素晴らしい歌がいくつもあるし、むしろ当てはまらない歌こそ、穂村さんはほしいのかもしれない。多様で面白いアイデアにあふれているのが「短歌ください」だ。ぜひ、あなたもそのまぶしさの一員に、いや、そのなかの一等星を目指して、短歌を穂村さんに送ってあげてほしい。

作品紹介



書 名:短歌ください 君の抜け殻篇
著 者:穂村 弘
発売日:2025年04月25日

読めばあなたも詠みたくなる、人気シリーズ第3弾がついに文庫化!
歌人・穂村弘が読者の短歌を選び、講評する人気シリーズ「短歌ください」の第3弾が満を持して文庫化!解説に本シリーズ常連であり今や人気歌人の木下龍也氏を迎える。言葉の力に改めて驚かされる一冊。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322410000632/
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