昨年、note主催「創作大賞2024」に応募された小説作品『完璧な家族の作り方』。
本作は5万件を超える応募作の中から選考の末〈角川ホラー文庫賞〉を受賞、書籍化に至った。角川ホラー文庫編集部に受賞・書籍化に踏み切った理由を伺ったところ、「ひとえに著者のある目的のため」と皆一様に目を輝かせていたが……
このたびカドブン編集部では、本作を読み込んだ末、試し読み記事掲載に踏み切ることを決定した。諸般の事情で全文掲載は叶わなかったが、作中の取材記録の一部をここに公開する。
――どうかあなたも、完璧な家族を、作れますように。
藍上央理『完璧な家族の作り方』取材記録一部公開
『別冊 事件の真相 国内猟奇殺人編 Vol.3』から抜粋
二〇〇三年一月発行
当編集部は、二〇〇二年に少年院退院後、
凶悪な事件を起こしたにもかかわらず、篤の印象は「おとなしい」青年だった。
我々の急なインタビューを快く受けてくれ、その態度に凶暴な一面は見いだせなかった。
*
今、おじの家に住まわせて
十五歳の時に入院してた病院では、主治医の先生が何遍もぼくの家族のことを
今? はい、実は今もいます。
姉は、まだぼく達の家にいます。母が父の魂を
前の病院を退院する時に、家に帰れると聞いて、ぼく達の家に帰れるんだと信じてました。
車に乗せられて着いた場所は、おじの家でした。
ぼく達の家のことを聞いたら、臼井さんという家族が住んでるって言われました。知らない間に、おじはぼく達の家の権利を自分の物にしたみたいです。名義はぼくになっているけど、実質おじが手に入れたんです。
でも、それを責めたりしない。おじがぼくの面倒を見るから、ある程度は譲歩しないとって思ってます。
ただ、ぼく達の家に帰るくらいはいいんじゃないかって思ってました。ぼくの家族はまだあそこにいるからです。
姉が言った、
問題は、姉が体を持ってないってことでした。
姉をこの世に繫ぎ止める為には、肉体を用意しないといけないと思ったんです。これは母からの受け売りですけどね。
それと、これが重要なんですけど、姉がまた
何度か、ぼく達の家に行ってみました。
確かに臼井さん家族が住んでました。臼井さんの家族は、お父さんとお母さん、それから小さな女の子の三人家族でした。ぼくはここにいますから、姉の体だけ用意できればいいんです。
家の前に立って、塀越しに窓を見たら、姉の部屋の窓から父と母、そして姉がこっちを
ぼく達家族が全員揃うのは久しぶりだから緊張しました。
ただ、今ある魂は、必要ないんです。ぼく達がいましたからね。
ぼくは量販店で包丁と帽子を買いました。ぼくが帰ってきたって言うよりかは、宅配便ですって言ったほうが、家の中に入りやすいですよって、テレビのニュースでやっていたんです。多分、その人も家族になる為にそうせざるを得なかったんでしょうね。
よく分かりますよ。
ただ、それだけじゃ駄目だと思いました。
ぼく達の家には、黒い影がいるんです。黒い影はぼく達の願望を
だから、父はぼく達を殴るのがやめられなかったし、母は父の魂を繫ぎ止める儀式に成功したんじゃないですか?
ぼくは、ぼく達家族が完璧な家族でいられるようにしたかったんです。母と違うのは、ぼく達は、姉とぼくとそれと、誰だっけ? とにかく三人の完璧な家族になりたかったんです。
だけど、黒い影はぼく達の願いを叶える代わりに、たくさんの人を求めてました。じゃなかったら、あのとき、ぼく達の家に入ってこなかったんじゃないかなぁ。入れたことを喜んでたような気がするし。あのときは怖かったけど、今はそれほどでもないですね。むしろ、黒い影のおかげで、完璧な家族になれたんじゃないかって思えてます。
今でもはっきり覚えてますよ。あの日、おじの家を抜け出して、ぼく達の家に帰ったんです。塀越しに姉の部屋が見えました。窓に姉が張り付いてました。ぼくのことが分かるんですね。手を振ってましたよ。
インターホンを鳴らして、ぼくは姉が出るのを待ったんです。
どなたですか? って、幼い可愛らしい声が聞こえたから、ニュースの通りに答えてみました。宅配便ですって。そしたら、今行きますって、すごく
引き戸が開けられて、姉が顔を出したので、首を
あっという間だったから、姉は抵抗できなかったみたいで簡単でした。
ぼくは姉を抱き上げて、リビングに入ったんです。
ダイニングテーブルの椅子に座らせて、母が帰ってくるのを待ちました。
でも、このままダイニングで待っていると、母になる前だから怖がるかもしれないって思いました。仕方ないから、廊下に出て、洗面所の前で待ちました。
正直、母はどうしようかって思ったんです。でも、とりあえず、母も家族に入れてあげようと思いました。この儀式を教えてくれたのは母でしたし。
どのくらい待ってたか、ぼんやりと立っていたら、玄関で音がしました。
引き戸が開いた途端、悲鳴が聞こえてきて、母が飛び込んできました。リビングへ続く引き戸を開けた時に後ろから背中を刺しました。
うつ伏せで倒れた母にまたがって、何度か包丁を背中に突き立てました。骨に当たって、何度も刃が引っ掛かったけど、力任せに刺していると、そのうち胸まで貫通しました。姉も、あのとき、そのくらい刺してましたし。
母もダイニングの椅子に座らせました。
後は父だけでした。
父はすぐに殴ってくるから、ちょっと厄介だって思いました。なかなかいい方法を思いつきませんでした。
何かないか探してみたら、庭に見覚えのないコンテナを見つけたんです。覗いてみたら、鎌がありました。本当なら父はロープで照明に
とにかく、鎌を持って、キッチンの陰に座りました。引き戸の側だから、部屋を暗くしたらちょうど死角になって、気付かないだろうって思いました。
父はなかなか帰らなかったんですけど、それも想定済みです。父が帰らないのはいつものことでしたから、待っていればいずれ帰ってくると思いました。
外が暗くなってきた頃、引き戸が開く音がしました。部屋の中の電気が全部消えてることを不思議がってました。父は、よその子の名前を呼びながら、リビングの引き戸を開けました。
サッシから外の明かりが少しだけ入っていましたから、姉と母の輪郭が暗い部屋でもよく見えました。椅子に座った母の肩に父が手を置いたときに、父を背後から切りつけました。
鎌の刃が父の首に突き立って、鎌を抜いたらそこから勢いよく血が
父は面白いくらいくるくると回転しながら、リビングに倒れました。
父の血を顔に浴びて気持ち悪かったですね。ひと仕事終えて、結構疲れました。
父をソファに寝かせて、ぼくと姉と母はダイニングテーブルに着きました。
そしたら、胸がすごく熱くなって涙が出ました。こうして家族揃うのは久しぶりだねって、姉に話しかけました。
ずっと、姉に会いたかったんです。誰も、姉のことを教えてくれなかったから、ずっと心配でした。
そうだね、篤って、姉がぼくを見て、にっこりと笑ってくれたのが嬉しくって。母もニコニコしてぼくを見てました。
気が付いたら外は真っ暗だし、八時になってておなかが
そしたら、ぼくのご飯はおいしいから楽しみって言ってくれて。
あの頃、ぼくがご飯を作る係だったんですよね。だから、久しぶりだったけど、ずっと考えてたレシピに挑戦するときだって思って、夕飯を作るって言ったんです。
やった、楽しみ! って姉が言ってくれて、母もすっかりご飯係が板に付いたわねって喜んでくれて。
ぼくは玄関に行って、床に散らばっていた食材を手に取って、今夜作る食事のレシピを考えました。
落ちた食材と血で、床がすっかり汚れてて、面倒臭いけど掃除しないとって思いました。
リビングとキッチンの照明を
母達がいつの間にかテレビをつけてお笑い番組を見てました。それとも父がつけたのかな。どっちでもいいけど、父はソファに寝そべってテレビを見てるようでした。
平和で、温かな雰囲気でしたよ。
でも、足りないものがあるんですよね。家族です。なんか家族がまだ足りないって感じました。すごく大切な人がいたのに、忘れちゃった。なんだったか思い出せなくて。
長い間ずーっと、たくさん薬を飲まされて、記憶がぼんやりしてましたから。とっても大事な家族なのに。ちゃんと揃ったら
実はね、家に帰ってきたときから、リビングの黒い影を無視してました。
姉や母、父がいなくなったとき、黒い影がぼくに言ったんです。たくさんの人が必要だって。もっと人が必要だってぼくに
確かに、人がいたほうがいいかもってぼくも思いました。だって、必要じゃないですか? うーん、完璧な家族とか完全無欠の家族って。なんでか説明できないけど、そう思ってます。
ぼくと姉とすごく大切な誰か。みんなが揃っていて、穏やかで愛情
いくら説明しても黒い影は家族がなんなのか分からなかったみたいでしたけど。
話が脱線しちゃいましたね。夕飯を作ってたとこまで話しましたっけ?
野菜を切って、フライパンで
肉の焼けたおいしそうな香りに、部屋全体が包まれて、ものすごくうまくできたって思いました。
肉と一緒に焼いた野菜を肉の周りに盛りつけて特製ソースを掛けてから、テーブルに置いて、取り皿を並べて、父に声を掛けました。
それなのに、いらないって言うんですよ。父はいつもこうやって人の気持ちを台無しにするんです。
姉が、ビールの飲み過ぎ! おなかが出てきておじさんっぽくなっちゃうよってからかってました。
それは嫌だなぁって、父が困ったように言ってました。
みんなが気まずくなるから、たまには一緒にご飯を食べない? って誘ったんですけど、俺はいいって。
本当にぶち壊しですよ。少しくらい、家族で
そしたら、案の定、母がお父さんも揃って初めて完璧な家族なんだからって、父を
だから、姉も、お母さんは自分のことばっかりって、怒っちゃうんですよ。
雰囲気が悪くなってきちゃったのに、思わず、お母さんにとっての家族はぼく達じゃなくてお父さんだろって言ってしまいました。大事なのはぼくと姉と。
それと。
ぼくが黙ってたら、姉から、思い出せないんだったら完璧な家族になる為に、家族を作っちゃおうって提案されたんです。
あ、そっか。見つかるまで作ってみたらいいんだって、姉のアイデアはさすがだなって思いました。
話が落ち着いたから、食べようってみんなに言いました。
みんなで食卓を囲んで、ぼくの手料理を食べ始めました。
みんな、うまく料理を飲み込めなくてしょっちゅう血を吐いてました。そのたびにぼくはみんなの口元を
こんなにおいしいのに、最後まで食べてくれなくて、結局、捨てることになっちゃいましたけど。
せっかく作ったのに、みんな残すなんてって文句を言ったら、姉がごめんねって手を合わせて、いたずらした時みたいに謝ったから、なんだかおかしくって、笑っちゃいました。
そんなことを考えながら、ぼくは姉を抱き上げて、部屋に連れていきました。
姉の寝顔を見ながら、顔に付いた血を
その時、あー、忘れてたって、玄関の汚れ、この後掃除をしないといけないことを思い出しちゃいました。結構汚れてたから、掃除しないといけないって分かってましたけどね。
でも、このままずっと姉を見てたい。姉が大好きって。人に話すと恥ずかしいけど、ずっと一緒にいたいなぁって考えてました。
でも、みんな、お
インターホンに出てみると、父の会社の人みたいでした。
臼井和磨さんはいらっしゃいますか? って聞かれました。
玄関の前に、若い女の人と年配の男の人が二人、並んで立ってました。引き戸を開けた途端、二人がすごく顔を
なんの臭いですかって若い女の人が嫌な目つきでぼくを見ました。
そんなに臭いますか? って反対に聞いてやったんです。だって失礼でしょう。誰だって調子が悪いときはお風呂に入れませんから。
男の人がきょろきょろ、ぼくの背後を見回してました。
臼井さんはご病気ですかって聞くんです。臼井さんって誰だっけ? って思いましたけど、父の名前を間違えてるだけだなって思ったんで、体が
そしたら男の人が、父が無断欠勤してるって言うんですね。
そんなこと聞いてないなぁと思って、その通り、父に伝えました。
男の人が、父と直接話がしたいって言い出したんです。
しつこく言われて、仕方ないので家に上げました。
リビングの引き戸を開けた途端、二人ともオエッてその場で吐いちゃったんですよ。驚きました。
謝りながら吐き続けていたけど、引き戸越しに見えたんでしょうね。ダイニングテーブルの椅子に座っている、姉と母を目にした女の人が悲鳴を上げました。
男の人も床に
なんで、そんなふうに吐いたり、ひっくり返ったりしてるか分かんなかったんですけど、女の人が男の人に言われて、警察に連絡し始めたんです。
ぼくはあっけにとられて二人を見てました。
騒がしいのに気付いた母がどちら様? ってぼくに聞いてきたので、父の会社の人だと答えました。
何のお構いもせず、なんて母はかしこまった感じで二人に声を掛けたのに、二人とも電話に夢中で。返事をしないとか考えられないですよね。
姉が父に、会社の人だよって声を掛けてくれました。父はソファに寝そべったまま、分かったって言うだけで起き上がりもしなかったです。
すっかり怠け者になったみたいでした。二週間くらい、父が起き上がったのを見たことがありませんでした。
そのうち、外が騒がしくなってきて、開いた引き戸から警察官が顔を
上がりますよって、勝手に上がり込んできて、臭いを我慢してる様子でリビングに入ってきました。
警察官の一人が怖い声で、本当にご家族の方? って聞いてきたんです。ちゃんと家族ですって答えましたよ、当たり前じゃないですか。
どんどん騒がしくなって大勢の人が入ってきました。ぼくはスーツ姿の刑事さんに、「詳しい話」を聞かれて、正直に話しました。
ぼくの家に帰ってきて、普通に家族と生活してたって。でも、いくら説明しても分かってくれなくて、ちょっとイライラしましたね。
刑事さんに手錠を掛けられた時は、びっくりしました。いろいろと早口で言われたけど聞き取れませんでした。そのまま外に連れ出されて、パトカーに乗せられて、警察署に連れていかれました。
結局、また病院に連れ戻されちゃって。今度は少年院の病院でした。
時々、新しい主治医の先生と家族の話をしましたね。
あのときどんな気持ちだったか、どうしてそんなことをしたのか、今はどんな気持ちか、どうすればあんなことをしなくなるかって、そういう話をしたんです。
ぼくは正直に話しましたよ?
*
読者諸君、これをどう判断するかは、君達の自由だ。
篤が恐ろしい罪を犯したことは明白である。
無惨にも殺害された臼井一家の無念は晴らされるのか。それとも、宍戸篤の残酷極まりない妄想によって、新たな悲劇が生み出されるのか。
当編集部は、今後も篤の動向を注視していくことにする。
(その他の取材記録、具体的な作り方等々は本書でご確認ください)
作品紹介
書 名:完璧な家族の作り方
著 者:藍上 央理
発売日:2025年04月25日
わたしもあなたも、完璧な家族、作れます。
新人賞に応募された小説作品「完璧な家族の作り方」。
角川ホラー文庫編集部は、著者のある目的のため、本作の書籍化を決定しました。
※本作は、note主催・創作大賞2024〈角川ホラー文庫賞〉受賞作です。
〈目次〉
完璧な家族になるための方法とその過去の事例
北九州に現存する一軒家で起きた凄惨な事件
その家で増え続ける行方不明者
理想的で完璧な家族のあるべき姿に関して
「首縊りの家」とその周辺地域に伝わる怪談についての取材記録
など様々
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