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連載

つながりとゆらぎの現場から――私たちはそれでも介護の仕事を続けていく vol.16

六車由実の、介護の未来08 「不要不急」の河童(後編)

つながりとゆらぎの現場から――私たちはそれでも介護の仕事を続けていく

介護という「仕事」を、私たちはどれだけ知っているのだろう。そしてコロナという未曽有の災禍が人と人との距離感を変えてしまった今、その「仕事」はどのような形になってゆくのか。民俗学者から介護職に転身、聞き書きという手法を取り入れた『驚きの介護民俗学』著し、実践してきた著者が、かつてない変化を余儀なくされた現場で立ちすくんだ。けれどそんな中で見えてきたのは、人と人との関係性そのものであるという介護。その本質を、今だからこそ探りたい――。介護民俗学の、その先へ。

 ◆ ◆ ◆

>>前編はこちら

河童の聞き書き

 1年に及ぶコロナ禍でのストレスで疲弊しきった心に、追い打ちをかけるように年末に起きたあゆみさんの出来事(第7回後編)。私は年末年始の休みを悶々と過ごし、その気持ちを仕事が始まってからもずっと引きずって過ごしてきた。正直に言って、私は疲れていた。新しい年が始まったというのに、前向きなことは何一つ思い浮かべることができないでいた。
 そんな私の鬱々とした心に、「河童を見た」という千恵さんの言葉は、愛のキューピッドが放った矢のようにまっすぐに突き刺さった。千恵さんの語る河童に、一瞬にして魅了されてしまったのだ。
 私は、その日の午後、メモ帳を持ち、千恵さんの隣に座って、河童のことをもっと教えてほしい、と懇願していた。千恵さんがあんなに目を輝かせて話してくれたのが嬉しかったこともあるが、私自身の枯渇した心が、千恵さんの河童に潤いを求めていたのかもしれない。千恵さんは、私が河童にそんなに興味を持っていることが不思議でたまらないという顔をしながらも、ちょっと嬉しそうに詳しく教えてくれた。私は、久々に心躍らせながら聞き書きを始めた。
 聞き始めてすぐに衝撃を受けたのは、千恵さんが河童を見たのは、○○という集落に嫁いでからであって、生まれ育った隣町の集落では見たことはないということだった。河童などの妖怪についての共同幻想は、感性豊かな子供の頃の体験や祖父母から聞く昔話に影響されて共有されると思っていたが、実はそればかりではなかったのである。
 千恵さんが、○○という集落に嫁に行ったのは23歳。嫁いで間もなくして、嫁ぎ先の親戚と池の前を通った時に、「ここには河童がいるだよ」と教えられたという。その後しばらくしてから一人で池の前を通った時に、何かが岩をよじ登るのを見た。見てすぐに、河童だと思ったが、少しも怖いと思わなかった。「河童は別に悪さをするわけではなくて、そこに棲んでいるだけだから」と千恵さんは笑っていた。
「河童は別に悪さをするわけではなく、そこに棲んでいるだけ」という言葉も、柳田国男の『遠野物語』等で知られる河童像とはかけ離れたもので、私には驚きだった。『遠野物語』では、河童は夜な夜な娘の床に通って河童の子を孕ませたり、馬を川に引きずり込もうとしたりする厄介者として登場する。また、全国各地に散見される伝承や近世まで遡れる資料では、河童は、人の足を引っ張って川の中へ引きずり込んだり、厠で人の尻をなでたり、人に相撲を挑んだりもしている(中村禎里『河童の日本史』)。
 けれど、千恵さんが嫁いだ集落の池に棲む河童は、人と積極的なかかわりは持たず、ただそこに棲んでいる、野生動物のような存在だった。
 千恵さんはこう言う。

「○○だけじゃないよ。伊豆の方に行って、河童を見たことがある人はいるかって聞いてみな。『俺も会った』という人がたくさんいるよ。だって、伊豆は水がきれいだからね。河童は水がきれいなところにいるだよ」

 天城山に降り注いだ雨が湧き水となっていろいろなところに流れ出ていて、伊豆にはそういうきれいな水が流れる川や池がたくさんある。河童は、きれいな水がある豊かな自然の象徴のような存在として、人々の心に棲みついていたのかもしれない。
 千恵さんの話を聞きながら、きれいな水の湧く池の中で、岩によじ登った河童がひっそりとこちらをうかがっている光景が、私の頭の中に浮かんでいた。キラキラとした目で楽しそうに話す千恵さんの姿と重なって、私の頭の中に浮かぶ河童も、そのつぶらな瞳が池に射す陽の光に照らされてキラキラと輝いていた。


河童の魔力

 私は、千恵さんが語る河童を見たくてたまらなくなった。河童が実在するとは思ってはいない。けれど、千恵さんが河童を見た場所に立つことで、千恵さんが見たこと、感じたことのほんのひとかけらでも私の体に伝わって、それが私にも希望を与えてくれるかもしれない、そんなふうに思えた。
 そこで、千恵さんに、更に詳しく場所を聞いてみた。千恵さんは、西伊豆町を通る国道136号線から○○集落へ上る道と池のあるだいたいの位置を教えてくれた。後で、ネットで調べるとそれらしき池が見つかった。
 私は千恵さんに、「コロナがもう少し収まったら、絶対に行ってくるね」と約束した。千恵さんは、「昔はみんな歩きだったけど、今は道も舗装されて車が通るようになっているから、(河童は)もういないと思うよ」と笑っていた。それでも、私が、「いないかもしれないけど、でも行ってみるよ。もしかしたら、会えるかもしれないし」と食い下がると、千恵さんは、「じゃあ行ってきな。いいところだよ。ついでに私の妹がやっている酒屋にも寄ってきな。170年以上経つ立派な建物で有名だから」とその酒屋さんの場所も教えてくれた。
 妹さんの話から、兄弟の話へ、そして、料理屋の板前でありながら、わさび田の石積みや茅葺き屋根の屋根葺き等なんでも器用にこなしていたという父親の話など、今まで聞いたことのない千恵さんの家族の話も聞かせてくれた。
 午後の休憩時間が終わりに近づき、ベッドで休んでいた利用者さんたちが起き始めようとしていた。千恵さんへの聞き書きは、ここで終了。ベッドから立ち上がろうとしている利用者さんのもとへ行き、倒れないように介助をした。
 介助をしながらも、自分の心と体が昂揚しているのを私は感じていた。久々に聞き書きができたという充実感もある。でも、そればかりではないようにも思えた。「河童の魔力」、そんな言葉がふと浮かんだ。
 実は、千恵さんが河童の話をし始めたのにはきっかけがあった。その前日に、サブさんから「河童って、どう笑うか知ってる?」と私が聞かれたのがそもそもの始まりだった。突然の質問に戸惑いながら、「わからない」とだけ答えた私に、サブさんは、「ケッケッケって笑うんだよ」とニヤニヤしながら教えてくれた。たぶん、サブさんは顔色のさえない私を笑わせてくれようとしたのだと思うが、その時の私には笑えず、どう反応してよいのかわからなくて困ってしまったのだ。それで、苦し紛れに、ちょうどスタッフの亀ちゃんに車いすを押されて、私たちの前を通り過ぎようとしたきよしさんに、「きよしさん、河童に会ったことある?」と質問を振ってしまったのだった。
 きよしさんも困るだろうな、と思っていたら、河童という言葉を聞いたとたんに、それまで無言でうつむいていたきよしさんが、生気を取り戻したように顔を上げ、目を見開いて、ニヤッと笑った。
 私も亀ちゃんもびっくりして、二人できよしさんの顔を覗き込んだ。

「きよしさん、河童に会ったことあるの?」
「どこで?」
「狩野川? 黄瀬川?」

 きよしさんは「黄瀬川?」と言う質問に対してだけ、「うん」と頷いた。そのきよしさんの反応に私たちは更に驚いて、「黄瀬川で河童にあったの? 河童、どんなだった?」と畳みかけるように質問すると、きよしさんは、「教えらんねえ」と真顔で答えて、後は黙ってうつむいてしまった。サブさんは「うそだぁ」と笑っていたが、私も亀ちゃんも、ニヤッと笑い「教えらんねえ」と口をつぐんだきよしさんの態度が、妙に気になって仕方がなかった。
 それで、翌日の朝の挨拶の時に、亀ちゃんがみんなにそのことを話した。それを聞いた千恵さんが即座に「河童、見たことあるよ」と答え、それまで家族への猜疑心で苦しんできた千恵さんとは別人のように活き活きと河童のことを語りだしたのだった。そして、千恵さんの語る河童に私もすっかり魅了され、ここ1年で感じたことがない昂揚感に満たされた。
 河童の魔力。河童の話は、人をワクワクさせたり、生気を取り戻させたり、幸せな気持ちにさせたりする不思議な力がある、そう思えた。


河童話で盛り上がる

 それからしばらく、すまいるほーむは河童の話題がブームとなった。
 私や亀ちゃんは、他の利用者さんたちにも、河童を見たことがあるかと、昼休みとか入浴介助の時とか、送迎車の中でなど、機会があるたびに聞いてみた。他のスタッフたちも、時々、その聞き書きの中に入ってきて、興味津々で聞いてくれた。
 千恵さんと同じ90代のスズさんは、ひとしきり考えた後に、「見たことないねぇ」と首を振った。ただ、「私が住んでいたところには川とか池が傍になかったからね」と言って、河童の存在を否定はしなかった。
 最年長のハコさんも、「河童ってどういうの?」「私は知らないねぇ」と言いながらも、その存在を否定することはなかった。
実際に河童を見たことはなくても、90代の利用者さんたちの多くは、河童などの自然界に棲む不思議な存在をどこかで感じ、共有できる感性がこれまで生活してきた経験の中で醸成されてきたのかもしれない。
 戦後に幼少期から青年期をすごした80代になると、河童の存在に否定的になる人が多い。けれど、面白かったのは、「河童なんているわけないじゃ」と言ったテンさんが、いろいろと話を聞いているうちに、沼津に嫁いだばかりの時に、門池で茶色い毛が生えた「変なやつ」が平泳ぎをしているのを見たことがある、と語りだしたことだった。
 茶色い毛の生えた、人間ではなく、猿でもない、池の中にいる「変なやつ」。千恵さんの見た河童そっくりである。門池は、今は周囲を桜並木で囲まれた美しい公園に整備されているが、もともとは灌漑用のため池だった。しかも、龍の伝説もある。そういえば、千恵さんも、河童のいた池の岩には、龍が通った跡がくっきりと残っていた、と言っていた。龍もいたきれいなため池の門池で、テンさんは河童を見たのかもしれない。そこにいたスタッフも、利用者さんたちも、テンさんの話を興奮気味にワイワイ言いながら聞いていた。
 私は、帰りの送迎の時に、あゆみさんにも聞いてみた。あゆみさんは、生まれ育った家は農家で、祖父母の農作業も手伝っていたというし、竹林とかお茶畑などのある山にもよく行っていたと話していたので、河童についても話を聞いたことがあるのではないかと思ったのである。70歳のあゆみさんは、「河童ですか? 見たことある人がいるんですか? 何かを見間違えたんじゃないかな?」と河童の存在には否定的だったが、「河童って、何類に属するんですかね」とあゆみさんなりに話に乗ってきてくれた。

「何類かな? ほ乳類かな? ほ乳類ではないと思うけど。両生類かな?」
「そうですかね」
「でも、子供を産ませるっていうから、ほ乳類かな?」
「何だろう?」
「まだ分類されてないのかもしれないね」

 家に到着するまでの20分間、あゆみさんと私は、河童のことをずっと語り合って笑っていた。
 冷静沈着なスタッフのカイさんは、河童話に入ってくることはなかったが、節分の飾りつけの一つに、恵方巻ならぬ、「河童巻き」の人形を作ってきてくれて、デイルームの天井に吊るしてくれた。利用者さんたちは、それを見上げて、「河童だ」「かわいい」と喜んでいた。


役に立たないものだから

 千恵さんの「河童を見た」発言から始まったすまいるほーむでの河童ブーム(正確には、サブさんの冗談からだが……)。河童の話題でひとしきり盛り上がったすまいるほーむは、春のやわらかい陽の光とさわやかな空気に包まれたかのように、緊張感がほどけたゆるやかな時間が流れているように感じられた。久々に訪れたゆるゆるとした心地よさ。これも、河童の魔力だろうか。
 そんなことを感じながら、私は大好きな米津玄師さんの「眼福」という歌を口ずさんでいた。
 そうだ。河童の話は、米津さんが歌っているように「何にも役に立たない」「くだらない」話だから、みんなの緊張感を一時でも解きほぐしてくれて、気持ちをゆるやかにしてくれたのではないだろうか。この一年間よく使われた言葉で言えば、「不要不急」の話題。誰のためでも、何かを解決するためでもなく、今どうしても聞かなきゃいけないことでもない。でもそんなある意味どうでもいい役に立たないことにみんなで夢中になった時間が、この場の雰囲気を、そして一人一人の心を明るく、潤いのあるものにしてくれたのではないか。
 介護現場には、今まで以上に、必要急務として、感染防止対策、利用者さんの安全の確保、利用者さんの心のケアが求められている。それは確かに私たちの仕事として取り組まなければならないことだ。けれど、「不要不急」のことをみんなで心から楽しめる場や時間を作り出すことも、こんな時期だからこそ、介護現場では大切にしなければならないのではないか、とも思う。
「大切にしなければならない」というのはちょっと違うかもしれない。私自身が肩の力を抜き、「こうしなければならない」の呪縛から解放されて、千恵さんの河童話の時のように、ふと目の前に偶然現れた、何にも役に立たないけれど面白いことにただただ夢中になってみる。それをみんなも面白いと楽しんでくれたらいいなという程度の希望を抱きながら。
 河童の魔力が引き起こしたような、そんな光景がまたすまいるほーむで見られたら、それこそ私にとっての眼福なのである。

※次回は3月27日(土)に掲載予定


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