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連載

つながりとゆらぎの現場から――私たちはそれでも介護の仕事を続けていく vol.14

六車由実の、介護の未来07 それぞれの年末年始(後編)

つながりとゆらぎの現場から――私たちはそれでも介護の仕事を続けていく

介護という「仕事」を、私たちはどれだけ知っているのだろう。そしてコロナという未曽有の災禍が人と人との距離感を変えてしまった今、その「仕事」はどのような形になってゆくのか。民俗学者から介護職に転身、聞き書きという手法を取り入れた『驚きの介護民俗学』著し、実践してきた著者が、かつてない変化を余儀なくされた現場で立ちすくんだ。けれどそんな中で見えてきたのは、人と人との関係性そのものであるという介護。その本質を、今だからこそ探りたい――。介護民俗学の、その先へ。

>>前編はこちら

 ◆ ◆ ◆

あゆみさんが飛び出した

 年末年始の休みに入る直前の月曜日の午後3時半頃、トイレに行ったり、荷物を自分の席に持ってきたり、上着を着たりと、みんなが忙しなく帰り支度をし始めた時間に、それは起きた。あゆみさんが急に席を立ち、荷物を抱えて、玄関を飛び出していこうとしたのだった。
 あゆみさん、70歳。アルツハイマー型認知症と診断されている。ちょうど一年前からすまいるほーむを利用されていて、ミュシャの絵をモチーフにした細かな塗り絵に160色の色鉛筆を駆使して熱心に取り組むほど芸術的な感性が豊かなあゆみさんは、運動会でみんなで行う準備体操をスタッフと一緒に考えてくれたり、デイルームの季節の飾りつけを手伝ってくれたりと、デイサービスの活動にも積極的に参加されている。短期記憶につついては障害があり、何度も同じことを繰り返し確認されることがあるが、子供の頃、春先になると竹林でタケノコ堀りをして、タケノコのお寿司を作ってよく食べたことや、真冬にはまだ舗装されていなかった通学路の水たまりに氷が張っていて、それを足で蹴って割りながら登校したこと等を細部まで覚えていて、そうした子供の頃や若い頃の話をよく聞かせてくれるお話し好きの側面もある。
 そんなあゆみさんが、「もう嫌! 私、帰ります。すみませんが、もうここ辞めますから」と叫んで、スタッフたちの説得も制止も振り切り、物凄い勢いですまいるほーむを出ていこうとした。帰りの送迎時間の迫る、忙しい時間に起きた予期せぬ突然の出来事に、スタッフも私も動揺したが、様子を目撃したスタッフのまっちゃんがすぐに報告してくれた。それによると、男性の利用者さんがあゆみさんの後ろ姿を女性スタッフと勘違いして、そばに近づき、悪戯っぽく「コレコレ!」と声をかけたのがきっかけだったようだ。その男性利用者さんは「ごめんなさい、間違った」とすぐに謝ったそうなのだが、あゆみさんの怒りは収まらず、かえって火に油を注ぐように激昂してしまったという。
 あゆみさんは、マイペースで気分屋で、饒舌で多少説教臭いところのあるその男性利用者さんのことが以前から苦手で、どちらかと言えば、嫌悪感を持っているようだった。これまでも二人の間で何度かトラブルがあったので、お互いの席を離すとか、あるいはカラオケという同じ趣味があることからスタッフが間に入って関係づくりを促す等の対応をとってきた。それで何とか乗り切ってきたつもりだったが、今回、男性利用者さんのちょっとした勘違いによる悪戯が、あゆみさんを激昂させ、すまいるほーむを飛び出す、という行動を引き起こすことになってしまったのだった。
 まっちゃんから報告を受けた私は、すぐに車のキーと免許証、スマホを持ち、あゆみさんよりも早く玄関を出て、駐車場に停めてあった車を出して、門の前に横づけした。そして、玄関から飛び出してきたあゆみさんに、「車で家まで送ります」と車に乗るように促したが、感情が爆発してしまったあゆみさんは必死に抵抗するばかりである。「大丈夫です、自分で歩いて帰りますから」と、私が差し出した手を振り払って道路に飛び出そうとした。しかし、あゆみさんの家までは車で20分はかかるし、たとえあゆみさんが健脚で歩けたとしても、ここまで感情的になっている状態で一人で帰ったら、途中で事故に遭ってしまうかもしれない。そう言っても、あゆみさんの心にその言葉は全く届かなかった。
 私は、あゆみさんを止めに外に出てきてくれたまっちゃんと一緒に、ほとんど力ずくで、嫌がるあゆみさんを車に乗せた。シートベルトを締め、車を発車させると、あゆみさんはもはや抵抗する様子はなかったが、うなだれて、泣き出した。

「どうしてなんでしょう。いつもあの人は私にばかり酷いことをするんです。私の前を通る時には、いつも私の方を指さして、睨みつけるし。何か私に恨みがあるんでしょうか」

 今回の出来事のきっかけを作ってしまった男性利用者さんは、私の知る限り、そんなことはしていないし、どちらかと言えば、あゆみさんの感情に触れないように距離を置いていたように思う。だから、そうした認識はあゆみさんの一方的な被害妄想だと言える。
 ただ、あゆみさんの中では、彼に対して、ずっとそんな負の感情を持ち続け、それが風船が膨らむように心の奥にたまり続けていて、間違いとはいえ突然声をかけられたことで、風船がパンと割れて怒りや恐怖の感情が爆発してしまったのかもしれない。
 私が答えに窮していると、あゆみさんは黙ってしまい、またうなだれた。そして、車が自宅に着くやいなや、自分でシートベルトを外し、「すみません、やっぱり私、辞めさせてもらいます」という言葉を残して、自宅の玄関の中へと走って入っていったのだった。



原因がわからないという不安

 すまいるほーむへの帰路を運転する私は身も心も疲れ切っていた。その後も何とか他の利用者さんの送迎を済ませて、夕方すまいるほーむに戻ってくると、他のスタッフたちも同様に疲労困憊しているようだった。私も含め、スタッフみんなが、今回の出来事をどう受け止めていいのか、これからあゆみさんにどうかかわっていくのがいいのかわからず、混乱していた。抵抗するあゆみさんを力ずくで車に乗せるという、利用者さんに対してあるまじき行為をしてしまったことについても、後味の悪さが残っていた。けれど、いったいどうしたらよかったのか。
 実は、あゆみさんが感情を爆発させて、すまいるほーむを飛び出すという出来事は今回が初めてではなかった。昨年10月の上旬に立て続けに2回起きていたのである。1回目は、車に乗ってもらおうとしたもののやはり強く拒絶されたため、まっちゃんがあゆみさんについて歩いてくれ、歩き疲れて途中で座り込んだところで、娘さんに電話をして迎えに来てもらったのだった。そして2回目は、私が一緒に歩き、やはり30分ほど歩いたところで暑さと疲れで座り込んでしまい、日陰に入り、二人で四方山話や子供の頃の思い出話を30分くらいしているうちにあゆみさんの気持ちも落ち着いてきたので、会社に電話をして三国社長に車で迎えに来てもらって自宅まで送り届けたのだった。
 2回とも幸いなことに、午前中に起きた出来事で、スタッフの人員に多少の余裕があり、一人があゆみさんに付いていって対応しても、デイサービスの業務は何とかなったのであるが、今回は送迎時間の直前であり、そんな余裕は人員的にも時間的にも全くなかった。だから、本人の意思に反しても力づくで車に乗せて送り届けたことは仕方がなかったのだと、私たちは思うより他になかった。
 私たちが最も困惑したのは、誰の言葉も耳に入らないほど感情が昂ぶり、すまいるほーむを飛び出してしまうという衝動的行動に出てしまう根本的な原因が何にあるのかがわからない、ということだった。原因がわからなければ、そうならないように対応することもできないし、今後またいつ同じことが起きるかわからないという不安が募るばかりだった。
 いずれもきっかけはあった。今回は男性利用者さんの勘違いによる声かけだったし、10月に起きた時は、1回目は、あゆみさんが使った後、トイレの床がびしょ濡れだったことに気づいたスタッフがさりげなく掃除をしようとしたのをあゆみさんが見てしまったこと、そして2回目は、昼食中に歌を口ずさんだあゆみさんに対して、今回と同じ男性利用者さんが感染予防のために食事中は歌を歌うもんじゃないと軽く注意をしたことだった。いずれも、他の利用者さんだったら、あるいは普段のあゆみさんだったらそこまで感情的にならずに受け流すことができるような些細なことがきっかけになっていた。それがどうしてあれほどの感情の昂ぶりに結び付いてしまったのか。
 本来であれば、あゆみさん本人とそのことについて話し合うべきだと思う。あゆみさんがどんな気持ちだったのか、あゆみさん自身はどんな時に感情が抑えきれなくなってしまうのか、それについてどう思っているのか、私たちはどんな配慮が必要なのか、率直に聞いてみたかった。
 ところが、あゆみさんは時間が経ち、冷静になった時には、自分自身がすまいるほーむを飛び出してしまった、ということを記憶していないのである。10月に私が付き添って歩いた時もそうだった。怒りのままにずんずんと歩いている時には、「もう嫌、私、辞めます」と何度も叫んでいたのに、自宅まで送ってくれた三国社長の車を降りる時には、「ありがとうございます。では、またよろしくお願いします」と次の利用を約束する言葉を笑顔で口にしていた。
 今回も、出来事の次第を、ご家族とケアマネジャーに電話で報告したところ、ご家族は、自分が仕事から帰ってきた時にはあゆみさんはその出来事については特に何も言わなかったし、普段と様子も変わらなかったという。また、ケアマネジャーがその日の夕方に自宅を訪問した時には、本人から「すまいるほーむの利用をもっと増やしたいけれど、まだ空きはないのか」と急かされたという。
 あゆみさんがすまいるほーむを飛び出してしまったことを本当に記憶してないのか、それとも、自分の心身を守るために敢えて傷に触れないように言葉にしないのか、あるいは家族やケアマネジャーに心配をかけないように大丈夫なふりをしているのか、真実はわからない。いずれにせよ、あゆみさんとこの一連の出来事について、率直に話し合うことは難しいと思われた。
 私たちは、10月の出来事の後もあゆみさんは休まずに元気に通ってこられていたし、今回も、特にそのことで落ち込んでしまっている様子はないことがわかり、ひとまずは安心した。けれど、結局あゆみさんに振り回されているだけのような徒労感と、あれが何であったのか、何が原因だったのかわからないもやもやとした気持ちが、私たちの心をより一層重くしたのであった。



「お疲れさん会」で

 年末の最終日の業務が終わった夕方、私の母が淹れてくれたコーヒーを飲みながら簡単な「お疲れさん会」をしていた時、その場にいたスタッフはみな、自然と、今回のあゆみさんの出来事についてそれぞれが思うところを語りだしていた。翌日からせっかくの長期休暇に入るというのに、このもやもやとした気持ちをそれぞれが一人で抱えているのはみんな辛かったのだろうと思う。
 みんなの意見は、やはり、激昂し衝動的に飛び出してしまうことの原因が何なのかに集中した。認知症によって感情の抑制が効かなくなっているのではないか、もしくは、認知症の他に精神疾患も患っているのではないか。あるいは、もともと発達障害をもっていたのではないか。みんなの言っていることは、それぞれ納得できた。
 確かに、今回のことばかりでなく、あゆみさんの日常的な言動についても、たとえば、落ち着きがなくトイレに何度も出入りをしたり、おしゃべりをし始めると止まらなかったり、音に異常に敏感だったり、他の女性の利用者さんの行為を一方的に非難してその場の空気を凍らせてしまったり、といったこともあり、それらは精神疾患もしくは発達障害による一面と考えたら、理解できるようにも思えた。
 ともかく、こんな出来事が何度も起きてしまったのだから、ご家族にお願いして、年が明けたら一度精神科を受診して相談してもらえるようにお願いしてみる、ということで、「お疲れさん会」はお開きにした。精神科を受診することが何かの解決策に結び付くかわからない。けれど、私たちだけでこの問題を抱え込むのは重すぎたし、何か診断名がつくことで、あゆみさんの行動の原因が理解でき、このもやもやした気持ちもすっきりとするかもしれない、という勝手な期待があったのである。

原因とは様々な要素が複雑に絡み合ったもの

 翌日30日の午前中、私は仕事場に降りていって、事務仕事の残務処理をしながら、あゆみさんの娘さんへとLINEを送った。今回の出来事や10月の出来事、そしてすまいるほーむでのあゆみさんの様子等からして、もしかしたら、認知症の他に精神疾患や発達障害を持っている可能性があるのではないか、年明けに一度精神科を受診していただくことはできないか、という内容である。
 その日の午後、娘さんから丁寧な返信をいただいた。娘さんは、スタッフや他の利用者さんたちに迷惑をかけたことを謝罪した上で、長年生活を共にしてきた立場から見ると、むしろ、この一年の自宅での環境の変化があゆみさんの心に大きなストレスとなり、精神的に不安定になりやすい状況を作り出してしまっているのではないか、と冷静に分析されていた。環境の変化とは、コロナ禍で在宅勤務が増えて家族の多くが一日中家にいるようになったことや、出かけるのが好きだったあゆみさん本人も全く外に出ることはなくなってしまったこと等である。また、認知症になる前から自律神経の失調があり、体調不良に苦しんできたこと等も原因ではないか、という。そして、娘さんやご家族も、あゆみさんのストレスをどのように軽減し、穏やかに過ごしていってもらえるのか、手探りの状態であり、体調をみながら、精神科の受診も促していきたい、と書かれていた。
 この娘さんのLINEを読みながら、私は、ご家族も、そして、あゆみさん本人も、長い間、体調や精神の不調に対してどうしていいのかわからず苦しんできたことを知った。そして、私たちが考えたような、単に精神疾患や発達障害等の診断名がつけば何とかなるようなものではなく、体調や環境、この一年のコロナ禍での閉塞感、これまで生きてきた人生や価値観等様々な要素が複雑に重なり合い絡み合って、自分の感情をどうにもコントロールすることができないところまであゆみさんが追い詰められてしまうことがある、ということも理解することができた。
 けれど、そう理解できたところで、では私たちはすまいるほーむでいったい何ができるのだろうか、ということがますますわからなくなってしまった。
 娘さんのLINEにはこんなことも書かれていた。あゆみさんがおしゃべりが止まらないという私の指摘に、娘さんは驚いたというのだ。娘さんによると、あゆみさんは自宅では遠慮してほとんど話をすることがないという。すまいるほーむでは、利用者さんやスタッフとの関係の中で安心して話ができるのではないか、それだけ、すまいるほーむを信頼し、リラックスしているのだと思う、と娘さんは感謝してくださっていた。
 それはありがたいことだと思った。あゆみさんも、すまいるほーむをもっと多く利用したいと言っているようだし、すまいるほーむが彼女にとって心地よい居場所になっていることは確かだと思う。でも、今回の出来事のように、その心地よいと思っていた場所が、いくつかの要因が重なり合った時には、飛び出して行きたくなるほど息苦しく、彼女に苦痛を与える場所に突如一変してしまうことがある。そのことを、私たちは、どう考えたらいいのか。



すまいるほーむの持つ希望と絶望

 私の年末年始は、そのことを悶々と考え続けて、あっという間に過ぎてしまった。でも、考え続けたからといって、何か明確な答えや解決方法が見つかったわけではない。
 ただ、一つだけ気がついたことがあった。私はこれまで、すまいるほーむという場所が、利用者さん一人一人にとって希望や心地よさを感じられる居場所になってほしいと考えてきたし、そういう場所ができつつあるという自負もあった。が、すまいるほーむが、ある人にとっては逃げ出したくなるほど居心地の悪い場所にもなりうるということは考えてみたことがなかった、ということである。私の考えは何と浅はかだったのだろう。
 すまいるほーむで私たちが大切にしてきたことは、利用者さんもスタッフも、一人一人がそれぞれのつながりを結び、それを強くすることで、これからを生きていこうとする力を得ていくことであった。だから、人と人との結びつきは密であるし、心理的距離も近い。けれど、かえってその近い距離感ゆえに、必要以上に傷ついたり/傷つけたり、やり場のない感情を一人で抱え込み、爆発させざるを得なくなることもあるのではないか。あゆみさんが、すまいるほーむを飛び出してしまったように。あゆみさんばかりではない。私が気づかない内に、すまいるほーむにそんな暴力性や息苦しさを感じている人が他にもいるかもしれないと思ったりもする。
 年の瀬に起こったあゆみさんの出来事は、あゆみさんのストレスをいかに軽減できる環境を作っていくかという問題とともに、すまいるほーむという場所の在り方を根本から考え直す、あるいは、この場所が持つ希望も絶望も含めて、正面から向き合う覚悟を持つ、私にとってはそんな大きな課題に膨らんでいった。
 まだ何も見えない、この先が。けれど、年は明け、すまいるほーむも新しい年の幕を開けた。
 美砂保さんは、朝の送迎車の中で、今までと変わらず、元気に新年のあいさつをしてくれ、お正月にお孫さんの顔を久しぶりに見られたことを笑顔で報告してくれた。ウーさんは、ショートステイでおせち料理は食べられたが、話す人がいなくてつまらなかったと愚痴をこぼしつつも、元気な様子だった。そして、あゆみさんも、何事もなかったかのように、清々しい笑顔でデイルームに入ってきて、仲の良い利用者さんに「久しぶり!」と声をかけていた。
 それぞれがそれぞれの年末年始を何とか無事に過ごし、そしてまた、今年もすまいるほーむに通ってきてくれている。そのことの意味を深く受けとめて、すまいるほーむとは何か、そこで私たちがすることとは何かを、これからも右往左往し、彷徨いながらも考え続けていきたいと思う。



※次回は2月27日(土)に掲載予定


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