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連載

つながりとゆらぎの現場から――私たちはそれでも介護の仕事を続けていく vol.13

六車由実の、介護の未来07 それぞれの年末年始(前編)

つながりとゆらぎの現場から――私たちはそれでも介護の仕事を続けていく

介護という「仕事」を、私たちはどれだけ知っているのだろう。そしてコロナという未曽有の災禍が人と人との距離感を変えてしまった今、その「仕事」はどのような形になってゆくのか。民俗学者から介護職に転身、聞き書きという手法を取り入れた『驚きの介護民俗学』著し、実践してきた著者が、かつてない変化を余儀なくされた現場で立ちすくんだ。けれどそんな中で見えてきたのは、人と人との関係性そのものであるという介護。その本質を、今だからこそ探りたい――。介護民俗学の、その先へ。

 ◆ ◆ ◆

美砂保さんにとっての年末年始

 すまいるほーむはデイサービスなので、サービス提供時間は日中のみ、9時から16時15分となっている。毎週日曜日と12月30日から1月3日までの年末年始は休業日とさせていただいている。
 働いている側からすると、特に、一年のうちで唯一取れる年末年始の長期休暇は、一年間頑張ってきたことへのご褒美のように嬉しく思え、仕事から解放され、心身ともにリフレッシュして、新しい年へと臨むためのエネルギーを溜め込む大切な時間である。
 けれど、利用者さんたちにとっては、予定もなくのんびり過ごせる時間であるとともに、スタッフや仲間たちと離れて過ごす、寂しさや不安を募らせる時間でもある。
 ご主人と二人暮らしの美砂保さんは、週3日、すまいるほーむを利用されている。元気なうちは毎週日曜日には教会に通っていたが、それも大変になり一年くらい前から行くことはなくなったという。それに、最近まで月に一回自宅で開いてきたステンドグラス仲間との集まりも、家族の勧めで昨年12月上旬に完全に閉じてしまった。他者とのつながりをとりわけ大切にしてきた美砂保さんにとって、それは辛い決断だったようで、「本当に哀しいの。でもね、私にはすまいるほーむがあるから。すまいるほーむに行くことだけが、私にはたった一つの楽しみなの。だから、これからもよろしくお願いします」と、送迎車の中で涙を浮かべながら話してくれたのが印象的だった。
 そんな美砂保さんは、年末年始のお休み直前の利用日の、朝の送迎車の中で、お休みについてこんなことを言っていた。

「明日からお休みですね。寂しいです。私の楽しみは、すまいるほーむに来ることだけなんです。すまいるほーむでみなさんにたくさんの力をもらっているからね……。わかっています。由実さんも、スタッフのみなさんも、マロンちゃんもお休みしないとね。ゆっくり休んでくださいね。今日も一日楽しみます!」

 美砂保さんにとって、すまいるほーむは、好きなことである細密画の塗り絵に集中したり、その作品を仲間に感謝の気持ちとしてプレゼントしたり、楽しいことをみんなで共有して心を躍らせたり、仲間の辛い思いを受けとめて励ましたり、逆に、仲間の言動から勇気をもらったりする、家族以外の人との強いつながりを感じられる場所であるのだと思う。
 脳梗塞を患ってから、思うように家事ができなくなり、代わりに家事を行っているご主人に対して、負い目とともに、細かいことで小言を言われることに鬱陶しさを感じているという美砂保さんは、すまいるほーむで仲間と過ごす時間があることによって、ご主人と二人の自宅での生活も気分的に楽になってきたとよく言っている。
 そんな美砂保さんにとって、仲間と会えない約1週間はどんなに不安で心細いものだろう。不安な気持ちを漏らしながらも、私たちスタッフを気遣う言葉を忘れず、最後には、明るく、「今日も一日楽しみます」と言ってくれた美砂保さんに、私は、「ありがとう。ごめんね」と伝えることしかできなかった。



ショートステイという選択肢

 年末年始のデイサービスの長期休業は、利用者さんの心の拠り所がなくなるという点ばかりでなく、特に一人暮らしの利用者さんにとっては、食事や排泄、入浴、服薬等の介助サービスが受けられないことで、実際の生活に支障が出てしまうこともある期間である。
 デイサービスが休みの間は、訪問介護によるサービス提供を手厚くするという選択肢もあるが、沼津市内の訪問介護事業所はやはり年末年始を休業とするところが多く、私たちの法人の訪問介護部門も同様である。デイサービスの代わりとして、訪問介護サービスを増やすのはそう容易ではない。だから、その間は家族にできるだけ訪問してもらい、見守りや介護への協力をしてもらうようお願いすることになる。
 しかし、家族も年末年始に仕事が入っていたり、頻繁に訪問できる距離や状況にはなかったり、あるいはコロナ禍で帰省ができなかったりと、様々な事情を抱えている。そうした場合に、ケアマネジャーが勧めるのが、年末年始のショートステイ(短期入所)の利用である。
 ショートステイは、一人暮らしの方ばかりでなく、同居する家族の都合で一時的に介護ができなくなった時に利用したり、あるいは家族が息抜きしたり休養をとったりするために定期的に利用したりするケースも多く、そうした需要に応えるべくショートステイを専門にする施設も市内にはいくつかできた。在宅介護による自宅での生活を長く継続していくためには、宿泊ができて、食事や入浴のサービスもあり、夜間も見守りの体制の整ったショートステイは、大切な社会資源であると私は思う。すまいるほーむの利用者さんの中にも、ショートステイを定期的にあるいは臨時的に利用している方が何人かいる。
 ただ、利用者さん本人は、ショートステイの利用を本意としてない場合もある。それはそうかもしれない、と思う。ショートステイは、デイサービスとは違って、馴染みの関係が作りにくいからだ。というのも、デイサービスは利用する曜日が固定されているので、それぞれの利用日のメンバーはほぼ同じである。だから何回か通ううちに、利用者さん同士の関係が深まっていき、仲間意識も生まれてくる。でも、ショートステイの場合は、利用する頻度も日数も利用者さんによって異なるため、一度仲良くなっても、次回も同じ利用者さんと一緒になるかどうかはわからないのである。だから、利用者さんたちは、無理やり一人旅に出されるような、そんな不安と孤独を抱きながらショートステイを利用されているのかもしれない。



一人暮らしのウーさんの思い

 ここ数年独り暮らしを続けているウーさんは、一昨年の年末年始は、時々家族が訪問することで自宅で無事に過ごすことができたのだが、昨年後半から体力低下が著しく、体調も思わしくなかった。そのため、一人で過ごすことは難しいのではないかとケアマネジャーが判断し、家族と相談の上、年末の30日から新年3日までショートステイを利用することになった。
 すまいるほーむの年末最後の利用日に、私は、「明日から、お泊りだね」と声をかけた。すると、ウーさんは、「知らないところに行きたくねえなぁ」と普段は口にすることがない弱音をポロリとこぼした。確かにその気持ちはわかる。けれど、家族は毎日訪問することはできないというし、年末年始に入ってくれる訪問介護サービスも見つからなかった。体調の変化や転倒の心配のあるウーさんが年末年始を無事に過ごすには、ショートステイを利用してもらうしか方法はなかった。
 少しでもショートステイに行く不安が解消し、わずかでも楽しみがもてればと、私は、こんなことを言ってみた。

「でもさ、きっとお正月にはおせち料理が出るよ。年末には年越しそばも出るかもしれないし。個室だし、テレビは見放題だし、お風呂にも入れるし、そんなに悪いところではないと思うよ。温泉にでも行くつもりで、ゆっくりしてきたらいいよ」

 でも当然そんな言葉は、何の気休めにも慰めにもならなかった。ウーさんは、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、ぼそっとこう呟いた。

「俺は、すまいるに来られれば、それで満足なんだよ。正月だって、すまいるに泊まれればなぁ。(駄目なのは)わかっているけど……」

 私は、ウーさんの口から出た意外な言葉に驚いた。ウーさんは、気分が乗ってくると昔の話はよく聞かせてくれるが、今どう思っているのかとか、どうしたいのかとか、自分の気持ちや希望を言葉にすることはほとんどない。だから、すまいるほーむに来ていることも、実際どう思っているのか、楽しんでいるのかどうかなど、本当のところ、私たちスタッフにはわからなかったのである。
 そのウーさんから、「すまいるに来られれば満足だ」と初めて言葉として聞いて、私は、正直、涙が出そうなくらい嬉しかった。「そうか、そう思ってくれていたんだ」と。でも、ウーさんからしたら、翌日から始まる未知なる場所での生活に対して不安でいっぱいで、思わず本音を吐露してしまったというところなのかもしれない。
 そして、もう一つの本音である、「正月だって、すまいるに泊まれれば」というのは、単にショートステイに行きたくないということではなく、いつもの知っている場所で、いつもの仲間と一緒だったら泊まることだって厭わない、ということだろう。



できることをしていく

 実はこれまでも、我が家の1階にすまいるほーむが移転してくるずっと前から、利用者さんたちから、「すまいるほーむに泊まりたい」という要望は何度か出ていた。多くはショートステイを利用している方たちからだったが、その話題になると、普段はショートステイを利用してない方の中にも、「もし、すまいるほーむに泊まれるようになったら、私も泊まってみたい」という人が何人もいた。泊まって、みんなで夜までいろいろ話をして過ごしたいのだと言う。まるで女子高生の修学旅行みたいだ。でも、本当にそうできたらどんなに楽しいだろうと、想像しながら私たちスタッフもワクワクしていた。
 デイサービスの中には、日中の業務終了後、施設内での宿泊を介護保険適用外の自費サービスとして提供する、通称「お泊りデイサービス」を行っているところもある。私たちの法人でも、利用者さんたちからの要望を受け、「お泊りデイサービス」か、もしくはショートステイのような宿泊のサービスを提供できないか検討したことがある。でも、夜間のスタッフを確保することや宿泊するための環境を整備すること等の乗り越えなければならないハードルは高く、結局実現できないままになってしまった。
 そして、我が家の1階に移転してきてからは、ますますその実現は難しくなった。1階と2階で分かれているとはいえ、職場と住まいが同じ建物の中にある、というのは、私や家族にとって、想像以上のストレスを抱えることになったからである。今は、夜間や日曜日、そして年末年始の休みは、建物の中は家族だけが過ごす空間で、緊張感から解き放たれてほっとできる唯一の時なのである。それが24時間、365日、他人の声や物音がしたり、人の出入りがあるようになったら、気を休めることが全くできなくなることは容易に想像できる。そうしたら、たぶん、私たち家族の生活は破綻してしまうだろうし、私もこの仕事を続けていくことはできなくなるだろう。
 美砂保さんやウーさんの思いを受けとめていくこと。利用者さんたちが自分たちが信頼している関係性の中で、夜間も週末も年末年始も安心して過ごせるようになること。そうした環境をスタッフや利用者さんや地域のみなさんと作っていくこと。それは、一つの大きな理想であるし、その可能性をさぐることはこれからも続けていかなければならない、と思う。
 けれど、今、私たちにできることは、この限られた環境と条件の中で可能な限りのことを精一杯していく、それしかない。
 そして、更に言えば、利用者さんたちの要望や必要とするサービスの全てを自分たちの組織の中で引き受け、事業展開していくことが本当にいいことなのか、という迷いも私にはある。むしろ、利用者さんと他者との関係が、すまいるほーむという場の中だけで完結してしまうことによって、かえって利用者さんもスタッフも、追い詰められたり、息苦しさを感じたりしてしまうこともあるのではないか、という不安も感じているのである。
 実は、そんなことを考えさせられる出来事が、まさにこの年末に起きたのだった。

※次回は2月13日(土)に掲載予定


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