『ぼくらの七日間戦争』をはじめとする「ぼくら」シリーズで知られる宗田理さん。その作品のひとつに、自らの戦争体験をもとにしたノンフィクション・ノベル『雲の涯 中学生の太平洋戦争』があります。一度は絶版になっていたこの本ですが、愛知県豊橋市に本店を構える「本の豊川堂」の会長である髙須博久さんの働きかけにより2023年に文庫版が復活、今も多くの方に読み継がれています。髙須さんはどのような思いで本書と向き合ってこられたのか、終戦80年を迎えた今、あらためてお話をうかがいました。
宗田理氏『雲の涯』を届け続けたい――本の豊川堂(愛知県豊橋市)の髙須会長に聞く
――『雲の涯 中学生の太平洋戦争』は、著者の宗田理さんご自身の経験をもとに、昭和20年8月7日の豊川海軍工廠(愛知県豊川市)への空襲を扱ったノンフィクション・ノベルです。まず、髙須さんが本書に出会われたきっかけについてお教えください。
宗田理さんが愛知県豊橋市に住んでおられたことから、豊川堂へもご来店いただき、親しくお話をしていただくことがありました。
また私は時習館高校21回の卒業生です。仕事で時習館へ出かけた時、図書館で恩師の先生から豊川海軍工廠についてはいろいろな資料を見せていただきました。
――時習館高校といえば、『雲の涯』で少年たちが通っていた豊橋中学校が前身です。本書の舞台が、髙須さんにとっても身近な場所だったのですね。
豊川海軍工廠はかつて「東洋一の兵器工場」とも謳われましたが、空襲では2,500人以上が亡くなるなど大きな被害が出ました。『雲の涯』でも、若い学徒たちが勤労動員されるなどして日常生活が徐々に失われてゆく様子が克明に描かれますが、特に印象深い場面はありますか。
8月7日の豊川海軍工廠の空襲で、時習館の前身、豊橋中学の関係では42名、豊橋東高校の前身、豊橋市立高等女学校・豊橋第二中学校の関係では97名の命が失われたことです。
本来中学校の生活を謳歌すべき若い人達が、工場へ勤労動員されるなんてことがあってはいけません。宗田先生は、この時代の学徒の苦しさがあったことを忘れてはいけない、これからの若い人は戦争のない幸せな人生を送ってほしいと考え、この本を書かれたことがよくわかります。
――髙須さんは宗田さんとも親しくご交流を続けてこられたとのことです。宗田さんから、本書に対する思い入れなどをお聞きになることはありましたか。
青少年には常に夢と希望をもって生きてほしいということです。戦争という苦しい状況の中でも本当は彼等には青春がありました。今の平和な時代に育った人達には戦争で死んだ若い人の分まで幸せに生きてほしい、と言われていました。
『雲の涯』の復刻については、単行本も文庫本も絶版になってしまった時に、宗田さんに増刷のお願いを持ちかけました。角川書店へ私と宗田さんが要望したところ、最終的に3,000部買い切りで増刷が決まりました。時習館も喜んでくれました。
どこから聞きつけたか、毎日新聞から、絶版を復活させた話を聞かせてくれと、取材が入りました。いろいろな経過や私の気持ちを伝えた記事が掲載されました。
今ではオンデマンドで切らさず販売できています。
――髙須さんの働きかけにより、本書は地元の高校で推薦図書に採用されるなど、長く読み継いでいただいていると聞いております。
『雲の涯』の単行本版が出版された時には、時習館の図書館に購入していただきました。当時図書館司書をされていた方が時習館14回生で、とても気にかけてくれました。毎年新入生が入学すると、巻頭に掲載されていた詩を新入生に向けて読んでくれ、私も校長にこのことを伝えました。その影響か、時習館では国語の先生が新入生の課題図書に選んでくれました。その後、豊橋東高校でも新入生の課題図書となりました。
――今年で終戦から80年となります。特に8月には様々なところで戦争に関連する番組、記事、展示などが数多く企画されましたが、豊川堂さんでも何か反響などはありましたか。
実は、『雲の涯』を読まれた時習館2回生の方から、学徒動員先の豊川海軍工廠で働いていたという同級生を紹介されました。彼は級長(編集部註:教員からの指示を学級全体に伝達し、生徒を統率する代表者)でありながら、海軍工廠空襲当時は工場勤務を欠勤しました。空襲により多くの旧友が防空壕の砂に埋まり死んだことで、彼は良心の呵責に悩んだそうです。大学を出て、東京で高校の先生をしながら奥さんと『双鷲』という2人同人誌を発行されていました。
その中に豊川海軍工廠空襲を題材にした「砂の記憶」という小説が掲載されていました。私は許可をいただき、豊川堂として、平成17年に『砂の記憶』を文庫で発刊しました。
『雲の涯』と『砂の記憶』を中心に戦後80年の企画を展開したところ、熱心に読み比べているお客様がいたのが印象に残っています。
――今や日本人の約9割が戦後生まれともいわれ、戦争体験の継承が大きな課題となっています。多くの方に戦争について考えてもらう機会をつくるために、町の書店さんとして取り組んでいること、出版社に期待することなどがありましたらお教えください。
戦争をしてはいけないことはだれでもわかっています。青少年が夢と希望をもてる楽しい本を出版社には発刊してほしいです。
また、単行本『雲の涯』掲載の詩が文庫本では消えてしまっているので、詩を復活させてほしいです。
――ありがとうございます。宗田さんとのご親交があり、また地元に密着してお仕事をされてきた髙須さんだからこそ、『雲の涯』で描かれているような出来事を二度と繰り返してはならないという思いがあり、精力的に本書を多くの読者に届け続けてくださっているのですね。
カドブン読者の皆さんも、ぜひ『雲の涯 中学生の太平洋戦争』をお手にお取りください。
作品紹介
書 名:雲の涯 中学生の太平洋戦争
著 者:宗田 理
発売日:1995年05月23日
こんな悲惨な戦争があった―「ぼくら」の宗田さんが知られざる悲劇に迫る!
昭和20年8月7日、豊川海軍工廠はわずか26分間の爆撃によって壊滅、2500名を超える爆死者が出た。その中には、450名以上もの若い学徒が含まれていた。彼らはどう生き、どう死んだのか。当時地元の中学生だった著者が、貴重な証言や資料を集め、必死に生きようとした彼らの青春の日々を辿る。広島、長崎の原爆投下日にはさまれ、世に知られなかった大惨事を初めて明るみに出した重要な戦争記録、感動のノンフィクションノベル。
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