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試し読み

【「発見!角川文庫70周年記念大賞」思い出の文庫1位】宗田理『ぼくらの七日間戦争』試し読み

◎思い出の文庫1位

1年2組の男子生徒が全員、姿を消した。河川敷にある工場跡に立てこもり、体面ばかりを気にする教師や親、大人たちへ“反乱”を起こす! 何世代にもわたり読み継がれてきた不朽のシリーズ最高傑作。

 一日 宣戦布告

 


 掛時計の長針と短針が重なった。
 正午。
 さっきからそれを見つめていた菊地きくち詩乃しのは、あらためて大きな溜息をついた。
 予定の帰宅時間から一時間もおくれている。最初の苛立ちが、いつの間にか不安にすり変わっていた。何かあったのだろうか?
 ──交通事故?
 まさか。学校からの帰り道に交通事故なんて、起きると考える方がどうかしている。
 成績がわるくて、学校に残されたのだろうか?
 一人息子の英治えいじは中学一年。きょうは一学期の終業式である。いくらおそくても、十一時には帰れるはずだ。
 そうしたら、十一時半に英治をアウディ80に乗せて家を出発。十二時十分に、池袋のサンシャインビルの前で夫の英介えいすけを拾う。
 英介の会社はサンシャインビルにあるのだが、きょうの午後から休みをとり、日曜日までの三日間、軽井沢で親子三人テニスをやったり、高原のドライブをしたりしようという計画である。
 計画を立てたのは詩乃で五月のことである。夫の英介はさほど乗り気ではなかったが、英治がすごく行きたがっているからと言って、しかたなしに承知させたものである。
 けさ英治が学校へ出かけるとき、詩乃は、道草をせずに早く家に帰ってくるよう、しつこいくらい言った。そんなことを言わなくても、英治は聞きわけのいい子なのだが、なんとなく虫が知らせたのかもしれない。
 ──それにしてもおかしい。
 時間は容赦なく過ぎてゆく。詩乃は窓から表を眺めた。梅雨明けの青空がひろがって、道路は強い陽光を受けて、皓々こうこうと光っている。英治が帰ってくるとすれば、向こうの曲がり角から姿をあらわさなければならないのだが、人っ子一人見えず、森閑としている。
 突然電話が鳴って、思わず、椅子から腰を浮かした。悪い報せかもしれない。そうだ。きっとそうにちがいない。激しい動悸がして、胸苦しくなってきた。電話は鳴りつづける。意を決して受話器に手を伸ばした。
「いつまで、何をぐずぐずしているんだ?」
 いきなり、夫の英介のどなり声である。
「英治が……」
「英治がどうかしたのか?」
「帰ってこないのよ」
「どこかで遊んでるんだろう。早く帰ってくるよう、ちゃんと言ったのか?」
「言ったわよ。口が酸っぱくなるくらい」
「おかしいじゃないか」
「おかしいのよ」
 詩乃は英介の言葉を反復した。
「学校へ行ってみたのか?」
「いいえ、まだ」
「どうして行かないんだ?」
 英介は声を荒げた。そう言われてみれば、まったくそのとおりだ。
「いまから行って見てくるわ。十五分したら、もう一度電話くださる?」
 詩乃は、電話を切るや否や、自転車に乗って家を飛び出した。目がまぶしくなるほどの強い日差しだ。
 中学校までは六〇〇メートルほどの距離である。途中、下校する生徒に出会うかもしれないと思ったのに、子どもたちの姿は全然ない。この時間だ。いないのが当たり前である。
 急いだので、五分ほどで学校に着いたが、ここもがらんとして人影は見あたらない。ただ、運動場の隅のプールだけが人声で騒々しい。
 詩乃は、自転車を校門の脇に置いてプールに近づいた。子どもたちは二十人くらいいる。もうすぐ、区の対抗試合があるから練習しているにちがいない。
 知っている顔がないかと見まわしたとき、ちょうどプールから上がってきたばかりの中山なかやまひとみと目が合った。ひとみは、にっこり微笑わらって頭を下げた。
「ねえ、英治帰ったかしら?」
 ひとみは、英治と同じ一年二組で〝玉すだれ〟という料亭の娘である。
「ええ、帰りましたよ」
 ひとみは、一六〇センチをこす上背と、若い娘のように発達したからだを惜しげもなく見せて言った。
「そう。いつごろ?」
「さあ、もう一時間以上前だと思います。菊地君、どうかしたんですか?」
「まだ帰ってこないのよ」
「へえ……。じゃ、どこかで遊んでるんじゃないですか?」
「そんなこと言ってた?」
「いいえ、聞きませんでした」
「それとも、成績がわるくて帰るに帰れないのかしら」
「成績わるいのは、私もいっしょ」
 ひとみはぺろりと舌を出すと、いきおいよくプールに飛びこんだ。白い水しぶきが上がった。
 水泳では中学で一番。区でも優勝するだろうと言われている。泳いでさえいればご機嫌なひとみに、母親の雅美まさみは勉強しろとうるさく言うらしい。
 それは、サッカーにばかり夢中になっている英治も同じで、詩乃はつい嫌味を言ってしまう。やはり英治にも、父親の英介のように、一流大学を出て一流企業に就職してもらいたいのだ。
 詩乃は、校門を出たところにある電話ボックスに飛びこんだ。中はサウナみたいな暑さで、たちまち汗が全身から吹き出してくる。英治の友だちのだれかの家に電話しようと思った。それなのに、電話番号はひとつも思い出せない。
 電話ボックスを出た詩乃は、ふたたび自転車で家に戻った。
 クラスの名簿をひらくと、一番は相原徹あいばらとおるである。相原の家は両親で塾をやっている。
 電話に出たのは、母親の園子そのこだった。
「菊地ですけれど、徹君帰ってきました?」
「さあ」
『徹』と遠くに向かって呼ぶ声がした。
「帰っていないようよ」
「おたくも? うちの英治も帰ってきませんの。どこへ行ったのかしら?」
「あしたから夏休みだから、きっとどこかふらついているんでしょう」
 園子は、まるで気にもかけていない様子だ。詩乃は、もし帰ってきたら連絡してほしいと言って電話を切った。
 つづいて十番の佐竹哲郎さたけてつおの家に電話した。受話器の向こうで子どもの声がした。
「哲郎君?」
「いいえ、俊郎としろうです」
 はっきりと否定された。そういえば哲郎には小学校五年の弟がいた。
「お兄ちゃん学校から帰ってきた?」
「いいえ、まだ帰ってきません」
「パパとママはいないわよね?」
 佐竹の家では夫婦共稼ぎで、昼間はだれもいないはずだと思いながら聞いた。
「はい」
 予期したとおりの返事だった。
「お兄ちゃん、どこに行ったか知らない?」
「知りません」
 詩乃は、ありがとうと言って電話を切った。これで、英治を含めて三人が学校から帰っていないということがわかった。そうなると、しめし合わせてどこかへ遊びに行ったのか。この三人は仲良しだから、そういうことがないとも限らない。
 電話が鳴った。受話器を耳にあてると、夫の英介からだった。
「どうだった?」
「学校はとっくに出たらしいの」
「じゃ、どこへ行ったんだ?」
「わからないわ。帰ってこないのは英治だけじゃないのよ。相原君と佐竹君に電話してみたけれど、二人とも帰っていないの。ほかにもまだいるかもしれないわ」
「すると、みんなでどこかへ行ったというのか?」
「そうとしか考えられないわ」
「英治は、軽井沢へ行くことを知っていながら、無断ですっぽかしたというんだな?」
 英介の声が変わった。我慢の限界に達している感じだ。
「誘拐されたんでなければね」
「誘拐……?」
「まさかとは思うけれど」
「きょうの軽井沢行きは中止だ。ぼくはこれから家に帰る。それまで、ほかの友だちの家にも電話して聞いておいてくれ」
 英介は、とたんに電話を切ってしまった。こんなことで軽井沢行きを中止するなんて、気が短か過ぎる。それとも、本気で誘拐を信じているのであろうか。詩乃は、どこに電話しようかと思いながら、指は無意識に柿沼かきぬま産婦人科病院のダイヤルを回していた。電話口に、母親の奈津子なつこを呼び出してもらった。
直樹なおき君、学校から帰ってきた?」
「いいえ、まだ。おたくも?」
「そうなの。いま、あちこち電話してるんだけど、だれも帰っていないのよ。おかしいと思わない?」
「そうね……」
 奈津子は、上の空の返事をした。院長夫人とはいっても、薬局に入って忙しいので、子どものことにはかまっていられないのかもしれない。
「じゃいいわ。私、みんなに電話してみる」
「ごめんなさい。結果をおしえてね」
 図々ずうずうしいと言ったらいいのか、おおらかと言うべきなのか。しかし、詩乃はそんな奈津子を決して嫌いではない。
 一年二組のクラス全員、英治以外の四十一人に電話し終わるのに三十分以上かかった。男子生徒二十一人のうち、八人はだれもいなくて電話に出なかったが、家にいたのは、谷本たにもとさとるただ一人であった。
 谷本は、体育の教師酒井敦さかいあつしにしごかれ、腰椎ようついをいためて一週間以上学校に行っていない。だから、きょう学校に行った男子生徒は、全員家に帰っていないということになる。
 谷本がやられたのは、必殺宙ぶらりん事件といって、PTAでも問題になりかかったのだが、校長が谷本の両親と話し合って、もみ消してしまった。
 バスケットの練習中、相手側にボールを取られると、二回鉄棒にぶら下がる必殺宙ぶらりんという罰則を酒井が決めた。谷本は何度もボールを取られてその都度ぶら下がるうち、谷本は力尽きて転落、腰を打って入院したのだ。
 谷本は男子生徒が学校から帰ってこない理由は知らないと言った。
 一方女子生徒の方はひとみのほかは全員が帰宅しており、彼女たちも、男子生徒がどこに行ったのか、知っている者は一人もいなかった。

 午後二時。
 男子生徒の母親たちが詩乃の家に集まった。十二畳のリビングルームは、クーラーの限界を超えて、蒸れかえるように暑くなった。
「学校を出るときは、ばらばらだったみたいよ。だから、誘拐じゃないわよね」
 宇野秀明うのひであきの母親千佳子ちかこが、自分に言い聞かせるように言った。
「子どもたちは、自分の意志で行ったのか、それとも、だれかにつれて行かれたのかしら?」
 佐竹哲郎の母親紀子のりこは、肥っているせいか、ハンカチでしきりに額の汗を拭いた。
「つれて行くっていったら人さらい? だって、あの子たち中学生よ。しかも、一人や二人じゃないのよ」
 日比野朗ひびのあきらの母親邦江くにえは、度の強い眼鏡の奥で、小さい目を光らせた。
「きっと、何かをたくらんで姿を隠したにちがいありません。どうせ、そう遠くへは行ってないと思います。みんなで手分けして捜しましょう」
 いつの間に帰ってきたのか、夫の英介が言った。
「そうだわ」
 英介の言葉に、みんな、はじかれたように立ち上がった。
荒川あらかわ隅田川すみだがわで、水泳でもしてるんじゃない? きっとそんなところよ」
 相原徹の母親園子が、明るい声で言った。
「おたくの徹君はともかく、うちの秀明は、絶対そんなことはしません」
 千佳子が憤然と言った。
「むかしの子どもじゃあるまいし、それに、全員が家にも帰らず川泳ぎに行くなんて、そんなこと考えられて……?」
 邦江も、皮肉をこめて言った。それは、邦江の言うとおりだと詩乃も思った。子どもたちだけで遊びに行くなんて光景は、いまでは、見たくても見られやしないのだ。
 


 子ども捜しは夕方までつづけられたが、手がかりはまったくなかった。二十一人が、蒸発したように忽然こつぜんと消えてしまったのである。
「こうなったら、電車に乗って、遠くへ行ったとしか考えられないわね」
 だれかが言った。もしそうだとすれば、二十一人もの中学生が切符を買って改札口を通ったのだから、いくら忙しい駅員でも覚えているはずだ。
 中学校からいちばん近い駅はK駅である。ここは常磐じょうばん線、東武とうぶ伊勢崎いせさき線、地下鉄千代田ちよだ線、日比谷ひびや線が通っている。
 そこよりやや南に京成けいせい電鉄のS駅がある。西へ隅田川を渡って行くと、少し遠いけれど京浜東北けいひんとうほく線、東北本線のD駅がある。
 母親たちは駅という駅は全部あたってみた。しかし、どの駅にも立ち寄った形跡はなかった。
「じゃ、車かしら」
 二十一人が一度に移動するとしたら、バスか、それともタクシーに分乗したのか。バスの方は営業所に問い合わせてみたが、中学校の近くのバス停で、二十一人もの中学生が乗った事実はないという証言を得た。
 タクシーで行ったとすれば、これはわからない。とにかく、夜になっても帰ってこないようだったら異常事態と考えていい。そのときは警察に届けようということで意見が一致し、それぞれの家に戻った。

 相原進学塾の電話が鳴ったのは午後七時だった。園子が飛びつくようにして受話器をとった。いきなり男の声がした。
「こんや午後七時からFM放送を行う。ダイヤルを八八メガヘルツに合わせろ。いいか、八八メガヘルツだぞ」
 書いたものを読んでいるような無機質な声。
「もしもし、あなたはだれ? 徹はどこにいるの?」
 園子は、受話器に向かってわめくように言ったが、なんの答えも返ってこないまま切れてしまった。
 しばらく電話機の前で放心したように座っていると、また電話が鳴った。反射的に受話器に手を伸ばして耳にあてる。
「私、菊地。いまおたくにFM放送聴けって電話なかった?」
 詩乃の声は、途中でかすれた。
「あったわよ」
「何かしら?」
「さあ。なんのことだかさっぱりわからないわ」
「身代金の要求じゃないかしら」
「だって放送するんでしょう。そんなことしたら、みんなに聞かれちゃうじゃない」
「そうじゃないの。FMの八八メガヘルツというのはミニ放送で、この近くの人しか聞こえないの。おそらく、私たち以外聞いている人はいないわ」
 そういえば、最近若者たちの間で、音楽やおしゃべり番組を流す、ミニ局が流行っているということを聞いたことがある。
「でも、それだけで誘拐されたとは限らないわよ」
「あなたは楽天的すぎるわ」
「うちなんて食べるだけがせいいっぱい。身代金なんて言われたって、ビタ一文出せやしないわよ」
「そんな言い方しないで」
 詩乃は怒ったように電話を切ってしまった。
「なんだ、なんの電話だ?」
 夫の正志まさしが不安そうな顔を見せた。園子は電話のいきさつを正志に話した。
「ひょっとすると、二十一人は人質にとられたかもしれんな」
「子どもジャック?」
「そうだ。身代金は一人一人ではなく、二十一人まとめて、とんでもないものを要求してくるかもしれんぞ」
「でも、みんな無理矢理つれ去られたのではなさそうよ」
「そんなことは簡単さ。子どもなんて面白いことを言えば、けっこうついて行ってしまうもんだ」
 正志は、いつになく厳しい表情をした。
「中学生よ」
「中学生だろうと、高校生だろうと問題じゃない。このところ静かだったから、もうそろそろ動き出してもいいころだ」
「考えるのは、放送を聴いてからにしよう」
 二十分ほどして、詩乃からまた電話があった。
「全員に例の電話があったらしいわ。七時の放送を聴いたら、あなたのところに集まって対策を検討したいんだけれど、教室空いているかしら」
「ええ、いいわ。こんやはお休みだからどうぞいらしてくださいな」
 園子は時計を見た。七時まであと八分。いったい何を言い出すのか。考えると胸が苦しくなってきた。
 七時三分前に、ラジオのダイヤルをFMの八八メガヘルツに合わせた。まだなんの音もしない。
 園子は、デジタル時計の変化する数字を追いつづけた。7:00。
 突然、ラジオから音楽が流れ出した。ひどく陽気で騒々しい曲だ。
「何? これ」
「こいつはアントニオ猪木のテーマ『炎のファイター』だ」
「猪木って、プロレスの?」
「うむ」
 正志はうなずいた。正志も徹もアントニオ猪木のファンで、この中継のときだけは、二人並んでテレビにかじりついている。
 ──それにしても、なんだってプロレスなのだ。
 音楽のボリュームが落ちた。
『みなさんこんばんは。ただいまから解放区放送をお届けします』
 またもや『炎のファイター』。それにかぶせるようにして詩の朗読が聞こえてきた。
『生きてる 生きてる 生きている
つい昨日まで 悪魔に支配され
栄養を奪われていたが
今日飲んだ〝解放〟というアンプルで
今はもう 完全に生き返った
そして今 バリケードの中で
生きている

生きてる 生きてる 生きている
今や青春の中に生きている』
『こんばんはこれで終わり。あすも午後七時から放送しますから、ぜひ八八メガヘルツにチャンネルを合わせてください。ではおやすみなさい』
 放送は唐突に終わってしまった。
「おい、これは徹の声じゃないか」
 正志が、大きな声でどなった。
「まさか……」
「いや、まちがいない。たしかに徹だ」
 正志と目が合った。その目が激しく揺れている。たしかに、これは紛れもない徹の声だ。
「どうして徹が……?」
「わからん」
「脅迫されて、喋らされてるんだわ。そうよ、きっとそうよ」
 園子は、自分に言い聞かせようとした。しかし、何かがおかしい。それは、この底抜けの明るさなのだ。
 


 相原徹は、送信機のスイッチを切って、
「どうだった?」
とみんなの顔を見た。
「ちょっと、固くなってたみたいだったぜ」
 英治は、固くなっているのは、自分だって同じだと思いながら言った。
「とうとうやったぜ」
 宇野秀明うのひであきが、うわずった声で言った。
「シマリスちゃん、おっかねえのか?」
 安永宏やすながひろしが挑発するように宇野の顔をのぞきこんだ。シマリスというのは、小さくて臆病で、いつもちょこまかと動く宇野のあだなである。
「おっかねえもんか」
 一四五センチの宇野は、一七〇センチの安永を、見上げるようにしてにらんだ。
 部屋は、もと事務室だったらしく、スチールデスクが二十ほど、ほこりをかぶって並んでいる。その上にろうそくが三本立っているだけだから、顔はほとんど影になって見えない。
「無理すんなよ。声がふるえてるぜ」
 みんな、火がついたように笑い出した。
「からかうなよな」
 日比野が言った。日比野は一六〇センチ、七〇キロ、宇野の体重の倍はある。いつもおとなしくて、カバというあだなの日比野が、副番の安永に、こんな口の利き方をしたことに、みんな一瞬しんとなって成り行きを見守った。
「なんだカバ。おれにインネンつけようってのか?」
 安永は、すごんでみせた。
「インネンつけるわけじゃないさ、こわいのはみんな同じなんだ」
 日比野は、ゆっくりとした口調で言った。
「おもしれえ、受けて立つぜ」
 安永は、ボクシングのファイティングポーズをとると、日比野にこいと手招きした。それが、ろうそくの炎で、壁に大きな影を映した。英治は息をつめた。
「デスマッチ、一本勝負。時間無制限」
 天野あまのが、リングアナウンサーみたいな大声を出した。将来スポーツアナウンサーを目指している天野は、特にプロレスの実況中継が得意である。
「二人とも、どうかしてんじゃねえのか」
 相原が二人の間に入った。
「おれたちがけんかする相手は、おとなだってことを忘れちゃ困るぜ」
「そうか……。そうだったよな」
 安永は、照れくさそうに、ファイティングポーズをやめた。
 安永のことだから、このままではすまないと思っていたのに、意外にあっさりと引き下がったことで、英治は肩の力が脱けた。
「二人とも握手しろよ」
 相原が言うと、安永は素直に手を差し出した。
「わるかった。かんべんしてくれよな」
 日比野は、その手をおずおずと握りながら、
「おれも、ちょっと変だったよ」
「ちえッ。世紀の決戦の実況放送をやってやろうと思ってたのに」
 天野は、いかにも残念そうな顔をした。
 その一言で、それまでの緊張がとけたのか、みんなはじけたように笑い出した。
「いいかみんな。ここはおれたちの解放区。子どもだけの世界だ。楽しくやろうぜ」
 相原が言うと、全員が「おーう」と叫びながら、拳を突き上げた。
 英治は、なんだかしらないけれど胸が熱くなった。


(このつづきは本編でお楽しみください)
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