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特集

【インタビュー】作品への情熱、超人的な記憶力。病床で編集会議を行った楳図かずお「ゾク こわい本」シリーズの編集者が語る巨匠の創作

2024年10月28日にこの世を去ったホラーマンガ界の巨星・楳図かずお氏。KADOKAWAでは、楳図氏が最期に企画・監修した全10巻のコミックス「ゾク こわい本」シリーズを角川ホラー文庫より刊行中だ。本シリーズの刊行を記念して、作品の見どころや生前の楳図氏とのエピソードを担当編集の2名(岸本、光森)が語り合った。

取材・文=野本由起

作品への情熱、超人的な記憶力。病床で編集会議を行った楳図かずお「ゾク こわい本」シリーズの編集者が語る巨匠の創作

計算しつくされたセリフとコマ


――角川ホラー文庫では、2021年から楳図かずお先生の「こわい本」シリーズを、2025年5月からは「ゾク こわい本」シリーズを刊行しています。このシリーズはどのような経緯で刊行されることになったのでしょうか。

岸本:楳図先生とのご縁は、私が「ダ・ヴィンチ」編集部に在籍していた約20年前から始まりました。その後私が異動になり、しばらくお付き合いが途絶えてしまって。それでも、先生の「こわい本」シリーズが絶版状態にあることはずっと気になっていました。2019年3月ごろに、関係者経由でこのシリーズを復刊しないかというお話をいただき、渡りに船でしたのですぐOKを出して、角川文庫での刊行を目標に準備に入ったのですが、諸事情でいったん白紙になってしまい……。
その後しばらく先生とのご連絡がつかない状態が続いていたのですが、20年1月に弁護士さん経由で楳図先生サイドから「KADOKAWAで『こわい本』シリーズの刊行を進めたい」というご連絡をいただき、シリーズの刊行に向けて着手しました。
いま財団(一般財団法人UMEZZ)にいる上野さんとお会いしたのもその頃になります。その後、判型を文庫でなくA5にしてはどうかや、フリーの漫画編集者の中野晴行さんに相談しながら台割を作り直すなどの企画変更を経て、20年12月にはほぼシリーズ全体の構成が決まり、21年6月に「新装版 こわい本」1巻2巻を角川ホラー文庫から電子書籍と併せて刊行することになりました。
「こわい本」シリーズは、少女漫画誌、少年漫画誌に掲載された初期短編を中心にした作品集です。とにかく絵をきれいに見せつつ、この本の立ち位置を説明する解題をつけ、先生が漫画界以外にも天才たちとご交友を多く持たれていたことを読者の皆さんに知っていただきたく、著名人との対談を厳選収録しています。当初は全10巻の予定でしたが、制作していくなかで楳図先生のやる気がむくむくと湧き上がり、先生が自選編集なさった11巻『こわい本 猫』も刊行することになりました。



光森:私は、楳図先生との窓口を担当しました。長く入手困難だった作品を復刊するにあたり、編集部で「作品性を損なわない範囲で、現代において差別的とされる表現をご相談しよう」という話になったんですね。該当部分には、編集部で考えた代案をご提案することにしました。

その際、印象的だったのは、先生が前後のコマのリズムを考えて真摯に対応してくださったことです。「こう置き換えるとニュアンスが変わってしまうよね」というように、すべての代案を真剣に検討してくださいました。また、先生には強いこだわりがありながらも、決して頑なではなくて。お話しする中で思いついたこちらの提案を「そっちのほうが面白いね」と柔軟に受け入れてくださることも多々ありました。

また、記憶力も凄まじいんです。当時はおおらかで、編集者がセリフを書いたこともあったようですが、「このセリフは編集者が書いたものだな」「こういう経緯があって変わった」とすべて記憶されていました。曖昧なものが何ひとつなく、セリフもコマもすべて計算しつくされているんだなと思いました。編集作業を通して、あらためて先生の凄さを目の当たりにしました。

岸本:超人的な記憶力ですよね。昔は漫画雑誌に掲載した作品が、A社で単行本になり、B社で文庫になり、C社で再録され……と原稿がどんどん動いていくのが当たり前。その過程で、ページの縦3分の1に勝手に広告を入れられたり、コマが抜けたりするケースもあったようです。それらに関して、先生は「何ページ目のこのコマが抜けている」とすべて覚えていらして。それもあって、『こわい本5 執念』に収録された「ヘビおばさん」は、先生が追加で2ページの原稿を描き下ろしてくださったんです。とはいえ、文庫はすでに見本が刷り上がったあと。そこで、「完全版」と称して電子書籍にだけ原稿を追加しました。本が完成してもまだ修正するというこだわりに圧倒されました。



光森:作品に対してとても誠実で、ご自分の意見を丁寧に伝えてくださるんですよね。だからこそ、「出版社の都合を先生に押し付けてはいけない」「先生のことを第一に考えて編集しよう」と、岸本ともよく話していました。また、先生とおしゃべりするのがとても楽しかったのも、良い思い出です。先生の作品を管理する一般財団法人UMEZZの代表理事・上野さんから「体調を考慮して、打ち合わせは1時間以内で」と言われていましたが、お話ししていると先生がいろんな思い出を語ってくださったり、海外旅行の写真を見せてくださったりと、どんどん脱線してしまったこともありました。漫画だけではなく、テレビのお仕事なども楽しんでやっておられて、素敵だなと思いました。


――先生とやりとりを重ねて刊行された「こわい本」シリーズですが、反響はいかがでしたか?

岸本:これまで入手困難だった作品を手軽に読めるようになり、ご好評をいただきました。それに、カバーもかわいくて。カバーデザインを手がけたアートディレクターの吉田ユニさんは、当時楳図先生のグッズも手がけていたんですね。先生に「カバーデザインはどなたにお願いしましょう」と候補を挙げてご相談したところ、ユニさんに即決。少女漫画誌に掲載された初期作品群を扱っているので、おしゃれでアートで職人芸が魅力のユニさんとの相性もぴったりでした。

お見舞いの花代わりに、病室に持ち込んだ企画書


――「ゾク こわい本」シリーズの企画は、「こわい本」と並行して進んでいたのでしょうか。

光森:いえ、岸本も私も「次の企画をやりたいね」と言いながら、なかなか形にできずにいました。そんな中、2024年7月に上野さんからお電話があり、先生が入院されたことを知りました。ただお見舞いにいっても先生は喜ばないはず。「僕は仕事だけをやってきた人生でした」っておっしゃっていたのを思い出し、「先生を元気づけられるのは新しい企画じゃないか」と考えて、岸本と中野さんとともに「ゾク こわい本」シリーズの企画のたたき台を作りました。それを持ってお見舞いにうかがったところ、先生がとっても喜んでくださり、その場で編集会議が始まったんですよね。

岸本:収録作をその場で決めました。

光森:岸本さんの念願だった「猫目小僧」も、私がどうしても出したかった「赤んぼ少女」も先生がすべてOKをくださり、あっという間に目次が決まりました。しかも、当初は7巻で企画していましたが、「これじゃ足りない」となって全10巻に。先生は「横になったままでごめんね」と言いながらも目はキラキラしていましたし、声にも張りがあって、いつもどおりのご様子でした。1時間以上みっちりお話をして、そこでも先生の記憶力の凄まじさが炸裂して。




岸本:「あそこにあの短編の扉絵があるから」「あの作品はあのバージョンを収録してほしい」と事細かに指示してくださいましたよね。あれだけ作品数が多ければ「どんな話だっけ」となってもおかしくないのに、すべてを写真のように覚えていらっしゃる。

光森:驚きですよね。

岸本:病室には、猫目小僧やまことちゃんなど先生が生み出したキャラクターの人形が置かれ、先生を見守っていました。お元気そうでしたし、各巻にコメントをいただく約束もして、帰り際には笑顔で「バイバーイ」と挨拶してくださって。またすぐに会えるものだと思っていました。

光森:でも、結局それが最後になってしまったんですよね……。本当に残念です。


――お話をうかがっていると、企画に対してもすごく乗り気だったようですね。

岸本:新作も最期までお描きになっていましたし、創作意欲に燃えていました。フランスで評価されたのもあって、先生は「漫画家としてだけでなく、アート作家として世界に認められたい」という強い思いをお持ちでした。私たちも先生の思いを受け継ぎ、世界翻訳の責務を果たしていきたいと思っています。実際、「こわい本」シリーズは英語版、台湾版の刊行が決まっているので、これからどんどん世界の人々に先生の魅力を伝えていきたいです。

光森:
今のお話で思い出しましたが、先生は「ホラー漫画家は、一般の漫画家よりも下に見られていたんです」とおっしゃっていました。「僕が世界でアーティストとして認められたら、後輩たちの地位も上がりますよね」とお話しされていて。ご自身のためというより、後進のことを考えて、そうおっしゃっていたのだと思います。

楳図作品は、怖いだけでなく切なさや寂しさがある


――「ゾク こわい本」シリーズは、どんなコンセプトで編集したのでしょうか。

岸本:多くのホラー作家に影響を与えた名短編、入手困難な作品を中心に、SF、怪談、時代ものなどジャンルも幅広く選んでいます。

光森:「ロマンスの薬」「ミイラ先生」は先生のご要望で収録しました。しかも今回は、原画をお借りしているんです。先生が丁寧に保管していた門外不出の原画をギャラリーページに掲載できたのは、画期的なことだと思います。他にも、若い頃のレアなお写真を掲載しています。


――岸本さんは「霧の中へ」が、光森さんは「赤んぼ少女」がお好きという話でしたが、その理由を教えてください。また、そのほかにお好きな作品はありますか?

光森:「赤んぼ少女」は、化け物と呼ばれ、隠された存在であった「赤んぼ少女」のタマミちゃんに自分を重ねて読んでいました。実際、どんな女の子にも、葉子ちゃんとタマミちゃんの両方がいるんじゃないかと思います。一生懸命で素直な葉子ちゃんの気持ちと、一番になれないもどかしさや疎外される寂しさ、美しい葉子ちゃんが羨ましくてたまらないタマミちゃんの気持ちが同居している。私はタマミちゃんが大好きなので、彼女を「化け物」とは呼びたくなくて。タマミちゃんは自分を愛してほしかっただけ。文庫の帯も、タマミちゃんの気持ちになって「わたしだって、愛が欲しい……」と書きました。

「赤んぼ少女」以外では、連作短編「高校生記者」シリーズも大好きなんです。小学生の頃、耳鼻科の待合室で夢中になって読んだのを覚えていますね。私にとって夏といえば、耳鼻科のアルコール消毒薬のにおいと楳図先生の漫画(笑)。中でも好きなのは「孤独なヨット」です。男女の三角関係をめぐるお話で、ドキドキしながら読みました。楳図先生の作品は、ただ怖いだけでなく切なさや寂しさなどいろんな感情をかき立ててくれますよね。そういったストーリー性が大好きなんです。

岸本:私は、「霧の中へ」が一番好きですね。恋人が得体の知れない形になってしまった時に、自分はどうなるのかという究極の愛の形を描いたSFの傑作です。

私は子どもの頃、明るく社交的だと思われることが多く、クラス委員を任されることも多くて。でも、実は真逆の性格で、ひとりになりたいという思いが強く、目に見えているのとは違う世界への関心が強かったんです。天沢退二郎さんの『光車よ、まわれ!』というダークファンタジーを読んだ時に、「もうひとつの世界はやっぱりあった! これだ!」と思いました。その後、その思いは多くのホラーや幻想小説、漫画の読書を経て、「幽」という怪談雑誌創刊につながっていきました。

楳図先生の漫画には、居場所がない放浪感や寂しさを抱えながらも、心のきれいなキャラクターが登場しますよね。猫目小僧もまさにそう。そういったキャラクターに共感や愛おしさを覚えます。

ホラー界のレジェンドの作品を、手ごろな文庫で


――今回の収録作に限らず、楳図先生の作品にどんな魅力を感じていますか?

岸本:清潔さでしょうか。先生は人間の醜い部分もたくさん描いていますが、ネガティブでドロッとしたオーラではなく、清々しい美しさを感じます。しっかりとした倫理観というか。それは、先生自身が美しい人だからでしょうね。また、母親と子どものお話が多いのも特徴です。子どもが母を求める思いの深さ、寂しさ、ままならなさが切実に描かれ、そこに魅力を感じます。

光森:私は、作品には楳図先生の美意識があふれているように感じられます。先生は海外の建築にもご興味があり、作中で描く屋敷や部屋もとても美しいんです。「赤んぼ少女」のお父さんのコレクション部屋なんて、ドアのしつらえや調度品がすごく魅力的です。

岸本:楳図ハウスでも、先生がお好きなものだけをきれいに並べていましたよね。このコーナーは黄色、こっちは赤と分かれていて、セレクションがとても素敵。ガラス製品がお好きだったようで、街を歩いていて気に入ったものがあればひょいと買って並べちゃう。それがまた素晴らしいセンスなんです。


――最後に、今このタイミングで楳図先生の作品を文庫で届けることの意義をお聞かせください。

岸本:今、空前のホラーブームですよね。楳図先生と言えば「キング オブ ホラー」。先生の作品は、ホラー漫画の原点であり、ホラー小説の原点でもあります。あまたのホラー作家に影響を与えた作品群を、ぜひ多くの方に読んでいただきたいです。

光森:私は文庫という形態が大事だと思っています。高価な愛蔵版は、「好き」という気持ちが強くないとなかなか手に取れません。でも、角川ホラー文庫なら比較的手ごろですし、「この棚に行けば楳図先生の作品に出合える」という安心感がありますよね。このシリーズを通して、「こんなにすごい漫画家が日本にいるんだよ」と伝えられたらうれしいです。

岸本:まさに日本の誇りですよね。ホラーに市民権を与えてくれたレジェンドの作品に、ぜひ触れていただきたいです。

TVアニメ『妖怪伝 猫目小僧』
2026年2月27日(金)DVD BOX発売決定!



1976年に放送された楳図かずお原作のTVアニメ『妖怪伝 猫目小僧』が全話収録初DVD化! 楳図かずおが生前復刻を望んだ名作が、一周忌の今、この令和に甦る!
楳図かずおによる漫画『猫目小僧』は、1967年頃「少年キング」「少年画報」などに連載され人気を博しました。人間の女性と妖怪「ねこまた」との間に生まれ、妖怪からも人間からも嫌われ孤独の身となった子供が、まだ見ぬ産みの母親を探して旅をしながら、行く先々で妖怪と闘い人間を救うという物語です。
1975年に入りアニメ化の企画が始動し、TVアニメ『妖怪伝 猫目小僧』では、一般的なセル画アニメではなく、「ゲキメーション」(「劇画アニメーション」の略)という、それまでにない当時全く新しい手法が採用されました。絵画調の背景にキャラクターの切り絵、それに特殊効果として実写フィルムを複合したこの技法は、電気グルーヴ(ミュージシャン)のPV「モノノケダンス」でも採用され、自らをゲキメーション作家と名乗る映画監督の宇治茶氏など若い世代にも引き継がれ、今改めて注目されています。また、原作の楳図かずおは、OPテーマ「猫目小僧」の作詞・作曲とEDテーマ「見ろよ! この目を」の作詞も担当しました。
『妖怪伝 猫目小僧』は、1990年代初頭に全24話を収録したLD(レーザーディスク)と12話分を収録したVHSが発売、2006年に特典映像として第1話から第3話までを収録した実写版映画『猫目小僧』DVDが発売されましたが、全24話を収録したDVDが発売されるのは今回が初めてとなります。

今回発売されるDVD BOXの特典には、ソノシート『猫目小僧 妖怪水まねき』(朝日ソノラマ、1969年9月発売)に収録された描き下ろしマンガを再録したブックレットと、楳図かずお先生の原画を使用したポストカード5種と特製ステッカーが封入されます。

商品情報

妖怪伝 猫目小僧 DVD BOX(6枚組)
発売日:2026年2月27日(金)
価格:¥39,600(税込)
封入特典(数量限定): ブックレット、ポストカード(原画使用)5枚、特製ステッカー(原画使用)
DVDBOX URL:https://www.kadokawa.co.jp/product/video2419/
発売・販売:KADOKAWA

楳図かずお「ゾク こわい本」シリーズ特設サイト



https://kadobun.jp/special/kazuoumezz/zoku-kowaihon/


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