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特集

緊急寄稿!新型コロナウィルス危機の今だからこそ知りたい、考えたい〈介護という仕事のリアル〉#1

「密閉空間」「手の届く範囲に多くの人がいる」「近距離での会話や発声」――クラスター発生の3条件に加え、重症化率の高い「高齢者」のいる介護施設。加速する新型コロナウィルス拡大の中、介護の現場ではどのような対応を取り、今後に備えているのか――。『神、人を喰う』でサントリー学芸賞、『驚きの介護民俗学』日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞し、いまもデイサービスの管理者として介護の仕事を続ける、六車由実さんが緊急寄稿。全2回でお届けします。まさに今こそ、介護という仕事を考える時かもしれません。

「コロナ禍の中でも私たちが大切にしたいこと」

六車由実(デイサービスすまいるほーむ管理者・生活相談員)

 静岡県沼津市にある高齢者向けの定員10名の小規模デイサービス「すまいるほーむ」。私は、そこの管理者兼生活相談員をしている。「介護民俗学」の実践者であると言えば、ご存じの方もいるかもしれない(著書に『驚きの介護民俗学』、『介護民俗学という希望――「すまいるほーむ」の物語』などがある)。

 本サイトカドブンにこの春から、介護という仕事についての連載を掲載させていただくことになった。すまいるほーむでの実践を綴りながら、介護の仕事とは何か、その大変さも含め、日々向き合っている問題やこの仕事の面白さを書いていく予定だ。

 ところが、春の連載開始に向けて原稿を書き始めようと思った矢先、日本各地で新型コロナウイルスの感染が広がり始めた。そして、あっという間に世界中で感染が爆発的に拡大して、死者も急増し、WHOがパンデミックを宣言するにいたった。

 私たちのすまいるほーむももはや対岸の火事ではない。高齢者や基礎疾患を持った人が重症化する傾向にあるこの未知の感染症をめぐって、感染予防のための対策や今後見込まれる事態への対応に毎日追われることになった。おそらく、日本中の介護施設でも同じ状況にあるだろう。

 だから、本連載を始める前に、まずは、今、介護現場で何が起こっているのか、コロナ禍の中で私たちが何を守ろうとしているのかを、連載開始の前にここに書かせていただくことにした。あくまでも、沼津という地方の小さな施設、しかもデイサービスの状況ではある。けれど、この未曽有の事態の中において介護現場はどうあるべきなのか、読者のみなさんと共に考えていきたい、そのひとつのきっかけを提示したいと思う。

戦々恐々とした毎日

 新型コロナウイルスが日本で広がり始めた2月上旬あたりから、毎年冬季に行っている感染症対策、たとえば、手洗いとうがい、手指や手すり、ドアノブ、テーブル等の消毒、咳エチケットのためのマスク着用等をとにかく徹底して行うようにしてきた。しかし、新型コロナウイルスをめぐる事態が急速に変化し、私たちの警戒と緊張のレベルが高くなったのは、ほぼ一か月2月下旬くらいからである。以来、すまいるほーむの運営を任されている私は、新型コロナウイルスの感染者をすまいるほーむから出さずに、利用者さんやスタッフたちの健康を守りながら、ここの運営を継続していけるように、戦々恐々とした日々をおくっている。

 まずは利用希望を目的とした方やケアマネジャー、ご家族等、利用者さんと関係者のある方を除き、外部からの見学や取材を断るようにした。2月中旬以降、既に、渡航歴のない人への市中感染が都心部では始まっており、新幹線等による出張の自粛や満員電車を避けた時差出勤、テレワークを推奨する会社も増えてきていた。それまでは県内外からの見学や取材を毎月のように受け入れていて、2月も複数来客者があったが、感染リスクを考えると受け入れることは危険であると判断せざるを得なかった。見学を希望されていた方には申し訳ない。

 2月20日頃からは、新型コロナウイルスへの対応を指示する厚生労働省からの通知が、ほぼ毎日のように市役所の長寿福祉課(介護事業所の指導を管轄する部署)からメールで転送されてくるようになった。その中にはかなり具体的な内容が含まれていて、「通所施設における感染拡大防止のための留意点」として、職員は出勤前に体温測定を行い、37.5度以上の発熱があった場合は出勤を行わないよう徹底することや、利用者さんに対しても、送迎車への乗車前に本人の体温を計測し、発熱が認められた場合には利用を断るように、といったことが指示されていた。

 すまいるほーむでも、これをもとに24日には、利用者さんやご家族、そしてスタッフ向けに、お願いの手紙を作成した。毎朝の検温と発熱や風邪の症状があった場合には休んでいただくこと、自宅でも手洗いや手指消毒を徹底し、人混みを避け、不要不急の外出はしないでいただくこと等を、口頭で説明しながら配布し始めた。利用者さんもご家族もとても協力的で、家族と同居の方は連絡帳に体温を記入しておいてくれるし、一人暮らしの利用者さんに対しては各送迎スタッフに検温に行ってもらうようにしたが、嫌がる方は一人もいない。スタッフたちも健康管理にはいつも以上に気を付け、旅行の予定をキャンセルしたり、遠方の実家への帰宅も控えてくれたりしている。利用者さんやご家族、スタッフたちには行動に制限を与えることになってしまって心苦しいが、それぞれが感染リスクを避けようとしてくれていることに心から感謝したい。


利用者さんたちへのお願いのお手紙

 更に、2月下旬になるとより緊迫した状況になっていった。各地でクラスターが発生し、安倍首相がイベントの2週間の自粛要請を発表したり、北海道知事が緊急事態宣言を出したりして、全国的にあらゆるイベントや集まりが中止になり、自粛ムードが一気に加速していった。介護業界も同様で、沼津市では、26日に市の管轄する地域密着型通所介護(すまいるほーむはこの区分にあたる)とケアマネジャー向けの事業者説明会(毎年1回、事業者の代表を集めて、介護保険制度におけるサービスの在り方の注意点や変更点などを指導する、いわゆる集団指導である)が直前になって中止された。ちなみに、3月上旬に千葉県市原市で予定されていた医療・福祉関係者向けの私の講演会も中止となった。どちらも、参加すれば私自身が感染し、すまいるほーむにウイルスを持ち込む危険性があるかもしれないと心配していたので、中止となってほっとしたというのが正直な気持ちである。

 また、利用者さんの心身の状態が変化したり、要介護認定の更新があった時などに、利用者さんやご家族、関係する事業所の担当者、ケアマネジャー等が利用者さんの自宅に集まって話し合う、担当者会議というものが義務付けられているのだが、それについても感染拡大を予防するためということで、特段の変化がない時には開催しなくてもよいというお達しが厚労省からあった。担当者会議は、利用者さん本人の自宅だからこそ聞ける話もあるし、ご家族や他の事業所の方たちとの情報交換もできて、互いの信頼関係を深めるよい機会でもあるから、中止は残念であるし、問題でもあるように私は思う。実際、デイサービス等の介護サービスの利用自体は継続しているのだし、集まる関係者もみな利用者さんに普段から接触している人たちなのだから、その人たちだけが会する場である担当者会議を中止することにどれだけの意味があるのか疑問である。

誰にでも開かれた場所であるということ

 ただ、こうした集まりの自粛ムードや中止の要請により、私たち介護現場での不安はどんどんと高まっていったことは確かだ。すまいるほーむは誰にでも開かれた場所になることを目指して、地域の住民の方たちによるボランティアをお願いしてきた。たとえば、80代の元看護師の米山さん(以後、記事内のお名前はすべて仮名とさせていただく)は毎朝利用者さんたちのバイタル測定に来てくれていて、忙しい朝の時間に私たちは本当に助かっていた。また、近所の鷲田さんは目の不自由な利用者さんへ新聞を読みに来てくれていたし、毎週火曜日には、専門知識を持った香取さんが足の経絡マッサージに来てくれていた。3人とも、利用者さんたちとの関係づくりをとても大切にしてくれる方たちで、利用者さんたちも彼女たちが来てくれるのをとても楽しみにしていた。


バイタル測定のボランティア


新聞朗読ボランティア

 また、すまいるほーむでは毎月季節の行事を行っており、そこには地域の老人会ゆうゆうクラブのみなさんが10名近く参加してくれ、交流を深めていた。一緒にゲームをしたり、カラオケを歌ったりして盛り上がったり。昨年9月に開いた敬老会では、すまいるほーむの利用者さんとスタッフたちは「すまいる劇団」を起ち上げ、みんなで話し合ってシナリオを作成し、練習したお芝居「かぐや姫」をゆうゆうクラブのみなさんの前で上演し、ゆうゆうクラブのみなさんは、華麗なマジックを披露してくれた。10月には、地域の地区センターを会場にして、ゆうゆうクラブのみなさんに加え、その他の地域の方たちも参加して、盛大に運動会も行ったりした。



 実はすまいるほーむは、昨年1月に今の場所(我が家の1階)に移転してきた。最初は私たちも地域の方たちも互いにどう関わっていいのかわからず、手探り状態でぎくしゃくしたところもあったが、1年かけて地域の方たち一人一人との糸が少しずつつながり、それを重ねてゆくことで、ようやくこうした開かれた場ができ始めたところだったのである。

 誰にでも開かれている、ということは介護現場にとってはとても重要なことだ。年々増え続ける、介護施設での職員による利用者への虐待や、利用者から職員へのハラスメント、そして介護職員の離職率の高さ等の問題は、閉塞的な介護現場のありようが大きく影響していると私は考えている。外部の目が入らない閉鎖された空間で利用者と職員だけが関わり続ければ、どうしても互いに疲弊したり、関係に歪みが生じてしまうのではないだろうか。

 たとえば、すまいるほーむでは、地域のボランティアの出入りが頻繁だし、また、介護スタッフや厨房スタッフとしても近所の方たちが毎日交代で働いてくれている。それは人手不足を補ってくれるばかりでなく、私たちスタッフが見過ごしてしまっていたことに気づいてくれる存在にもなっている。「今日○○さん、元気がなかったね、どうしたのかしら」と心配してくれたり、「○○さん、こんなことを言っていたよ」と教えてくれたりする。すまいるほーむでは、利用者さんたちにとってできるだけ何でも言いやすい雰囲気づくりをしているものの、忙しく動いている私たちスタッフには遠慮して言えない時もあるようで、それをボランティアの方に対してぽつりと語ったりすることもあるのだ。様々な立場の人が関わり、複数の目があるということは、利用者さんたちにとっては、頼れる相手がたくさんいる、ということでもあると思う。

 そして、地域の方たちには、すまいるほーむでの活動を知ってもらう機会にもなっている。実際に来てくれている方たちからは、「こんな関わり方があるんだ、こんな場があるんだ、とわかったことで安心した」とか、「自分もいずれここでお世話になりたい」といった言葉をいただいたりしている。「私はああはなりたくない」「あんなになったらおしまい」といった認知症の方への偏見や思い込みも、すまいるほーむでの関わりを通して、少しずつ解消されていけばいいとも思う。そしてそれが、誰もが安心して暮らし続けられる地域づくりへといずれはつながっていってほしいという願いもある。

そして閉ざされた場所に

このように、介護現場が誰にでも開かれているということは、介護現場にとっても、地域にとっても必要な条件なのだ。だが、新型コロナウイルスの感染に対する緊張感の高まりの中では、この必要条件さえもひとまずは休止せざるを得なくなった。当初は、ボランティアやゆうゆうクラブの人たちにも検温や手指消毒、マスクの着用をお願いすることで交流を継続しようと考えていた。でも、毎日報道される感染者数の増加や社会的な自粛ムードの中で、もしすまいるほーむにウイルスが持ち込まれたらという不安が急激に強くなり、警戒レベルも上げざるを得なくなってしまったのだ。そこでやむなく、スタッフ以外の地域の住民の方たちの来所は遠慮してもらうようお願いした。期間は3月いっぱいと考えていたが、今の状況だと4月以降もしばらくの間は難しい。

 更に、追い打ちをかけるように、2月27日に、安倍首相から全国の小中高等学校に春休みまでの臨時休校の要請が出された。対応は自治体によりまちまちだったようだが、沼津市では春休みが始まる3月19日まで休校することになり、小学生を持つ親たちが働けなくなった。

 すまいるほーむにも、小学校1年生の娘さんを育てる非常勤の女性スタッフがいる。谷さんだ。いつもだったら子連れ出勤は大歓迎で、2歳の子供を連れて出勤する別のスタッフもいる。谷さんは、学校が夏休みの時などに、1年生の子と幼稚園の子を連れてきていて、利用者さんたちも私たちスタッフも、子供たちの成長ぶりを見るのを楽しみにしていた。インフルエンザ等の感染症の時期も、症状がない限りは子供たちの出入りを制限することはしてこなかった。けれど、新型コロナウイルスは無症状であっても感染している可能性があり、しかも無症状の感染者からも感染する可能性が高いと言われている。一人で外へは出られない2歳の子であればまだしも、自分の意思で外出のできる小学生が利用者さんたちと接触することへのリスクを考えると、やはり子連れ出勤にOKを出すことはできなかった。谷さんには、親族に子供を預けられる日だけ勤務してもらうことになった。週に1回程度である。

 それでなくてもぎりぎりの人員で運営しているので、谷さんがお休みするのは私たちにとっては大きな痛手だ。でも、他のスタッフみんなの快い協力のおかげで、何とか現場の仕事はまわせている。誰かが体調が悪くなった時、家族がインフルエンザに罹ったり、不幸があったりした時等、今までもスタッフが急に欠けるという危機はたびたびあった。それでも、スタッフたちは文句ひとつ言わずに「お互い様だから」と言って、危機をみんなで乗り越えてきた。負担をかけてしまっていることは申し訳ないが、こんなふうにスタッフに恵まれていることは本当にありがたい。

 ただ、一時的とはいえ、すまいるほーむは利用者さんとスタッフだけの本当に閉ざされた場になってしまった。新型コロナウイルスの感染はますます拡大し、この先これがいつ収束するのか全く先行きを見通せない。閉ざされた場であることが今後も長期間続いていくことによって、利用者さんたちやスタッフたちに、そしてすまいるほーむという場にどんな影響を与えることになるのか。私の不安は大きい。

(#2に続く)


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