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特集

〈働くわたしたちと親の老い〉会議~ぶっちゃけ、「介護のお金」ってどうですか?~『子育てとばして介護かよ』(島影真奈美)刊行記念イベント

「老後資金は2000万円必要」だという報道が、少し前に話題になった。この金額に不安を覚えた人は多いのではないだろうか。筆者には、離れて暮らす両親(いずれも70代)に加えて、ひとり暮らしのおば(70代)がいる。そう遠くないうちに、介護の波が一気に押し寄せてくるだろうという確信に近い予感におびえながら、まだ何の手も打てずにいる。この先、収入が増える見込みはまったくない。自分の老後資金さえままならないのに、親の介護が始まったら、いったいどうなるのだろう。できることなら不安の芽は少しでもつんでおきたいけれど――。
(撮影:松本順子/構成:編集部)
●第1回のイベントレポートはこちら>>「同居しない」という選択

ふみ込みづらいお金の話。
けれど現実は待ったなし!

認知症になった義理の両親を介護している島影真奈美さん、母親の闘病生活と父親の介護を同時に経験した永峰英太郎さん、認知症の祖父母と同居しながら「孫」の立場で介護にかかわった青山ゆずこさん。嫁、息子、孫と、立場も状況も異なる3人は、介護をするなかで、それぞれお金の問題に直面した。

島影
うちの場合、義理の両親の認知症が発覚するきっかけになったのが、義母の「もの盗られ妄想」でした。「ドロボウに入られた」「お金が盗まれた」という、認知症でよくみられる症状のひとつです。なので、介護の初期の段階から、お金の問題にふみ込む必要に迫られました。


島影真奈美さん

島影真奈美さん。笑って泣けてまた笑える“同居しない”介護エッセイ『子育てとばして介護かよ』著者


青山
私は祖父母が暮らす家に同居することになり、それを機に介護のサポートをすることに。幼い頃から祖父母のことが大好きでしたし、「家賃も浮くからラッキー!」と思って一緒に暮らし始めたのですが……想像以上に大変でした。


青山ゆずこさん。認知症の祖父母との暮らしを綴ったコミックエッセイ『ばーちゃんがゴリラになっちゃった。』の著者


あるとき、祖父母の食費が高額なことに気づいた青山さん。よく見てみると、行きつけの寿司屋の食事代がけっこうな金額だったことが判明する。

青山
1回の食事で1万円近く使うことも珍しくありませんでした。一体何を食べているのかと思い、祖父母と一緒に、私もそのお店に行ってみると、具がほとんど見えない“フグ鍋”が7000円。他のメニューも「この量で、こんなに高いの?」と驚くような金額のものばかりでした。

そ、それって、ぼったくりでは!?

青山
そのあたりから私がお金の管理をするようになりました。とはいえ、お金を下ろすときは祖父と一緒に銀行のATMに行き、引き出すのは本人にお願いしました。祖父は通帳の残高を見るのが好きだったので、使っていない古い通帳を渡していました。なので、祖父は自分でお金の管理をしていると思っていたはずです。

母親のがん発覚をきっかけに、父親の認知症介護に直面することになった永峰英太郎さん(お母様はその後、他界された)。介護やお金にまつわる著作が多い永峰さんは、取材を通して、高齢者がお金のトラブルに巻き込まれる話をたくさん聞いてきたという。


永峰英太郎さん

永峰英太郎さん。『親の財産を100%引き継ぐ一番いい方法』など、介護とお金に関する著書多数


永峰
お金って本当にこわい。僕も実体験を含めてさまざまなケースを見てきましたが、相手が認知症だとわかると、人って変わるんです。最初はいい人だったのに、「このくらい(金額をごまかしても)大丈夫だろう」っていうふうになっていく。悪徳商法の被害も深刻ですよね。たとえばあるとき、認知症の人のところに着払いの荷物が届いたとする。その人は、自分が注文したことを忘れてしまったのかもしれないと思って、代金を支払ってしまうんです。そこからどんどんエスカレートしていって……。

島影
離れて暮らしていると、認知症になったことをご近所さんや周囲にどう伝えるか、というのは悩ましいですよね。無防備に「認知症なので……」と伝えると、そこにつけ込んだトラブルに巻き込まれる恐れがある。誰かが不用意に「認知症なんて大変ですね」と声をかけ、義父母が傷つく可能性もありそうだなと思っていました。なので、私は「親が歳をとってきて少し心配なので、なにかあったらいつでも遠慮なくご連絡ください」と、ぼかした言い方で、義父母のかかりつけの病院やよく行くスーパーなどに自分の携帯番号を伝えました。

この話を聞くまで、筆者は両親の住む家のご近所さんに「親が認知症なんで」と伝えるべきだと思い込んでいた。周囲に知ってもらい、少しでも迷惑をかけずにすむように、という思いからだが、その先にあるトラブルの可能性には考えがいたらなかった。たしかに、起こりうる話だ。そして、離れて暮らしていると気づかずに、どんどん被害が大きくなっていくおそれもある。

危篤の母にたずねた「暗証番号」

年齢とともに、お金の管理が難しくなるという話はよく聞く。「家族がサポートするのが理想だとは思うが、いったいいつから、どんな準備をしたらよいのだろう。家族の関係性によっても異なるだろうが、なかなかふみ込みにくい話題なわけで。

永峰
僕の場合ですが、お恥ずかしながら、「うちの親が認知症になるわけない」と思っていたんです。両親ともに健康で病気知らずだったので、「100歳まで元気に長生きするだろう」と信じて疑っていなかった。それがある日突然、母が末期がんであることが判明し、時を同じくして父の認知症も発覚します。なんの準備もできないまま母の看病と父の介護に追われる日々が始まりました。

うちはお金の管理は、すべて母親が仕切っていました。通帳の保管場所は聞いていたけれど、キャッシュカードの暗証番号がわからないからお金を下ろせない。しかも、母は早々に病気を治し、自分が父の世話をするつもりでいる。そんな状況で「もしも」のときのお金の話を切り出すことはとてもできませんでした。でも、医療費や介護費用の支払いは待ってくれません。僕の頭の中はもう、お金のことでいっぱいで、母の看病や父の介護どころじゃなくなってしまって。自分がこんなにお金のことで振り回されるとは思っていませんでした。

母が危篤になり、一瞬意識が戻ったとき、そこで僕が何をしたかといえば、「暗証番号は?」と聞いたんです。母からしてみれば、いったい何を言っているんだという話ですよね。それでも4桁の番号を答えてくれて……。これでやっとお金の苦労から解放される! と大喜びで銀行に行くと、実はその番号は違っていた、というオチがつくのですが……。

お金の問題はこじれると、家族の関係にも影を落とす。

青山
お金の問題は難しいですよね。立て替えた金額も少額だと請求しづらいですし、「この程度の金額ならいいよ」と、つい口にしてしまいがちです。そのときは本当にそう思っているんです。けれど、立て替え費用がかさむと、心身ともに余裕がなくなってきたときにこじれてしまう。「なんで私ばっかり」って。

うちの場合、祖父母の実子にあたる、私の母とおばと状況を共有しながら介護をしていました。お金についても、できるだけ細かく報告してはいたのですが、家族全員に余裕がなくなってくると、たとえば父やおじが冗談で言った「誰かがお金をちょろまかしているんじゃないか」なんて発言も笑い飛ばせなくなってしまうんです。そんな感じで、次第に雰囲気が悪くなっていきました。

そこで青山さんは、「見える化」を徹底したそうだ。

青山
それまで、介護にかんする情報は、母とおばの3人で、LINEグループを作ってやり取りしていたんです。そこに父とおじも加えました。お金のことについてはもちろんですが、それ以外にも日々の祖父母の状況を伝えるために、写真や動画を撮って送るようにしたんです。これがとても効果的でした。父とおじは、祖父母の認知症の進み具合がよく見えていなかったし、暮らしぶりもわかっていなかったんですよね。それがつまびらかになったことで、全員が介護の当事者になれました。

島影
家ごとの“暗黙の了解”の違いもありますね。わたしの実家は、わりとぶっちゃけベースでお金の話をしちゃう家でしたが、夫の実家は違いました。私はもちろん、夫が義両親とお金の話をしているのもほとんど見たことがないというような状況で、介護に突入したんです。通院のときのタクシー代や診療費、薬代などひとつひとつはたいした金額ではないのですが、夫が立て替えるのを見ながら「いつまで続くんだろう」と、もやもやした気持ちを抱えていました。とはいえ私が「立て替え精算、どうしましょうか!?」と切り出すのもおかしいし、夫を急かすことにもためらいがあって。「早く話し合ってくれ~~~」と念を送りながら、じりじりした気持ちで見守っていました。

お金について話し合うチャンスは
思わぬところでやってきた

島影
介護保険サービスの利用を開始するにあたって、利用料の引き落とし手続きが必要になります。でも、義父が書類に捺印した印影が「届出印と異なっている」と次々に書類が差し戻されてしまった。このトラブルをきっかけに、夫と義父が今後のお金の管理について話し合うことになり、結論からいうと、驚くくらいすんなり話が進みました。

最初は「家計用」の口座を預かり、義父の指示にしたがって指定された金額を下ろしたり、通帳の記帳を代わりに行ったりするところからスタート。そのうち、年金口座から家計口座への資金移動を頼まれるようになり……と段階を経て、少しずつ管理をお手伝いする範囲を広げていきました。

永峰さんは、自身の経験をふまえ「親が元気なうちにこそ、お金の話をしておくべき」と強調する。

永峰
自分がお金のことで苦しんだ経験をふまえて言うならば、親が元気なうちにキャッシュカードの暗証番号を聞いておくことをおすすめします。

さらに言うならば、親の預貯金額と年金額が把握できると、介護にどれだけのお金をかけられるかもシミュレーションしやすくなると思います。

ただ、暗証番号がわかっていればすべてクリアできるかというと、そういうわけではありません。例えば、定期預金は本人以外解約できません。では、年をとったら定期預金の扱いをどうするか。そういったことを含めて、家族で話しあいができる関係を築けるようになるといいですよね。

お金について話し合うときのポイントは?
言ってはいけないNGワード

永峰さんが言うように、親が元気なうちにお金について家族で話し合えるのが理想だろう。だけど、切り出すきっかけがつかめないという現実がある。「なんでいまそんな話をするんだ!」「親に早く死んでもらいたいと思っているのか」などと、気分を害されて、タブーな話題になってしまうのでは……という不安もある。

島影
親とお金について話し合うときは、親が“大きなお世話”と感じる可能性を頭の片隅に置いておくことをおすすめします。親が元気なうちはもちろん、弱ってきてすでに何らかの心配事が起きていたとしても、「もう歳なんだから」「自分では無理でしょう?」などと否定するような言い回しは禁物です。

子育てとばして介護かよ』にも書きましたが、夫が義父とお金について話をする前にかなり念入りにやりとりをシミュレーションし、作戦会議をしました。親にピシャリと拒絶されたとき、どう撤退し、次につなげるか。最悪の事態も想定しておけば、焦って余計なことを言い、関係がこじれるのも避けられます。

ただ、こちらが心配するほど親に忌避感はなく、むしろ「そろそろ、話をしておきたい」と思いながら、きっかけをつかめずに先送りしている可能性もあります。親が元気なうちであれば、多少失敗しても、間をあけて複数回トライすることもできます。いきなり結論を急がず、「テレビで“老後のお金”についてやってたんだけど……」などと、軽い雑談として話を振ってみるのも手です。


イベントでは「成年後見人」についても話題にのぼった

このイベントから数日後、冒頭で触れたひとり暮らしのおばに会うことになった。「最近仕事で、自分の老後や介護にかかるお金について勉強しているの」とおそるおそる切り出すと、おばは自身の老後資金のことを話してくれた。暗証番号のことに加えて、「定期預金や株はすでに整理してあるのよ」という情報まで教えてくれたのだ。どうやら、なにかあったら姪である私(と姉)にすべてをまかせたいと考え、話をする機会を待っていたらしい。ふみ込んだ話をするのは次の機会になったが、こちらが拍子抜けするくらいあっさりと前に進んだ。次は姉をまじえて、両親と話をしてみよう。


書影

島影真奈美『子育てとばして介護かよ』


島影真奈美
子育てとばして介護かよ』の著者。ライター・編集者として多忙な日々を過ごしながら、2017年からは桜美林大学大学院「老年学研究科」で老年学について研究している。大学院入学とほぼ同じタイミングで義父母の認知症が発覚し、現在は介護のキーパーソンとして別居介護を実践する。
■Twitter@babakikaku_s

永峰英太郎
フリーライター。母の看病と認知症の父の介護を担うなかで「成年後見人」になる。その経験を経て上梓した『親の財産を100%引き継ぐ一番いい方法』『70歳をすぎた親が元気なうちに読んでおく本・改訂版』『認知症の親と「成年後見人」』が、介護の不安を抱える読者の支持を得る。
■Twitter@dokemono

青山ゆずこ
「体験型」介護ジャーナリスト、フリーライター、漫画家。25歳のときに、認知症になった祖父母と同居しながら認知症と在宅介護に体当たりで向き合う。その様子を綴ったコミックエッセイ『ばーちゃんがゴリラになっちゃった。』で注目を集める。
■Twitter@yuzubird

<働くわたしたちと親の老い>会議
~ぶっちゃけ、「介護のお金」ってどうですか?
下北沢 本屋B&Bにて2020年2月15日開催


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