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特集

〈働くわたしたちと親の老い〉会議 ~「同居しない」という選択~『子育てとばして介護かよ』(島影真奈美)刊行記念イベント

「超高齢社会」のいま、これから多くの人が直面するであろう親の介護。仕事を続けながら、離れて暮らす親の生活をどうサポートすればいいのか。いや、そもそも同居せずに介護すること自体できるものなの? 不安をわかち合い、役立つヒントをシェアしようということで行われた今回のイベント。ライターとして、料理家として、ブロガーとして、働きながら介護を続ける3人が、とことん語り合いました!
(取材・文:高倉優子 / 撮影:松浦達也)

息子の浮気疑惑、孫への怒声、身体的な衰え……
3人が目の当たりにした親の「老い」とは?

 フリーのライターとして活躍している島影真奈美さんは、大学院に通うかたわら、認知症になった義理の両親を介護している。まさに「仕事」「学業」「介護」の3足のわらじを履く生活だ。

 著書の『子育てとばして介護かよ』でも触れられているが、認知症のサインは、義母からかかってきた1本の電話だったという。それは、義母が息子(島影さんの夫)の浮気を疑う内容だった。家に見知らぬ男物の傘があり、現金3万円と通帳がなくなった。浮気をしている息子がお金ほしさに実家に忍び込んだのではないか……という疑念を抱いたというのだ。


島影真奈美さん

島影真奈美さん(笑って泣けてまた笑える“同居しない”介護エッセイ『子育てとばして介護かよ』著者)


島影
そのときは私も夫も、深刻にはとらえていなかったんです。でも約半年後、「家に勝手に出入りして物を盗む女がいる」と義母が言い出したとき、あわてて、もの忘れ外来を受診することに。中程度の認知症と診断されました。ほぼ同時期に、義父が軽度の認知症だということも発覚します。義父が89歳、義母は86歳のときでした。

 料理家の金子文恵さんは、札幌市に暮らす父親と会うのは年に2~3回だった。あるときから記憶の上書きができなくなっているのを感じた。たとえば何らかの予定を入れていた日を変更すると、変えたあとの日付を覚えられないといったことが続いたという。


金子文恵さん


金子
かわいがっている孫(妹の子ども)に父が怒声を浴びせているのを聞いたとき、「さすがにちょっとおかしい」と思いました。その後、同じ札幌市内に暮らす妹が付き添ってもの忘れ外来を受診したところ、軽度の認知症と診断されました。

 海外で暮らしていた和田亜希子さんは、2014年に本帰国した際、20数年ぶりに実家で両親と同居を始めた。それまでお盆と正月だけ帰省していたときは気づかなかったが、一緒に暮らすと両親の老いを実感することが多くなった。


和田亜希子さん


和田
母親は平坦なところで転びそうになったり、録画した同じドラマを何度も繰り返し見たり。そんな姿を見るうちに、「もしかしたら……」と心配になりました。

そもそも「同居せずに」介護って、本当にできるの?

 島影さんによると、そろそろ親の介護が必要かもしれないと感じる人は、次のような悩みを持つことが多いという。

  • 介護が始まったら、一時的にでも親と同居して助けたほうがいいのではないか。
  • そうなった場合は今の生活や仕事は続けられるのか。

 誰だって今ある自分の環境を大きく変えたくはないものだ。けれど緊急に介護を始めることになったら、慌てて仕事を辞めたり、同居を選んだり、実家の近くに引っ越したりしてしまう人もいるかもしれない。

島影
私は初めに「仕事は辞めない、同居もしない」と決めました。ところが、もろもろの手続きを進め、介護体制を整えていくなかで、「やっぱり近所に引っ越したほうがいいかも……」と、ものすごく迷ったことがあったんです。そのとき夫に「本当に近くに住みたいの?」と聞かれて、ハッと我に返りました。すべてのことを「自分がやらなきゃ」と気負っていたんですね。自宅から夫の実家までは片道1時間半ぐらいの距離ですが、結局、月に2度くらいのペースで通うことにしました。あのとき引っ越さなくてよかったと、いまは思います。

 金子さんは、父親の認知症が進み、独居が難しくなったことをきっかけに、妹から「東京を引き払って戻ってきてほしい」と懇願された。

金子
お先真っ暗でしたね。東京での生活も仕事も充実していたので「これで私の人生終わったな」と。それまでは父と同じ市内に住む妹に負担をかけていたし、自分は長女だから仕方ないと泣く泣く帰ることを考えました。ところが、正月に開いた家族会議の結果、姉妹で役割を分担して別居介護をしていこうということに。私が病院やケアマネジャーさんとのやりとりを、お金の管理と緊急時の対応は妹が担当することになりました。現在は、月に1度、父の20~25日分の食事を作るために帰省しています。

 筆者にも、九州・熊本で暮らす70代の母がいる。幸いにも妹家族と二世帯住宅で暮らしているので、金子さんのように家族から「帰ってきて!」というSOSが出る可能性は低い。とはいえ、介護全般を妹家族に任せきりにするわけにはいかないし、分担するというのは非常にいいアイデアだと思った。親が元気なうちから、自分だったら何ができるかを考え、揉めないためにも役割について家族と話し合っておく必要があると思う。

 和田さんの場合、自身は都内のシェアハウスで暮らし、家族に手助けが必要なときだけ千葉の実家で同居するという独自の介護生活を続けてきた。

和田
ずっと同居して介護を続けているとお互いにストレスがたまって怒鳴り合うこともある。だから適度に距離が取れて、いつでも引き払うことができる拠点(シェアハウス)で暮らすことが自分にとっては最適だったんです。

 和田さん同様、未婚でフリーランスの筆者には目からウロコだった。そうか、そういう手もあるのね、と。同居か別居という二者択一ではなく、選択肢はいろいろあったほうがいいはずだし、親の介護のために自分の人生を諦めることはないのだ。

 ただし、和田さんの介護生活は一筋縄ではいかない。2017年に父親が悪性リンパ種のために入院すると、時を同じくして、母親が自宅で寝たきり生活となる。東京での生活を切り上げ、実家に戻って昼夜におよぶ看護と介護の日々が始まったのだ。重篤な状態だった父に付き添って日中は病院で過ごし、その後はバスで1時間かけて自宅に戻り、母親の食事から下の世話までする毎日だった。「私が倒れたらふたりともダメになる」とつねに気を張っていたという。

 その後、未婚で子のいない伯母が脳梗塞で倒れ、同時に3人の介護や看護をしたこともある和田さんだが、全員の症状が落ち着いたタイミングでシェアハウス生活を再開させた。現在は月に1度、様子を見るために実家に戻っている。



離れているからこそ気になる「食事」と「栄養状態」の問題。
作り置きをしたり、外部サービスに頼ったり

 離れて暮らす親の介護をする上で、子どもが頭を悩ませるのが食事問題だ。認知症に限らず、加齢によるもの忘れでも「火の消し忘れ」「空焚き」といったトラブルは起きる。調理が億劫になったり、栄養バランスを無視する食生活を続けたり……と悩みは尽きない。料理家の金子さんは、独居で栄養状態が悪くなり、体重が50キロを切ったひとり暮らしの父親のために、月に1度「親ごはん」を作り置きする生活を続けてきた。

金子
「親ごはん」とは、主菜1品と副菜4品をお弁当の状態にしてタッパーに詰めて冷凍したもの。フタには主菜の名前を書いておき、父親が食べたいものを選んで冷蔵庫解凍して食べられるようにしています。火も使わないし、その日の気分で父親が好きな主菜を選べます。この「親ごはん」を作るようになってから、父親の体重も60キロまで戻りました。
すべて手作りするのは大変なので、主菜だけ作ってもいいし、副菜も2種類だっていい。それも冷凍ブロッコリーにマヨネーズをかけたもの、など簡単なものでいいんですよ。介護は10年以上続く場合もあるので、頑張りすぎないことが大切です。


イベント会場でふるまわれた、金子さん手作りの「親ごはん」


 一方、島影さんは介護保険によるサービスと民間サービス(介護保険外)を組み合わせてフル活用。「そういえば、義父母に手料理をふるまったことは一度もありません」と笑う。

島影
介護保険で利用できる「通所介護」(デイサービス)や「通所リハビリ」(デイケア)では昼食やおやつが出るし、入浴もできます。そこで栄養バランスを改善しつつ、夕食は宅配弁当を利用しました。うちの義父母は電子レンジでの温めが若干不安だったので、ほの温かい状態のものを夕飯どきに届けてくれる業者を探しました。

和田
うちは、セブン-イレブンの宅配サービス「セブンミール」が便利でした。メールアドレスなどを登録すればいつでも注文できますし、栄養バランスのよいお弁当や生鮮食品、デザートなどを自宅に届けてもらえるんです。高齢者だけでなく、料理が苦手な人や、普段自炊しているけれどたまには手を抜きたいという人も活用できるサービスだと思いました。

 食べることは、生きること。しかも日々のことだからこそ、親の食事は、もっとも頭を悩ませる問題だ。料理が好きな人は金子さんの「親ごはん」を参考にして作ってみるのもいいだろう。けれど、金子さんが言うように、介護は長年続く場合も多い。疲れて心が折れてしまわないように、島影さんや和田さんのやり方を参考に、施設やサービスを上手に活用するのがいいと思った。そしてもうひとつ。世間体を気にすることはないと思う。「義父母に手料理を振る舞ったことは一度もありません」と笑っていた島影さんの大らかさや、いい意味での諦めが、長く介護を続けるために必要なことだと思う。

そんな介護まっただ中の3人が望むのは、どんな社会?

 会場の参加者から、こんな質問があった。
「今後、行政に充実させてほしいサービスはありますか?」

金子
公共の交通機関が充実していないエリアで暮らす人たちの移動手段となるシステムを構築してほしいですね。Uber Eatsの配達員みたいな協力者が地域にいて、行政からの要請があれば車を出す、とか。

和田
伯母が病に倒れたとき、誰にも気づかれずに9日間も自宅で横たわっていました。そのことを思うと、シングルである自分の将来も不安です。高齢者施設の一歩手前として、中高年向けのシェアハウスなどの集合住宅が充実すればいいなと思いますね。

島影
実際に介護が始まってわかったのは、認知症になったからといって、「いきなり何もかもできなくなるわけではない」ということ。困ることや不自由なことは次々に出てきます。でも、一部の手助けがあれば、これまでの生活を続けられる時間も残されています。「認知症をどう予防するか」は関心が高いテーマです。ただ、重要なのは「認知症は予防可能」といっても「ずっと認知症にならない」という意味ではなく、「認知症になる時期の先送り」だということです。つまり、順調に年を重ねていけば、いずれ誰もが認知症になりうる。そう考えると、認知症におびえ、必死に予防に励むより、認知症になったとしても、介護が必要になってもごく自然に受け入れてくれる社会に少しでも近づけていきたい。わたし個人としても、そうありたいと思っています。

 3人の話を聞きながら、筆者は相槌を打ちまくっていた。それくらい考えさせられる重要な話ばかりだった。介護は人ごとじゃない。それなのになぜ何も知らなかったんだろうと無知を恥じるとともに、親の老いや介護に直面するミドル世代はもちろん、もっと若い世代にも伝えていく必要があると痛感した。
 島影さんの著書『子育てとばして介護かよ』のなかには、驚くべきエピソードがてんこもりだ。これまで認知症のサインとして、冷蔵庫に賞味期限切れの食材が増えたらとか、部屋の片づけができなくなったら疑わしいなどと聞いたことはあった。けれど、「家に勝手に出入りして物を盗む女がいる」と思い込むことがあるなんて驚いた。しかも認知症の疑いが高いにもかかわらず、「自分は大丈夫」と言う親たち。大変でしたね、お察ししますと読みながら何度も思ったし、私が同じような体験をする可能性だってあるんだから心しておかねばと思った。
 家族なのに(いや、家族だからこそ)向き合い方は難しい。でも大切な存在だからこそ、お互い気持ちよく付き合っていけるように、知識を備えておいてほしい。『子育てとばして介護かよ』は、その一助になってくれる1冊だ。


書影

『子育てとばして介護かよ』(著:島影真奈美/イラスト・マンガ:川)


〈働くわたしたちと親の老い〉会議 第2回が開催決定!
~ ぶっちゃけ、『介護のお金』ってどうですか?
2020年2月15日(土)15:00~
下北沢 本屋B&B にて
http://bookandbeer.com/event/20200215a/

今回のテーマは介護にまつわるお金の話。
親子とはいえ、いや、だからこそ(!?)、お金の話って切り出しにくいですよね。
介護費用を誰がどのくらい負担しているのか……この日は具体例を挙げながら、とことん語ります!

島影真奈美
子育てとばして介護かよ』の著者。宮城県出身の46歳。ライター・編集者として多忙な日々を過ごしながら、2017年からは桜美林大学大学院「老年学研究科」で老年学について研究している。31歳のとき同業者の夫と結婚。大学院入学とほぼ同じタイミングで義父母の認知症が発覚し、現在は介護のキーパーソンとして別居介護を実践する。
■Twitter
@babakikaku_s

金子文恵
料理家。北海道出身。ファッションデザイナーとして活動後、おもてなし好きが高じて料理家の道へ。認知症の父親の介護をするために月に1度、郷里の北海道に帰省し、父親が食べる料理を作り置きしている。レシピをまとめた著書『なにしろ、親のごはんが気になるもので。』も発売中。
■ふみえ食堂
https://fumie823.exblog.jp

和田亜希子
千葉県出身。専門的な情報をコンパクトに紹介する「ミニサイト」を作る「ミニサイト作り職人」(ブロガー)という肩書きで、最新の情報を発信。千葉で暮らす両親と伯母を介護・看護しながら、都内や横浜のシェアハウスで暮らすという2拠点生活を送っている。
■WADA-blog(わだぶろぐ)
https://wadablog.com/

<働くわたしたちと親の老い>会議
~「同居しない」という選択
下北沢 本屋B&Bにて2019年11月8日開催


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