君嶋彼方『夜がうたた寝してる間に』(角川文庫)の刊行を記念して、巻末に収録された「解説」を特別公開!
君嶋彼方『夜がうたた寝してる間に』文庫巻末解説
解説
いつだって隣の芝生はやたらと青い。
どうしてあいつは、あんなにも運動ができやがる。さして勉強している様子もないのに、あいつの成績がいいのはいったいどういう理屈だ。あいつは顔がいいし、あいつは病気ひとつしないし、あいつは死ぬほど金を持っているし、あいつばかりがみるみる出世をしていく。個人的には、またこの作家はこんなにも面白い小説を書きやがってという
二〇二一年九月、ひょんなことから体が入れ替わってしまった男女の半生を描いた快作『君の顔では泣けない』で鮮烈なデビューを飾った
およそ一万人に一人の割合で特殊能力を有する人間が存在する世界で、高校二年生の
あらすじを聞けばなるほど、これは極めて明快な特殊設定ミステリ作品に違いないだとか、能力者たちが自らの力を駆使して争う知能バトル系の作品なのだろうなどと早合点してしまいそうになるのだが、どっこい物語の行方はそう単純ではない。どこかで聞いたことがあるようなおなじみのモチーフを扱いながらも、読者の誰もが予想し得ない地点まで登場人物たちを丁寧に、慎重に、いっそ脳内にダイブするようにして深く掘り下げ、誰も見たことがない新しい物語を構築するのが、他でもない君嶋彼方の真骨頂である。本作も見事なまでに、誰も見たことがない異能力小説に仕上がっている。
そもそも特殊能力というものは、どうしたって多くのフィクション作品において
果たして、本当にそうなるのだろうか。
あるいは、以下のように言い換えることができるかもしれない。
本当にその芝生は、そこまで青いのか。
職人技と呼んでもいい君嶋の分析と再構築によって作り上げられた本作の世界では、結果的に大変面白い逆転現象が発生している。能力者は差別される側に回っており、一部の能力者に至っては「特地区」と呼ばれる特殊な区域に追いやられてしまっている(ようにも見える)。なるほど、確かに数が少なければどうしたって能力者の立場は悪くなってしまうだろうし、一般人から見れば恐怖や差別の対象になり得る。何かしらトラブルが発生すれば彼らを疑いたくなるのも道理と言えば道理で、西洋における魔女狩りのような状態になることにも合点がいく。どうやら能力者の芝生は、思っていたよりも青くなさそうだ。いやはや、彼らには彼らで悩みがあるのだなあ──で、終わってしまえば、そこで物語が
本作において本当に
ここに
「みんな結構、必死でみっともなく生きてるよ」
「必死で生きてるから、噓とか隠し事とかするんだろうしね、きっと」
こういった内面的な
そうして紡がれていく物語の結末には、チープな奇跡、あるいは力業めいたご都合主義は登場しない。ゆえに君嶋の作品には得も言われぬ強度と質量が宿る。
まだまだ語りたい美点は山ほどあるのだが、残念なことに割ける紙幅がもうほとんどない。地の文と会話文のトーンの違いによって主人公の息苦しさや虚勢を表現する手法には
なんてことだ、君嶋彼方。私はチッと短く舌打ちを放ってから、思わず独りごちる。
やっぱり君嶋彼方の芝生は、だいぶ青いような気がする。
作品紹介
書 名: 夜がうたた寝してる間に
著 者:君嶋彼方
発売日:2025年10月24日
『君の顔では泣けない』の著者が放つ、小説野性時代新人賞受賞第一作!
冴木旭はクラスの面々とは分け隔てなく話すし他クラスにも友達が多い“普通の”高校2年生。ただ1点、「時間を止められる力を持っている」以外は。全校生徒数百人中「特殊能力所持者」は旭を含め3人。「普通の人」と同じように生きたいと願う旭だったが、ある日、教室の窓から大量の机が投げ捨てられる事件が発生し、能力者達に疑いの目が向けられる……。誰もが心揺さぶられる、新感覚異種能力青春譚! 解説・浅倉秋成
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