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連載

逸木 裕「空想クラブ」 vol.14

【連載小説】「郷原、のことだ。キレたら止まらないらしい」少女の死の真相は? 青春ミステリの最新型! 逸木裕「空想クラブ」#14

逸木 裕「空想クラブ」

※本記事は連載小説です。

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駿しゆん、おせえぞ。朝になっちまう」
 二十一時。ぼくと隼人は、国道を自転車で飛ばしていた。母さんと交渉して出てきたけど、こんな夜に隼人と会っているのが少し不思議だ。
〈今日は放課後に、《子供》を捜してたよ〉
 会うなり隼人は報告してくれた。ぼくが涼子と揉めているころ、アプリで作った似顔絵を持って、川沿いのマンションを聞き込んでくれたらしい。
〈小学生の子供が、夜にそんなに遠くまで出歩くとは思えない。川沿いのマンションに住んでる可能性が高いと思う〉
 そんな推測をもとに聞き込みをしてくれたみたいだけど、今日は空振りだったようだ。茶髪の子供なんて、すぐに見つかると思ったんだけどなあ。隼人は首をひねっていたが、まだ話を聞けていない世帯も多いので、引き続きやってみるとのことだった。
 隼人はペダルを踏み込んで、自転車を飛ばしていく。もともとぼくの何倍も体力がある上、ビアンキのクロスバイクに乗っていて、必死にがないととても追いつけない。ふう、今日は誰かを追いかけてばかりだ。
 目的地は〈ささくらセントラルパーク〉だった。
 このあたりではダントツに広い総合公園で、陸上競技場が入っているので隼人もよく試合でくるらしい。長い桜並木もあって、ぼくも四月になると父さんや母さんと桜を見にくる。
〈この辺で一番空がれいなのは、夜のセントラルパーク。街灯も少ないし、マンションやビルなんかの光源から距離があるから、街のほかの場所より空が暗い〉
「これがこの街で一番綺麗な空、ねえ」
 公園の高台に登ったところで、隼人が不満そうに言った。
 隼人の気持ちは判る。一番綺麗な空という割に、一面っすらと白く濁っていて、それでも見える明るめの星がバラバラと散らばっているだけだ。
「空が白いなんて言われるまであんまり気にしたことなかったけど、言われてみるとそうだな」
 隼人はリュックを下ろし、一眼レフカメラと三脚を取りだした。隼人には十歳年上の兄がいて、今度子供が生まれるからと買ったものを借りてきたそうだ。
〈私は、本当の夜を知らない〉
 光害調査をやっている理由を聞くと、真夜は寂しそうに言っていた。
かつしかおうっていう浮世絵の画家、知ってる?〉
 ああ、ほくさいの娘だろと、圭一郎が答えた。
〈応為は、夜を積極的に描いた浮世絵師だったの。浮世絵ってカラフルで開放的な絵が多いから、展覧会に行くと青とか赤とか明るい色ばかりなんだけど、応為の絵だけが真っ黒で、すごい異彩を放ってる。それを見てると、昔の日本はこうだったのかって驚くよ。夜になるとあたりは真っ暗になって、手を伸ばした先にすら何があるかも判らない。闇の中に点々とあんどんあかりがあって、その周囲だけがほんの少しだけ浮かび上がってる。空を見上げると、星、星、星、星──〉
 目を細めながら空を見る。昔の星夜を空想するように。
〈パリとかフィレンツェあたりの、ヨーロッパの街並みって、すごい綺麗じゃない? あれって、星空になると一番映えるように作られてる、って説があるらしいよ。たくさんの星が放つ柔らかい光が、石やれんで造られた建物に降り注いで、街がぼんやりと浮かび上がる。月の満ち欠けが移り変わるにつれて、空からやってくる光の量や濃さが変わって、街は毎晩少しずつ違った表情になっていく。でももう、そういうものは絶対に見られない。いつも同じ人工的な灯りが街を照らしていて、それは今後ずっと、明るくなっていくだけなんだ〉
 その流れを少しでも食い止めたいと、真夜は言っていた。街中の照明を暗いものに替えていくこと。上方光束比という、上への光が漏れる割合を少なくするための反射板を、街灯にひさしのようにつけていくこと。人がいるときだけ照明がつくようなシステムを、あちこちに導入すること。そういうけいもうをしたくて光害調査をやっているんだと。
 パシャリ。
 隼人がファインダーをのぞき込み、夜空の撮影をはじめている。SQMを借りられなかったら、とりあえず夜空の写真だけでも撮ってきてほしいと言われ、撮影の条件をあらかじめ教えてもらっていた。環境省が推奨しているデジカメ撮影での光量の測りかたがあるらしく、F値だのISO感度だの聞き慣れない単語をそのままメモしてきたのだ。
 一枚撮るのに、シャッタースピードを三十秒ほどにしなければならないらしく、隼人は三脚の位置を調整して次の撮影をはじめる。初心者なのに、カメラに向かう隼人の姿はキビキビとしていてかっこいい。写真を撮るのにも、運動神経って関係あるのかもしれないな。
「結構、大変な作業だよな」
 隼人はスマホを見て言う。笹倉市全域のグーグルマップが表示されていて、あちこちに立っているピンをタップすると空の明るさが数値で表示される。真夜と涼子が作っていた地図だ。
「これ見ると、一晩にチャリで十キロくらい走らないと全部回れないぜ。あいつ運動苦手なのに、よくやってたよな」
「好きなことをやるときの真夜は、エネルギッシュだったからね」
「まあな。でもこれ、観測地点が、一回全部変わってるんだな」
 隼人はスマホを見せてくる。ピンをタップすると、月ごとの明るさの変化が吹きだしで現れるのだけれど、去年の八月に観測地点が全部変わったらしい。去年の八月までの記録が書かれているピンと、去年の九月からの記録が書かれているピンの、二種類が混在している。
「八月までは河原とか学校とかが入ってたのに、いまじゃ観測地点になってない。まあ、前の観測地域を見てると、明らかに広すぎる感じはするけど」
 前の観測エリアを見ると、市の外れのほうまで行って観測しているみたいだ。新しい観測エリアは、もっとコンパクトにまとまっている。
「まあそれでも大変だよな。本当の夜が、見たい──か。俺にはよく判んないけど、真夜にとっては大切なことなんだよな」
 隼人はファインダーを覗き込む。そしてまた、一眼レフで撮影をはじめた。
 ──本当の、夜か。
 ぼくは、白んだ空を見上げた。
 地球上には、まだ暗い夜が保存されている公園や島があるという。ぼくの〈力〉を使えば、そこを見ることはできるし、真夜に情景を伝えることもできると思う。でも、東京のこうこうたる星月夜や、優しい星明かりに照らしだされるヨーロッパの都市なんてものは、もうどこにもない。
 時間が経つと、色々なものが失われていく。その中にはもう二度と元に戻らないものがあるということを、最近少しずつ判りだしている。
「涼子の両親、別居してるらしいぜ」
「え?」
 隼人が、ファインダーを覗き込んだまま、突然言った。
「別居って、離婚したってこと?」
「そこまでは知らねえけど、去年、母親と一緒に涼子も家を出たって聞いた。まあ、東京の私立にまだ通ってるってことは、父親から金はもらってるのかもしれないけど。もともと、親同士の仲が微妙だったらしい。親が離婚したら、子供も荒れるだろ。涼子が変なやつとつるんでるのは、そのせいなんじゃないか」
「そうなんだ……」
「真夜と会わなくなったのも、それが原因かもしれないな。涼子のお父さんと真夜のお父さん、友達だったろ。真夜の家庭は仲いいんだから、比べちゃって、会うのがきつくなって、全然別のグループに出入りするようになったのかも」
 写真を撮り終えたのか、隼人は三脚からカメラを外しはじめる。
「涼子のことは、もうほっといたほうがいいかもな」
「なんで? 真夜は、涼子に会いたがってたよ」
「涼子のことも考えろよ。その調子じゃSQMも借りられないだろうし。それに、ちょっと気になることもある」
「何?」
「郷原、って名前だ」
 隼人は言いにくそうに口ごもった。
「たぶん、郷原たつだ。のOBで、俺らの五個上くらいだけど、この辺だとちょっと有名な不良だ。とにかく喧嘩っ早くて、キレたら止まらないらしい。東中にいたころも問題ばかり起こしてて、去年は、逮捕されて少年院に行ってたって聞いた」
「少年院……?」
「一時期ここらへんのヤンキーともつるんでたらしいんだけど、扱いに困って縁を切られたらしいからな。やばいぜ」
 真夜は、そのことを知ってるのだろうか。親友がいつの間にか、そんな危ない人とつきあっているなんてことを。
「とにかく、涼子にはもう関わるな。真夜には、涼子は変なやつとつるんでて話ができなかったって正直に言えば察するだろ。SQMは、ほとぼりが冷めころに真夜のお父さんから借りれば、光害調査は引き継げる。それでいいだろ?」
「うん……」
 答えながらも、残念な気持ちがぼくの中ににじみだしていた。
 ぼくはまた、あのメンバーで集まりたかったんだ。
 涼子が戻ってきてくれたら、もう一度空想クラブのメンバーが揃う。またあのメンバーで集まって、色々と楽しいことをしたい。淳子をつれてこようかと真夜に持ちかけたとき、感じた疼きの正体はそれだ。でも、こればかりは、ぼくがどうこうできる問題じゃない。
 空が明るい。いまはもうない暗い夜空が、ぼくたちの姿に重なる気がした。

#15へつづく
◎前編の全文は「カドブンノベル」2020年8月号でお楽しみいただけます!


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