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恩田陸も「書ける人は最初から書けるんだな」と感嘆!横溝正史ミステリ大賞受賞作『虹を待つ彼女』

 今、この解説のページに目を留めている貴方は、既に本書『虹を待つ彼女』を読み終わっていて、この小説に対する共感を求めているところだろうか。
 それとも、まだこの小説を読む前で、この小説を読むきっかけを求めているところだろうか。

『虹を待つ彼女』は、第三十六回横溝正史ミステリ大賞を受賞した、逸木いつきゆうのデビュー作である。
 俗に、作家のデビュー作にはその作家がその後に書くすべてが入っている、と言われる。
 その俗説を私は小説家になる前から聞いたことがあったけれど、単なる都市伝説みたいなものだと思っていた。
 小説家としてデビューしてからも、あれは噓だな、と思ったし、少なくとも自分にはあてはまらないと思った。
 当時の私は行き当たりばったりでデビューして、将来の作品のストックも、どんなものを書きたいかという展望も持っていなかった。この先自分がどんな小説を書くのか皆目見当がつかないのだから、よもやデビュー作にすべてが入っているはずがないじゃないか。やっぱりあれは都市伝説か、せいぜい「文豪」と呼ばれるような「立派な」作家のみに適用される説なんだな、と思っていたのだ。
 ところが、最近になって(デビューして四半世紀を過ぎてから、というのはちょっと遅いかもしれないが)、「もしかしてもしかすると、あの説は本当かもしれない。ひょっとすると、どんな作家にもあてはまる説なのかも」と感じるようになってきた。
 書いている時は無我夢中で分からなかったが、今になってみると、いちばん最初の作品というのは、無意識のうちに自分が小説家としてやっていく時の核みたいなものが入っている。
 思うに、本人も気付かずに、これから先におのれの小説を構成するであろう要素をちょっとずつ、いわば「トッピング全部載せ」みたいな状態でちりばめていたのだと感じるのである。
 そんなことを久しぶりに思い出したのは、この文庫解説を書くために、逸木裕の第二作と第三作──『少女は夜を綴らない』『星空の16進数』を読み、もう一度本作を読み返した時だった。

 小説家にはいろいろなタイプがいる。
 最初から完成度が高いタイプもいれば、書くたびにどんどん学習して大きくなっていくタイプもいる。長いことじりじりと熟成させてから大器晩成、というタイプもある。
 逸木裕は、間違いなく完成度が高いタイプで、しばしば新人賞でこのタイプが現れた時に感じる、「やっぱり、書ける人は最初から書けるんだな」という感想を持ったのを今でもよく覚えている。
『虹を待つ彼女』の主人公は、はっきり言ってかなり嫌な奴である。優秀な人材ではあるのだろうが、内心では他人を見下し、すべての行動は計算尽くであり、おのれの目的を達成するために自分を意識的にコントロールしている。他者に感情移入することはなく、そのため恋愛にも興味がない。理知的な自分にプライドを持っており、あえて「情」を排している独善的な男だ。
 その彼が、あるきっかけから、既にこの世にいない若き女性ゲームクリエイターを、AIで復活させるというプロジェクトにのめり込んでいく。そこには彼女の秘密の恋人の影がちらついていて、彼女の復活のためにその正体を探ることも、彼の強いモチベーションになっている。
 この、限りなく自分を律しているはずの理性的な主人公が、おのれにも制御し切れない、周囲が気味悪がるほど常軌を逸した情熱を持ってAI復活に懸ける過程が、この物語の推進力となり、読みどころになっている。
 実は、このように、理知的な主人公がおのれをコントロールできずにはみだしていく、というのはこのあとに続く逸木裕の第二作、第三作でも通奏低音のように共通している。
『少女は夜を綴らない』では、いつか誰かを傷つけてしまうのではないかという加害恐怖を抱え、そのリハビリのために夜な夜な殺人計画をノートに綴り、その衝動をなだめている知的な少女が現実の殺人計画に巻き込まれていく物語であり、『星空の16進数』では、色彩に対する過敏なほどの鋭い感覚を持てあまし気味の主人公が、幼い頃に遭った誘拐事件の真相を追っていく。
 つまり、理性を超えて限りなく逸脱していく自分と折り合いをつけ、受け入れていくその過程を、逸木裕は「青春」ととらえ、「ミステリー」ととらえているのだ。
 その進化を感じてから改めてこのデビュー作である『虹を待つ彼女』を読むと、おお、やはりデビュー作にはそのすべてが凝縮されているのだな、と首肯させられたのである。
 なるほど、やっぱりあの説はあらゆる小説家にあてはまるんですねえ、と改めて納得したのだった。
 むろん、それを体感できたのも、逸木裕が素晴らしく完成度の高い作家だったからであろう。
 並みの新人であれば、こんなふうにテーマがクリアに浮かび上がってくること、その進化の過程をつぶさに見てとれるなんてことは、なかなかない。
 なるほど、逸木裕の「逸」は、当人が予期していたかどうかは不明だけれど、図らずも、「逸脱」の「逸」でもあり、「逸材」の「逸」でもあったのだ、

 それでは、こんなふうに「分かって」しまうことは、今後の作品を読むのにマイナスになるのだろうか?
 もちろん、答えは「否」である。作家のテーマが幾つもの作品を経てどう発展していくか、どう深化していくかを読んでいくのは、また別の意味でスリリングでもあり、読書の楽しみのひとつでもある。
 さあ、この解説ページを読み終わった貴方は、既に本作を読んでいて、私の意見に共感してくれただろうか? それとも、最初のページを開いてこれから読もうという意欲をそそられてくれただろうか?
 ともあれ、今後に続く逸木裕の作品を楽しみに待ちたいというところでは同じであることを祈念して、筆をくとしよう。


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