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連載

逸木 裕「空想クラブ」 vol.13

【連載小説】最後のメンバー・涼子。彼女がつるんでいるのは地元の不良で――。少女の死の真相は? 青春ミステリの最新型! 逸木裕「空想クラブ」#13

逸木 裕「空想クラブ」

※本記事は連載小説です。

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第三章 稲妻の日

 おとりようこは、空想クラブの五人目のメンバーだった。
 とは幼いころからの親友で、真夜が転校してきたあとも同級生として仲よくしていた。
 実際、ふたりはいいコンビだったと思う。涼子は周りのことをよく見ている人で、自分がやりたいことに夢中になるあまり周囲が見えなくなる真夜を、〈みんなが困ってるよ〉とさり気なく諭して集団の中に戻す場面をよく見たものだ。
 真夜といつも姉妹のように一緒にいた涼子が、空想クラブに合流したのも自然な流れだったのだろう。といっても、涼子は、ぼくの空想にはあまり興味を示さなかった。もっぱらほかの子が空想しているのを見ているだけで、〈見せてよ〉と言ってきたことも一度もない。
 それでも、ぼくたちと涼子は、馬があった。涼子は、その場にいるだけでグループを円滑に回す、潤滑油みたいな能力を持っていた。
 小五から小六になる春休みだった。生まれて初めて、親の同伴なしに自分たちだけで映画を観に行こうということになり、ぼくらはシネコンの上映スケジュール表を取り寄せた。何を見るかを決める時間というのは、本来うきうきとした楽しいものになるはずだ。
 だけど、ぼくたちはけんになった。意見が、思い切りぶつかってしまったのだ。
 ぼくは『ドラえもん』の新作が観たくて、真夜は海洋ドキュメンタリーにこだわった。けいいちろうは大人向けの邦画を、隼人はハリウッドのアクション映画を観たいと言いだした。
 ぼくたちはたまに、ぶつかることがあった。大抵は深刻な衝突にならずにすぐに収まっていたのだけれど、そのときはみんな変なスイッチが入ってしまったのか、なぜか妥協できずにめた。四人とも、自分が観たい映画がいかに魅力的かの説明をはじめた挙げ句、ほかの人が観たいと言っている映画の悪口を言いだした。口論になって、もう映画を観ること自体が流れそうになった。
〈判った、こうしよう〉
 そこで涼子が、仲裁に入ってくれたのだ。
〈そんなに観たいものがあるなら、みんなバラバラに観よう? そのあとでまた集まって、誰かの家とかに行って遊べばいい。こんなことで喧嘩するの、馬鹿馬鹿しいよ〉
 ぼくたちは全員で同じものを観ることに固執していたけれど、考えてみたらそうするのが一番いい気がした。結局ぼくたちは海洋ドキュメンタリーを観に行くと親に言い、当日になってめいめい観たいものを観た。
 涼子は、『ドラえもん』についてきた。〈ありがとう。でも、真夜と一緒じゃなくていいの?〉上映開始前、並んで座ってから言うと、涼子は〈いいの〉と微笑んだ。〈真夜は映画とか、ひとりでじっくり観たいタイプなんだよ〉
 涼子が潤滑油になれる理由が、そこで判った気がした。この子は周囲をよく見て、誰かをサポートするのが好きなんだ。マイペースに突っ走る真夜と、それにく伴走をする涼子。ふたりが合うのは、当然のことといえた。
 そんな涼子に、ぼくもよく助けられた。一番助けられたことといえば、あれはそう、〈稲妻の日〉のことだ──。
 がたんごとん、と電車がやってくる音が聞こえ、ぼくは我に返った。
 ぼくは、ささくら駅の東口にいた。
 夕方になり、駅の出口は少しずつ帰宅する人があふれてきている。
 涼子は中学受験をして、いまは東京の私立に電車通学をしている。部活はやっていないと真夜が言っていたので、ここで待っていれば会えるはずだった。
〈SQMって機械を、涼子が持ってるんだ〉
 スカイ・クオリティ・メーター。空の明るさを測る機器だそうだ。手のひらに収まるくらいの小さな装置で、空にかざすと明るさを数値で出してくれる。新月が近づき、雲量などの観測条件が整った夜、真夜と涼子はささくら市のあちこちを回って夜空の明るさを測定し、グーグルマップに記録プロツトしていたらしい。
 なんでそんなことをしていたのかを聞くと、真夜は少し険しい表情になった。
〈いま、都市の夜はどんどん白くなってるんだよ。地上から出るこうが、夜を白く染めてるんだ。空全体がぼんやりと発光してるみたいな嫌な色が、年々強くなってる〉
 光害といって、空が明るくなることで虫や鳥や植物などの生態系がおかしくなるのが、世界的な問題になっているらしい。光害が人間の眠りにも悪影響があるという研究もあるそうだ。それに警鐘を鳴らすために、真夜は調査をはじめた。同じ地点での計測を定期的に繰り返し、笹倉の光害がどれほど進行しつつあるのかを明らかにする。こんなデータを取り続けてる人は日本中を探してもあまりいないらしく、来年シンポジウムで講演をする予定だったと言っていた。
〈私と同じSQMを、涼子も持ってる。途中まで、ふたりで光害調査をやっていたから〉
 大体一年前、去年の十一月ごろまで、真夜は涼子とよく会っていたらしい。
 学校は別々になったし、真夜は地学部に入っていたので頻度は週に一回くらいだったが、お互いの家に行ったり映画を観に行ったり、定期的な交流があったそうだ。夜にふたりで出かけ、光害調査をするのも毎月の恒例だった。
〈でも、去年の冬から、涼子は私に会おうとしなくなったんだ〉
 理由はよく判らない。突然連絡がこなくなり、メッセージを送っても通話をしようとしても、連絡がつかなくなったらしい。直接会いに行こうかと思っていたけれど、気が進まずにためらっているうちに時間が経ち、今回のことが起きてしまった。
〈涼子、何やってるかな……〉
 最後に、真夜は後悔した表情でぽつりと言った。その言葉の重さは、ぼくもよく知っていた。ぼくも真夜に会おうとしないうちに、生身の彼女に会える機会を失ってしまったからだ。
 そこまで考えたところで、駅の出口から、涼子が出てくるのが見えた。
 昔よりクールな印象だった。灰色のピーコートを着て、その下にチェックのスカートをはいている。ロングヘアを肩先まで下ろした長身はモデルみたいで、東京で磨かれたのか、ひがし中にはいないくらいあかけている。
 ぼくが手を挙げると、涼子は気づいたみたいだった。でも、近づいてこようとしない。一瞬視線を合わせただけで、黙って通り過ぎようとする。
「ちょ、ちょっと」
 その足は止まらない。ぼくは慌てて追いかけた。涼子はスマホを取りだして、手袋をめたまま器用に操作をはじめる。タッチパネルを操作できるタイプの手袋らしい。
「涼子、無視しないでよ」
 涼子はぼくよりも足が長くて、歩幅も大きい。早歩きをされると、ついて歩くのがきつい。
「真夜が、生きてるんだ」
 ぴたりと、その足が止まった。
 スマホをかばんにしまい、振り返る。けいべつしたようなまなしを向けながら、はーっとこれ見よがしにため息をつく。
「なんなんだよ、お前」
 涼子はつかつかと、ぼくに迫ってくる。いらった様子は、さっきまで思いだしていた柔和な涼子とは別人だった。
 その長身の圧力に、ぼくは押された。
〈私と涼子って、下手したら違う学年だったんだよ〉
 ふと、真夜が昔言っていたことを思いだした。涼子は四月二日の生まれで、真夜は三月三十日が誕生日だ。どちらかがあと少しずれていたら、違う学年だったと言っていた。
 涼子はますます背が伸びて、真夜との体格の差は広がっている。それがふたりの間の距離を表している気がして、ぼくは胸がうずいた。
「真夜は死んだよ。葬式もやっただろ。何考えてんだよ」
「ごめん、涼子、生きてるっていうのは、ちょっと言いすぎた」
「は?」
「つまり、簡単に言うと、幽霊みたいになっていて」
 最後まで聞こうともせずに、涼子はきびすを返す。ぼくはその背中に声をかけた。
「つまり、見えるんだ。ぼくの〈力〉を使えば、まだこっちにいる真夜の姿を見ることができる。真夜は涼子に、会いたがってるよ。一緒に光害調査をしたいって」
 ぼくは涼子を追いかける。
「ぼくの〈力〉が本物だってことは、涼子も知ってるでしょ? 涼子も〈稲妻の日〉に、ぼくたちと一緒にいた。真夜は本当にいるんだ。ちょっとでいいから、話を聞いてよ」
 涼子はぼくを無視して歩いていく。何を言っても響かない。
 告別式の姿から覚悟していたけれど、予想以上のへんぼうぶりだった。あの明るくて快活だった涼子が、どうしてこうなってしまったんだろう。
 ただ、このまま別れるわけにはいかない。ぼくは追いすがるように言った。
「信じられないんなら信じなくていい。じゃあ、SQMを、貸してくれない?」
「SQM?」
「涼子は真夜の光害調査を手伝ってたんでしょ? 使ってないなら、貸してほしい。真夜は感謝してたよ。二台あると、調査が正確になるって」
 SQMは繊細な機械で、センサーの角度が少し変わるだけで出てくる数字が違ったりするらしい。複数台あると、その誤差を検知できて正確な値が取れるので、涼子の協力はありがたかったと言っていた。
「ああ、あれ。もう捨てた」
 耳を疑った。SQMは普通に買うと二万円以上もする代物だと言っていた。いくら金持ちだからって、そんな気軽に捨てられるものなんだろうか。
 涼子はどんどん足を進める。これ以上追いかけても意味がないと思いながら、ぼくは足を止められなかった。
「あー、涼子じゃん」
 そのとき、前から歩いてきた女性が、涼子を見て手を挙げた。「レナさん」涼子は一変してうれしそうな表情になる。
 少しヤンキー、という感じの女子だった。ロングヘアを茶色く染め、スカジャンにジーンズというラフなかつこうをしている。気の強そうな顔立ちと大人っぽい雰囲気は、高校生か、もしかしたら大学生かもしれない。
「どうしたの涼子、彼氏?」
「違いますよ。なんか昔の同級生につきまとわれてて」
「はあ?」
 レナと呼ばれた女性はすぐさま間合いを詰め、ぼくを威嚇するみたいに覗き込む。
 その表情に、ぼくは震えた。はやが美術部の一年生を威嚇するふりをしたり、だいすけにイライラされながら見下ろされたり、最近色々な怒りに触れていたつもりだったけれど、レナのそれは全く違った。怒りを帯びながらも、弱いものをいたぶることの楽しさを抑えきれない、蛇みたいな嫌らしさがあった。
「え、ストーカーってやつ? この年でそれはやばくない?」
 顔が近づく。口からガムの匂いがして、その甘さにクラクラとする。
 レナは突然、涼子のほうを振り向いた。
ごうはらさん、呼ぼうか?」
「え、郷原さんですか? いや、そこまでは……」
「遠慮しなくていいよ。涼子、あんたは仲間なんだから、助けてもらいなって」
 レナはスマホを取りだして、どこかに電話をかけはじめる。
 嫌な予感がした。喧嘩や揉めごとなんかに縁がないぼくにも、事態がどんどん危ない方向に転がっているのは判る。
「涼子、またくる」
 ぼくは走りだした。おい、待てよてめえ! おなかにまで響くレナの強烈な怒鳴り声は、かえってぼくの足を速めさせた。
 ──涼子は、どうしちゃったんだ?
 本人も変わってしまったが、交友関係もおかしくなっている。あんな不良みたいな人とつるんだりする子じゃなかった。
 息を切らせて走りながら、ぼくは映画館で笑いかけてくれた涼子の顔を思いだしていた。

#14へつづく
◎前編の全文は「カドブンノベル」2020年8月号でお楽しみいただけます!


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