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連載

心に刺さったこの一行 vol.3

ラランド・ニシダの「心に刺さったこの一行」――近藤康太郎『百冊で耕す』河林満『渇水』より

心に刺さったこの一行

忘れられない一行に、出会ったことはありますか?

つらいときにいつも思い出す、あの台詞。
物語の世界へ連れて行ってくれる、あの描写。
思わず自分に重ねてしまった、あの言葉。

このコーナーでは、毎回特別なゲストをお招きして「心に刺さった一行」を教えていただきます。
ゲストの紹介する「一行」はもちろん、ゲスト自身の紡ぐ言葉もまた、あなたの心を貫く「一行」になるかもしれません。

素敵な出会いをお楽しみください。

ラランド・ニシダの「心に刺さったこの一行」

ゲストのご紹介



ニシダ
1994年7月24日生まれ、山口県宇部市出身。
2014年、サーヤとともにお笑いコンビ「ラランド」を結成。本書が初の著書となる。
ラランド公式サイト:https://www.lalande.jp/

【最近出会った一行】 近藤康太郎『百冊で耕す』(CCCメディアハウス刊)より


わたし自身、多大なる影響を受けた書き手の一人である近藤康太郎さんの読書讃歌であるこの一冊。
文筆のプロとして三十五年のキャリアの中で培った書物を糧にする技術が記されている。
近藤さんの書く文章は気高い。軽はずみには受け止めきれない重厚さがあり、言葉のプロとしての気品があり、読み手の心をくすぐるユーモアがある。
作中に出てくる引用は『純粋理性批判』から『ノルウェイの森』と国、年代、ジャンルも幅広い。参考文献一覧はわたしが読むのを断念した強敵揃い。
近藤さんは自らの読書の技術をひけらかさない。読書の技術を教える本であるにも拘わらず、わたしの隣で歩幅を合わせ、肘を優しく支えて導くような姿勢を崩さない。
心に刺さった一行を探そうと、読み終わって本をパラパラ捲るといくつもの箇所にアンダーラインが引かれ、ページの端は小さく折られている。
その中でもわたしの心に深く刺さったのは積ん読についての一行、

"それは、「いつか自分もこのような本を読む人間になりたい」という、自分に向けたマニフェストなのだ。"

わたしは読書好きという自負がある。その自負の分だけ、本を開いてはみたけれど読めない、理解できないということは屈辱であった。
中江兆民『三酔人経綸問答』、ニーチェ『ツァラトゥストラ』ルソー『人間不平等起源論』
わたしの本棚には読み解けないままの本が何冊も置かれている。目を背けたいと幾度となく思いながら、本を開いて挫折する。その輪廻を抜け出せずにいる。
マニフェスト。未来のわたしとの本棚を通じた会話。
この本の技術の全てを取り入れると軽々しくは言えない。それほどに近藤さんの本と向き合う姿勢は峻厳である。けれど、いつかこうなる。そう心に決めている。

【忘れられない一行】 河林満『渇水』(角川文庫刊)より


映画化をきっかけに、この作品を手に取った。
芥川賞候補にもなった作品。著者、河林満さんは2008年に亡くなっている。
主人公、岩切は市役所の水道部の職員。水道代を払わない家庭への停水執行をする役回り。
三年もの間、水道代未納の小出秀作の家の停水に向かうと、小出家の幼い姉妹と出逢う。岩切は姉妹と家を出て行った一人娘を重ね、停水を葛藤する。
映画はまだ見ていないので、これから見ようと思うのだが、小説を読んでの正直な感想。
読み手が知りたいことが絶妙に描写されていない。
主人公である岩切の停水を執行する葛藤。家を出て行った妻と子どもへの気持ち。停水予定の家で暮らす幼い姉妹の様子。知りたいことへアクセスできないむず痒さ。
しかし、そのむず痒さが物語をリアルにしているように思われる。
岩切は三十代後半、市役所の水道部に勤めている無口で無骨な男である。
人間は生きている間、言葉にしない感情がずっと心で渦巻いている。それは言葉にできないのかもしれないし、あえてしようとしていないのかもしれない。
小説の中で説明されていない事象があることで、読み手の胸にも不安が去来する。わたしが無口で無骨な岩切に成るのである。不足であるが故にリアル。小説の中に居るかのように読むことができる。
小出家の停水を執行した後の台詞、

"へんないいかただが、あの家はいちど止められたほうがいいんだよ。なんというか、そのほうが、こう、活気づくよ"

この台詞の真意は文中からは読み取れない。けれどこの岩切の言葉が、わたしを一番ざわざわさせた。
妙に平仮名が多く、ぱっと見で変だと分かる。もはやグロテスクであるとさえ感じる。読み手一人一人の胸の中にしか、この言葉の真意を繙くヒントは無いのだ。
鬱屈を抱えたまま、わたしはずっと、岩切の真意を分かり兼ねている。

書籍情報



渇水
著者 : 河林 満
発売日:2023年04月24日

映画化も決定!市井に生きる人々の姿を繊細に描き出す短編集。
市役所の水道部に勤め、水道を止める「停水執行」を担当する岩切は、3年間支払いが滞っている小出秀作の家で、秀作の娘・恵子と久美子姉妹に出会う。小出の妻は不在、秀作も長いあいだ家に戻っていなかった。姉妹との交流を重ねていく岩切だったが、停水執行の期限は刻々と迫っていた――。芥川賞候補にもなった表題作「渇水」を含めた3編を収録。厳しい日常を懸命に生きる人々を濃密に描き出す、絶望の底に希望の光がきらめく作品集。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322107000437/


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