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宮田愛萌の「心に刺さったこの一行」――『シュガーレス・ラヴ』『きらめくジャンクフード』より
心に刺さったこの一行
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忘れられない一行に、出会ったことはありますか?
つらいときにいつも思い出す、あの台詞。
物語の世界へ連れて行ってくれる、あの描写。
思わず自分に重ねてしまった、あの言葉。
このコーナーでは、毎回特別なゲストをお招きして「心に刺さった一行」を教えていただきます。
ゲストの紹介する「一行」はもちろん、ゲスト自身の紡ぐ言葉もまた、あなたの心を貫く「一行」になるかもしれません。
素敵な出会いをお楽しみください。
宮田愛萌の「心に刺さったこの一行」
ゲストのご紹介
宮田愛萌(みやた・まなも)
1998年4月28日生まれ、東京都出身。2023年2月、現存する日本最古の和歌集『万葉集』をモチーフにした小説集『きらきらし』(新潮社)を上梓し小説家デビュー。
2024年4月に『あやふやで、不確かな』(幻冬舎)を刊行。
【最近出会った一行】 山本文緒『シュガーレス・ラヴ』(角川文庫刊)より
山本文緒さんの『シュガーレス・ラヴ』。今回はこの本にしようと決めて、改めて読み返してみると、最後のページから、赤坂のスターバックスで、ジョイフルメドレーティーラテをソイミルクに変更し、エクストラミルク、エクストラホットにカスタマイズしたレシートが落ちてきた。十一月の半ばに購入したらしい。
例えばこれが渋谷のスタバならわかるのだが、なぜ赤坂なんだろうと思い、気がついた。
私はこのころ、強くなりたくてたまらなかった。体調を崩してしまい体重も減ってから戻らず、筋肉もない。健康になりたくて焦っていた私はジムに通い、そして貧弱だった私はその帰り道の寒さに耐えられずにいつもスタバのドリンクを飲んでいた。
多分、この本を買ったのも、強くなりたいという思いからだろう。この本の帯に書いてある「ストレスの中、負けない私でいたい。」に惹かれたのだろうなということも想像がつく。当時の自分を思い出し、そして現在の自分を振り返ると、相変わらず筋力はないものの随分元気になって良かったわね、と
この本は、様々な体調不良を抱える女性たちを描いた短編集だ。例えば表題の「シュガーレス・ラヴ」は味覚障害の主人公を描いたもので、急に食べ物の味がしなくなるが、甘いものだけはかろうじて感じることができるというのが印象的だった。他にも、突発性難聴や生理痛、自律神経失調症など、原因のわかるものからはっきりしないものまで幅広い。
その中で私の心に刺さった一行は、「彼女の冷蔵庫」という話の中にあった。
「ぱっと見ると、彼女は都会に暮らす二十五歳の美しい女だ。」
この話では、東京で暮らす二十五歳の義理の娘が
なんて残酷な一文だと思った。一見事実の羅列ともとれるような、悪意の見えない文章なのに、こんなにも胸を苦しくさせる。
多分、この一行が刺さったのは、私が今都会に住む二十五歳の女だからだと思う。無謀なダイエットも不摂生な生活も身に覚えがある。彼女の気持ちが痛いほどにわかった。わかったからこそ、私は何も言えなくなってしまったのだ。
彼女が戦える力を手に入れられたら良い。都会で暮らす二十五歳の美しい女でいるための努力ができる彼女ならきっと手に入れられるのだろうと思う。それでも赤の他人である私はそう祈らずにはいられなかった。
※本記事で引用している帯文は、2021年11月より期間限定で出荷していた帯に掲載されたものです。現在は異なるデザインのオビで出荷しています。
【忘れられない一行】 野中柊『きらめくジャンクフード』(文春文庫刊)より
ジャンクフードに並々ならぬ憧れがある。
ファストフード店でポテトとハンバーガーを食べながら他愛もないお喋りに勤しむ若い子だとか、学校帰りに牛丼をかきこむ様子だとか、創作の世界では何回も見たことがあった憧れの食べ物たちは、私の世界の外にあった。
中高は当たり前に寄り道禁止。大学生になったと思えば、私の趣味がダイエットになってしまったため、学校帰りに何かを食べて帰ろうなんてあまり思わなかった。食べないで済むならそれでいいし、どうしてもお腹がすいたらドレッシングの代わりにレモンと胡椒をかけたサラダかスープだった。とても不健康な生活を送っていた自信がある。
ダイエットを放棄してここ一年くらい、よくお腹がすくようになった。ご飯を食べないとお腹がすくんだなあ、という当たり前のことを認識するようになり、再び私の中に生まれたのはジャンクフードへの憬れだった。とはいえ、健康面を考えるとジャンクフードに手を出しにくいのは事実。そんな時に思い出したのはこの一文だった。
「〈ジャンク〉とは〈がらくた〉のことだけれど、私がこの本の中で〈ジャンクフード〉として取り上げた食べ物は、色とりどりの雑多な楽しいもの、といったイメージである。」
野中柊さんの『きらめくジャンクフード』という本の文庫版あとがきでの言葉である。様々なジャンクフードをテーマにしたエッセイ集なのだが、この本では、いわゆるジャンクフードというようなハンバーガーやたこやき、カレーライスなどの他にも、おにぎりやおせち料理など、一般的なジャンクフードとは少し違うものにまで触れられている。
私はこの本を読んで、私が憧れたジャンクフードのある場面には、必ず人の姿があったことに気がついた。人の生活の中にあり、楽しそうでラフに食べているものに憧れていたのだと思う。捉え方によってこんなに世界が開けるのか、と思うといたく感動した。
これならば、私がこの間友人と行ったアフタヌーンティーもお寿司も、気まぐれにデパートの屋上で食べたオーガニックなジェラートも、すべて「ジャンクフード」と言っても良いのではないだろうか。どれもがらくたと言ってしまうには、丁寧に作られすぎていて申し訳なくなるものばかりだが、「色とりどりで雑多で楽しいもの」であったことは確かだ。
自分の中にあるコンプレックスのようなものがひとつ解消されたようで、またひとつ食事が楽しみになった。
書籍情報
『シュガーレス・ラヴ』(角川文庫刊)
著 者: 山本文緒
発売日:2019年04月24日
恋、仕事、家庭。現代女性をとりまくストレスを描いた絶品短篇集!
短時間、正座しただけで骨折する「骨粗鬆症」。恋人からの電話を待って夜も眠れない「睡眠障害」。フードコーディネーターを襲った「味覚異常」。ストレスに立ち向かい、再生する姿を描いた10の物語。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321811000148/
amazonページはこちら
『きらめくジャンクフード』(文春文庫刊)
著 者:野中 柊
発売日:2009年09月04日
ええっ、これもジャンクフードなの!?
自家製ポテトチップス、早朝のピーナッツバター、初めてのベーグル。縁日の焼きそば、夏のかき氷。日米の魅惑48種のエッセイ集。