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特集

脇役が主人公を論破して物語がストップ? 又吉直樹とニシダがそれぞれの創作を語る

お笑いコンビ「ラランド」のニシダによる初の小説集『不器用で』が7月24日に発売されました。読書好きとして知られるニシダさんが、高校時代から愛読してきたのが又吉直樹さんの小説とエッセイ。特にリスペクトするのが小説内での「他者」の造形で――。お二人の文章と創作への愛と信頼が溢れる初対談となりました。

取材・文=吉田大助 写真=橋本龍二

又吉直樹×ニシダ初対談!『不器用で』『月と散文』を語り合う



ニシダ君の「濡れ鼠」を読んで
芥川の「トロッコ」を思い出しました。


――又吉さんの文筆家としてのブレイクにより、お笑い芸人が小説やエッセイを書くことは珍しくなくなってきましたが、たいていはコンビでもネタを書く人が書いていますよね。でも、ニシダさんは……。

ニシダ:1行も書いたことがなかったです(笑)。

又吉:小説、面白かったです。文章が魅力的ですよね。いい意味で、ささっと読める文章じゃない。本を開いた時に文字がみっしり並んでて、ここで改行してしまう人もいるよなってところでも続けていく。比喩的な表現もそうですし、描写も、これはみんな書かないよなっていうところをちゃんと書いている。

――比較的短いシャープな文章で、感情とか内省を書くというよりは、誰がどんな行動をしたか、何が見えたかといった描写を重ねていくスタイルですよね。文章を書くうえで、特に意識していたことはありますか?

ニシダ:できるだけ噛み砕いて、その人から見える景色を丁寧に書こうとは意識していました。あとは、「抜けるような青空」みたいな決まりきった文句を使わないようにする。何も思いつかない時は諦めて、「抜けるような」と書かず「空」って書いておこう、と。

又吉:なかなかそんなふうには、いきなり考えられなさそうですけどね。ニシダ君の読んできた、読書量あってこそなんだろうなとは思います。


――読書家として知られるニシダさんは又吉さんの小説を熱愛しているそうですが、どんなところに魅力を感じますか?

ニシダ:文章も含めいっぱい好きなところはあるんですけど、主人公にとっての他者が都合良く存在していないんですよね。読者に主人公を理解してもらうための道具としてではなく、他者がちゃんと他者として、簡単には理解できない個として存在しているんです。自分でも小説を書いてみて思ったのは、ストーリーを作る時にそういった他者って排除したくなるんですよ。でも他者って本来、そっちじゃないですか。理解できない存在ですよね。

又吉:おっしゃる通りで、他者を登場させたことによって、全然物語が進んでいかないことが結構あります。他者に主人公が論破されてしまって、「無理や。ここから先へ行かれへんやん」と(笑)。

ニシダ:お伺いしてみたかったんですが、又吉さんはどれくらいお話を決めてから書いているんですか? 僕は一応、最後の展開までだいたいの道筋を決めてから書くようにしているんですが……。

又吉:あんまり決めてないですね。関係性と、こういう場面が書きたいなっていうのが何個かあるくらいです。なんとなく最後はこういう雰囲気になるのかなって想定はしますけど、その通りになったことってほとんどないです。

ニシダ:だから、全員が自由に動いているし、ストーリーにとって都合のいい存在にはならないんでしょうね。僕の場合、どうしても最後のオチに向かって全員で協力して対立しています、みたいな雰囲気が出てしまいがちになるので、そこを回避しなければと思いながらいつも書いているんです。

又吉:人物も、魅力的な人が多かったですし、お話も面白かったです。「濡れ鼠」とか、終わりが好きでしたね。




――主人公である大学准教授の中年男性は、同棲中の12歳年下の恋人に、年齢から来る引け目を感じている。ある日、彼女が夜のアルバイトから帰ってこなくて……と。

ニシダ:恋人とか友達のLINEのプロフィール画像が変わったぐらいで、「どうした? 俺から気持ち離れたか?」みたいな考えに陥る日って、誰しもあるなと思うんです。でも、主人公は恋人よりずっと年上だから、何か聞けないというか、大人として余裕を持って接しなければと思っている。そういう人物像を作るところから、話を発想していきました。

又吉:直前まで破滅の匂いがめっちゃするんですよ。どんな残酷な場面がこの後待ち受けてるんだろうと思っていたら、「あっ、こっち側で裏切られることってあんねや」と(笑)。彼女がアルバイトをしているバーの、マスターもいい味出してますよね。急いで走って来たから壊れちゃった主人公の傘を見て「それ、捨てていってくださいね」と、どうだっていいことを言うじゃないですか。主人公の世界ではいろんなことが起きているけど、マスターの世界ではほぼ何も起こってないってことですよね。

ニシダ:何も起こっていない話なんです(笑)。

又吉:主人公だけがいろんなことを考えている。あの人の中では、いろんなことが起こっているんですよね。芥川の「トロッコ」を思い出しました。いろいろあって家にようやく帰ってこれた主人公の少年が、お母さんの胸でブワッと泣き出すんですけど、泣いている理由は彼と読者にしかわからない。面白かったですよ。

ニシダ:めちゃくちゃ嬉しいです……。


人生で能動的に何かを選んだことって
今まであまりなかったんです。

――又吉さんの最新著作『月と散文』は、芥川賞受賞作『火花』で本格的に作家デビューしてから、初めて刊行されるエッセイ集です。小説家として鍛えてきた部分が、エッセイにも入り込んでいませんか?

又吉:そうかもしれないですね。自分のホームページで2021年から連載していたものをまとめたんですが、面白い本にしたいという気合いはかなり入っていました。エッセイっぽかったり小説っぽかったり、会話ばっかりだったり大喜利だったり、詩みたいなものだったりと…いろんな種類の文章を書きたいなと思ったんです。

ニシダ:おすすめの本を紹介するYouTubeで、『月と散文』を挙げさせてもらった時も話したんですが、「どの面さげて誰が言うとんねん」という一編がめちゃくちゃ好きなんです。『レコードの針』という架空のお笑いコンビの中村虚無と又吉さんが、8ページぐらい延々と会話しているじゃないですか。テーマが、人に何かをおすすめすることの是否なんですよね。「おすすめっていいことなのか?」についてのやりとりが面白いんですよと言って、自分がYouTubeでそのエッセイが載った本をおすすめしてるという状況が、あり得ないことなんじゃないかなと途中で思い始めて最後はグダグダになってしまいました(笑)。

又吉:中村虚無は架空の芸人ですけど、先輩の僕に褒められたのに「そんな褒め方で俺たちの存在を搾取するなよ」みたいな苦情を入れるんですよね。あれの場合って、ニシダ君はどっちに感情移入してるの? 言われてる側なのか、中村虚無にもっと言えと思うのか。

ニシダ:「又吉さん、頑張れ!」と思ってました。「虚無に言い返せ!」と。でも、最後は負けた感じが若干漂って、虚無強えなぁと思いました(笑)。

又吉:虚無は強いですよ。僕も言い返せなくなったところで、あのエッセイも終わりました(笑)。

ニシダ:「鼻で息をしはじめたのは六歳の頃だった」という一編にも異様に心を掴まれました。タイトルがまず良くて、面白い話なのかなあと思って読み始めたら、「生まれ方も死に方も選べないけれど、生き方は選べる」という又吉さんの哲学が出てきて、おおっと。他の人にとっては当たり前のことであっても、それを自分で気付くことが重要で、気付いた瞬間から何かが変わっていくんですよね。綾部さん(※お笑いコンビ「ピース」の相方・綾部祐二)の話も良かったです。又吉さんが芸人をやめてお坊さんになろうかなって言ったら、綾部さんが止めたんですよね。

又吉:23歳ぐらいの時の話ですね。綾部に「寺とかで、お坊さんなろうかなと思ってます」と言ったら、「まだ早いんじゃない?」と。

ニシダ:適齢期があるものでもなさそうですけどね(笑)。でも、そこで綾部さんが止めてくれたからピースのコントも見れたし、又吉さんの小説も読めたのかもしれないと思うと、本当に感謝です。



――そろそろお時間が来てしまいました。作家の先輩として、後輩に何かアドバイスはありますか?

又吉:いや、特にないですね。もう面白いので、今の感じでどんどん書いていってください。

ニシダ:ありがとうございます! 人生で能動的に何かを選んだことって、今まであまりなかったんです。小説に関してもお仕事の話としていただいて、とりあえずやってみようかなぁというスタートで。でも、今はずっと書き続けていきたいと思っています。小説を書くことの全部が楽しいわけではないんですが、自分はこれが好きだ、という思いは揺るぎないものとしてあるんですよ。

プロフィール

又吉直樹(またよし・なおき)

1980年大阪府寝屋川市生まれ。芸人。99年に上京し吉本興業の養成所に入り、2000年デビュー。03年に綾部祐二と「ピース」を結成。現在、執筆活動にくわえ、テレビやラジオ出演、YouTubeチャンネル『渦』での動画配信など多岐にわたって活躍中。またオフィシャルコミュニティ『月と散文』では書き下ろしの作品を週3回配信している。著書に、小説作品として『火花』『劇場』『人間』が、エッセイ集として『第2図書係補佐』『東京百景』などがある。
オフィシャルコミュニティ『月と散文』:https://www.tsukitosanbun.com/

ニシダ

1994年7月24日生まれ、山口県宇部市出身。2014年、サーヤとともにお笑いコンビ「ラランド」を結成。本書が初の著書となる。
ラランド公式サイト:https://www.lalande.jp/

作品紹介

月と散文



著者 又吉直樹
発売日:2023年03月24日

センチメンタルが生み出す爆発力、ナイーブがもたらす激情。
いろんなものが失くなってしまった日常だけれど、窓の外の夜空には月は出ていて、書き掛けの散文だけは確かにあった―― 16万部超のベストセラー『東京百景』から10年。青春の後の人生の中で、孤独、家族、表現活動と向き合う日々の出来事、内側で爆ぜる感情を描く、又吉直樹の新作エッセイ集。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000861/
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不器用で



著者 ニシダ
発売日:2023年07月24日

年間100 冊を読破、無類の読書好きとして知られるニシダがついに小説を執筆。
繊細な観察眼と表現力が光る珠玉の5篇。


【収録作品】
「遺影」
じゃあユウシはアミの遺影を作る担当な――。中学1年の夏休み、ユウシはクラスでいじめられている女子の遺影を作らなくてはいけなくなった。
貧しい親のもとに生まれてきたアミと僕とは同じタイプの人間なのに……。そう思いながらも、ユウシは遺影を手作りし始める。

「アクアリウム」
僕の所属する生物部の活動は、市販のシラス干しの中からシラス以外の干涸びた生物を探すだけ。
退屈で無駄な作業だと思いつつ、他にやりたいこともない。同級生の波多野を見下すことで、僕はかろうじてプライドを保っている。
だがその夏、海釣りに行った僕と波多野は衝撃的な経験をする。

「焼け石」
アルバイト先のスーパー銭湯で、男性用のサウナの清掃をすることになった。
大学の課題や就職活動で忙しいわたしを社員が気遣って、休憩時間の多いサウナ室担当にしてくれたらしいのだが、新入りのアルバイト・滝くんは、女性にやらせるのはおかしいと直訴したらしい。
裸の男性が嫌でも目に入る職場にはもう慣れた、ありがた迷惑だと思っていたわたしだったが――。

「テトロドトキシン」
生きる意義も目的も見出せないまま27歳になり、マッチングアプリで経験人数を増やすだけの日々をおくる僕は、虫歯に繁殖した細菌が脳や臓器を冒すと知って、虫歯を治さないという「消極的自死」を選んでいる。
ふと気が向いて参加した高校の同窓会に、趣味で辞書をつくっているという咲子がやってきた。

「濡れ鼠」
12歳年下の恋人・実里に、余裕を持って接していたはずの史学科准教授のわたし。
同じ大学の事務員だった彼女がバーで働き始めてから、なにかがおかしくなってしまった。
ある朝、実里が帰宅していないことに気が付いたわたしは動転してしまう。

特設サイト:https://kadobun.jp/special/nishida/bukiyoude
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322207000260/
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