menu
menu

連載

米澤穂信「花影手柄」 vol.7

【集中掲載 米澤穂信「花影手柄」】 城の東に織田方の陣を見つけた荒木村重は……。 堅城・有岡城が舞台の本格ミステリ第二弾!#1-7

米澤穂信「花影手柄」

>>前話を読む

      6

 勝ちであった。大津の陣は乱れ、荒木勢は思うさま手柄を挙げた。夜討ち勢は屋敷の庭に集められ、縁側に立った村重が「えいえい」と声を上げれば、ほかの者が「おおう」と音を伸ばしてかちどきを作る。どの顔も汚れていたが、力に満ちていた。しかしそれでこの夜が終わったわけではない。
 武士は手柄を挙げそれを土地や名声に換えることで生きており、戦いが終わったのならば、誰がどのような手柄を挙げたのかを速やかにあらためなくてはならない。本曲輪の一角、花盛りの桜の下に、留守居の御前衆が前もって陣幕を張っていた。首実検のためである。
 雑兵足軽の類をいくら討っても、手柄にはならない。矢戦、鉄炮戦で上将を討っても、誰の矢玉が当たったかなど検めようがないため、手柄にはならない。戦で手柄を挙げる術は、まずは一番鑓や一番乗りを果たすこと。そして何といっても、おのが手で兜首を取ることだ。良き兜は身分ある武士の持ち物であり、兜をかぶった首を取ることは、名のある敵を討ち取ったという何よりのあかしとなる。首はまず、死化粧を施すため、女房衆に渡される。敵とはいえ戦って戦場に散った武士の首を無下に扱うのは心ないことであり、汚れを落として見目良く整えることが心得ある振るまいとされていた。夜がやや白みかける頃、首実検の仕度が調ったと首役人が報せてくる。
 陣幕のうちにしようを据え、村重はそこに腰かける。村重の左右には御前衆が鑓と弓を構えて立つ──首の執念に備えるのである。首役人が最初の首を持ってくる。ずいぶんと若い武者の、美しい首であった。

 首実検が終わる頃、東の空は白みかけていた。
 雑賀衆が取った首は、年寄りの首が一つ、若者の首が一つ。高槻衆の首もまったく同じ、年寄りと若者の首が一つずつであった。村重は、伊丹一郎左衛門が報せた大津勢百人たらずのうち、武士はさしずめ十人、多くとも十五人ということはあるまいと読んでいた。兜首四つはまずまずである。
 本来首実検では、討ち取った武士の名前を書き取らなくてはならない。しかしあいにく、首が誰のものかはわからなかった。ふだん大津伝十郎は戦場に出ることが少なく、大津家中の顔や名前を知る者がなかったのである。このような場合に備えてせいりよを捕らえるのが習いだが、今回ただひとり捕らえられた男は近郷から連れてこられた陣夫に過ぎず、これは誰の首かと問われても、
「存じませぬ。お許しを」
 と繰り返すばかり。それで生虜は解き放ち、首帳には「兜首」とのみ記して、夜が明けたら城内に触れを出して大津勢の顔を知る者がいないか募ることになった。
 首実検の後は、しようしやを検めて手負帳を作る。御前衆の中でも能筆な者を検分役に選び、きずを負った者に申し出をさせて、誰がどれほどの傷を負ったのかを書き記していく。今回、手負いのほとんどは浅手であった。討ち死には伊丹一郎左衛門ひとりだけで、ほかには、さげはりと呼ばれる雑賀衆の組頭が戻っていない。
 手負帳が作られるあいだ、村重は屋敷の一室で酒を飲み、たかぶった心身を落ち着かせていた。部屋には足つきの膳が一つ置かれているばかりで明かりは障子を透かす篝火頼り、酒のさかなのみである。村重のそばには、千代保が座っている。千代保もまた、この夜は休んでいなかった。
「一郎左は気の毒なことでした」
 千代保が落ち着いた声でそう言うと、村重は低くうなるように、
「そうよな」
 と応じた。
「儂をかばって死んだ」
「一郎左を討ったのは、素肌の武者であったと聞きました」
 素肌とは鎧を身につけないことである。村重は黙って頷き、千代保は床に目を落とす。
「なにやら、ながしまを思い出しまする」
「……見ておったのか」
「はい。まざまざと」
 村重はさかずきを傾けた。
 いまを去ること五年、尾張国との境目にほど近い伊勢国長島で、多くの者が死んだ。長島城には一向門徒が立て籠もり、長年にわたって織田と戦っていたが、その年とうとう籠城衆は開城を申し出た。あまの一向門徒が舟を用いて長島城を去ろうとしたが、信長はこれに突如鉄炮を撃ちかけて多数を殺した。一揆勢はこの騙し討ちに血涙を流して憤り、決死の者数百を募って信長本陣に素肌で切り込み、信長の兄弟ほか織田の一門衆を数多く殺した。織田勢は鎧も着けぬ兵を止められなかったのである。
 千代保の父は、大坂本願寺の縁者だ。加勢として長島に入った父に従い、千代保はこのとき長島城にいた。素肌武者の戦いぶりを、千代保はおのれの目で見たのだろう。
「死に物狂いとは恐ろしいものだとつくづく思い知りました」
「まさにな。死兵ほどすさまじきものはない」
 村重はそれを承知であったから、大津の陣を四方から囲むことはしなかった。逃げ道が残っていれば兵は決死の覚悟を固めることはなく、まず逃げようとするからだ。たまたま村重の目の前にさまよい出た武者ひとりが死兵と化したのは、一郎左にとってまことに不運なことだった。しかし村重は、そうしたいきさつを千代保には語らない。手は打っていたのだと言えば、あまりに言い訳めく。
「一郎左は良き武士でした」
「良き武士であった」
 御前衆は村重の身のまわりを警固するため屋敷に上がることも多く、千代保とも顔を合わせることがある。戦で人が死ぬのは当たり前だが、それで愛別離苦が消尽するわけもない。村重は勝ち戦を祝い、同時に、千代保の心痛を思う。
 障子の外で鎧が鳴る。
「申し上げます」
 郡十右衛門の声であった。
「何事か」
「雑賀衆下針、戻りましてござります。殿に言上仕りたき儀があると申しておりますが」
「わかった」
 村重が盃を置いて立ち上がる。千代保は頭を垂れ、村重を見送った。

 下針は額と肩に布を巻かれていた。血が滲み、庭に置かれた戸板に寝そべっている。同輩の雑賀衆はもちろん、高槻衆、それに御前衆も、下針を遠巻きにして様子を見守っていた。村重が縁側に現われるとかれは苦しげに半身を起こそうとするが、村重に「そのままでよい」と言われ、ばたりと体を横たえる。それでも気丈に、
「不覚を取り申した。鉄炮は斬り合いに向きませぬな」
 とくちもとに笑みを作ってみせた。
 下針の傍らでは、鈴木孫六が膝をついている。孫六はいつも通り苦虫を嚙みつぶしたような顔で、ちらりと下針を見て言った。
「この者が敵陣に躍り込んで兜首に鉄炮を撃ちかけた後、横合いから額を切られるところを見た者がありまする。はつぷりの心得が良く命は助かり申したが、しばし死に入っておったとのこと。帰陣の遅れはなにとぞご容赦下され」
 村重は頷いた。
「わかった。下針、よう働いた」
 それを聞き、下針は真顔になって言う。
「直々の御言葉、かたじけのうござる」
「お主、儂に言いたいことがあるとか。許す、言うてみよ」
「さればその事」
 傷が痛むのか顔をしかめ、下針は声を励ます。
「それがしが目を覚ますと、敵陣は蜂の巣をつついたような騒ぎにござった。見つかってはかなわじとしばし葦の中に身を潜めており申したが、その間にそれがし、御大将お討ち死にと言い交わす声をしかと聞いてござる」
 おお、というどよめきが上がった。村重も太い眉をぴくりと動かし、我知らず、
「なに」
 と聞き返す。
「間違いござらぬ。敵方の宿老おとなおぼしき老武者が、陣引け、高槻に戻れと差配するのも聞き申した」
 御大将と言えば大津伝十郎長昌のことであろう。夜討ちの中で大津を討ち取っていたとなれば、これは望みもしなかった大勝である。老武者が退き陣の指図をしていたというのも、討ち死にした大津に代わって命を下していたのだと考えれば筋が通る。村重はすぐに十右衛門の名を呼んだ。駆けつけひざまずく十右衛門に命じる。
「聞いたか。敵陣をうかがって参れ」
 十右衛門は夜通し戦った疲れも見せず、かえってこうふんに上気した顔で、
「かしこまってござりまする」
 と答え、ぱっと駆け出した。
 下針は養生のため天守へと運ばれていく。残った兵たちが囁き合う声が村重の耳にも届く。
「まことか」
「われらは敵大将を討ったのか」
「首は四つであったが」
「大津殿は若年、二つはしわくびであったぞ」
「ならば……」
 村重も、心のうちでは同じことを考えていた。若武者の首は雑賀衆が一つ、高槻衆が一つ挙げている。本当に夜討ち勢が大津伝十郎を討ったのであれば、そのどちらかが大将首であろう。
 どちらか。大手柄を挙げたのは、雑賀衆か、高槻衆か。
 首は未だに、首実検を執り行った陣幕の中に残されている。村重が何となくそちらを見ると、居並ぶ将卒もつられて同じ方を向く。白みゆく空の下、陣幕は月の残光に照らされてそこにあった。


「カドブンノベル」2020年1月号

「カドブンノベル」2020年1月号より


関連書籍

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2022年1月号

12月25日 発売

怪と幽

最新号
Vol.009

12月21日 発売

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP