【集中掲載 米澤穂信「花影手柄」】 城の東に織田方の陣を見つけた荒木村重は……。 堅城・有岡城が舞台の本格ミステリ第二弾!#1-6
米澤穂信「花影手柄」
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「案内せよ。敵を見る」
十右衛門が「は。こちらにござる」と先に立つ。村重は弓を持つ御前衆を三人ばかり、それに加えて陣太鼓を持つ者と法螺貝を持つ者を呼び、ついてくるよう命じる。葦をかき分け泥を踏んで歩を進めれば、ほどなく土地が開け、間遠に篝火を掲げた敵陣が遠目に見えた。そして、葦に隠れた村重から数十歩ほど離れて、確かに二人の武者が月明かりの中に立っている。二人とも鎧は着込んでいるが、右の武者は兜をかぶっておらず、さては警固の足軽だろうと村重は読んだ。敵は何やら話をしながら有岡城を睨んでおり、村重たちには気づいていない。村重は御前衆に「弓を貸せ」と言い、弓矢と引き換えに自らの兜を預けた。弓を選んだのは鉄炮では音が立ちすぎるためであり、兜を脱いだのは、吹き返しが妨げになって弓を存分に引き絞れないことがあるためだ。
村重が弓を持ち、ほかに弓を持つ御前衆が二人、村重に並ぶ。
「わしが右を射る。おぬしらは左を射よ」
そう命じて、村重は矢をつがえる。
矢は、武者の眉間を射貫いた。最期に武者は確かに村重を見た。かれは口を開きかけ、そのまま泥の上に倒れ込んだ。
次いで二本の矢が、左の武者に飛ぶ。一矢は外れ、もう一矢は武者の肩に突き立つ。大きく目を見開いたのも一瞬、武者は倒れた同輩を助け起こそうとしてか膝をつき、同時に口を大きく開いた。
「おおい!」
声は止められなかったが、長く続くこともなかった。続けて放った村重の矢が目を射貫き、御前衆の矢が喉と腿を貫いたからである。夜討ちは露見したか、と村重は
「陣太鼓を二つ打て」
命じられた御前衆は、すぐに陣太鼓を打った。夜の静けさを破って太鼓の音が葦原に響き渡る。葦がいっせいにそよいだかのように見えたのは、雑賀衆と高槻衆が駆け出したからだ。村重が大きく息を吸い、
「
と大音声を張り上げると、あたり一面からわっという声が上がった。御前衆が村重を囲んで守りを固める間に、兵たちが陣の柵木に取りついた。最初の鉄炮が放たれる音が静けさを破ると、敵陣に矢が雨と射込まれ、弾が
やがて
と、陣の篝火を背にして、黒い人影が陣からまろび出てきた。見れば、
「われは大津伝十郎様家中、
そして身を低くし、村重目指してぱっと駆け出す。鉄炮が放たれ矢が射られ、硝煙が風になびくが、手練れ揃いの荒木御前衆がこの時ばかりは不思議に的を外した。山太夫は応と叫び、村重まであと七歩、六歩、五歩と近づく。鑓を持つ者が村重の前に立ち、村重も腕組みをといて腰の刀に手を伸ばす。村重秘蔵の名刀、
村重の右斜め前に立った伊丹一郎左衛門が、「下郎め」と叫んで持鑓を繰り出す。穂先は狙い過たず山太夫の右肩を傷つけるが、山太夫は左手に刀を持ち替え、ずいと突き出した。思いがけず鋭いその突きは一郎左の喉元に延び、切っ先は喉輪に阻まれたが、滑った刃が一郎左の首をすっぱと切り裂く。血煙が立った。
「おのれ」
御前衆同輩が色めき、刀を振る、鑓で突く、しかし山太夫はそれをもくぐり抜け、見事村重の眼前まで駆け込んだ。まだ刀の間合いではなかったが、村重は鈍刀を振りかぶり、無言でそれを振り下ろす。左右を刃に囲まれた山太夫はそれを
「ぐっ」
村重の
「殿。合図にござる」
そう声を掛けたのは、郡十右衛門だ。十右衛門が指す方を村重が見ると、月明かりに浮かぶ有岡城本曲輪で、松明の火がちらちらと円を描いている。物見櫓に残した兵が、敵に大津の陣を救うための動きがあることを知らせているのだ。村重はすぐに命じた。
「貝吹け」
役目の者が法螺貝を口に当て、長く長く吹く。戦の音はにわかには
「織田の助勢が来る。兵を
「は」
二人の将は頭を垂れると、それぞれの手勢をまとめ始める。十右衛門が、伊丹一郎左衛門の