【第178回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第178回】柚月裕子『誓いの証言』
山を切り崩し、岩を掘り出す丁場は危険な場所だ。いまでこそ数は減ったが、すべて人力で作業をしていた時代は、怪我をしたり命を落とす者が多かった。そのような者が出ると縁起が悪いとされ、七日のあいだ丁場を閉じ、近くにある神社へ参詣して穢れを祓うのが習わしだった。
近年では怪我をしたくらいならば丁場を閉じるまではしないが、負傷した者が神社へ行き今後の無事を願うことは行っていた。
勝也が言うには、丁場で最後に死人が出たのは三十年以上前のことで、それも今回のように丁場が血で汚れるようなものではない。もともと心臓に持病を抱えていた高齢の職人が、心臓発作で倒れそのまま息を引き取ったのだという。そのときは古い習わしに従い、七日のあいだ丁場を閉め、神社でお祓いをした。勝也の話では、前組合長の児玉謙吾をはじめ、組合の誰も亡くなった職人を責める者はいなかったらしい。本人に非はないとし、むしろ最後まで丁場で仕事をしてくれたことに感謝していたという。
だが、今回は違う。
原じいは酒に酔い、激しい雨が降る夜、危険だと知りながら丁場へ自ら行った。そこで岩場から足を踏み外し、丁場で死んだ。その死は避けられたものであり、ましてや丁場を血で汚すなど許されるものではない。蕃永石事業協同組合としては、長く丁場に貢献した者への恩義として香典は包むが、それ以外はなにもしない。供花も出さないし弔電も打たない。大橋以外の組合員は葬儀にも参列しない。そう勝也は明言した。
勝也の意思は、組合員にとって命令と言っていい。勝也の言動に従わない場合、逆らったとみなされる。自分が原じいと同じ道を辿らないとも限らない。そう思うと、誰も葬儀に参列することはできなかった。
(つづく)
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