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連載

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』 vol.17

【第177回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。

【第177回】柚月裕子『誓いの証言』

 唯一、原じいが耳を傾けるのは、晶の言葉だった。原じいは時々、カップ酒を飲みながら家のあたりを歩いていることがあった。あまりのだらしなさに、道行く人は原じいに家で飲むように促した。しかし、原じいは言うことを聞かない。カップ酒を飲みながら、ふらふらと道を歩いていく。
 町内の者は、家にいない原じいを捜し歩く晶をよく目にしていた。大橋も見たことがある。原じいの名を呼びながら、家の近くを捜していた。
 晶はよろめきながら歩いている原じいを見つけると、急いで駆け寄り大きな声で叱った。もうお酒は飲まないって言ったじゃない、といったことを言いながら、手にしているカップ酒を奪い取る。原じいは晶に支えられながら、大人しく家に帰っていった。あの雨の日も、晶は同じように原じいを捜していたのだろう。
 道を歩いている原じいに声をかけるのは、近所の者たちだけだった。丁場の人間は、誰も話しかけない。見て見ぬふりをする。自暴自棄になっている原じいを見ていると、自責の念に苛まれるからだ。
 原じいを組合から外さなければ、自分たちの生活が成り立たない。児玉には逆らえなかったんだ。大橋をはじめ誰もが心で、自分は悪くない、と言い聞かせた。しかし、どのような理由であれ、原じいを見捨てたことは事実だ。原じいを見ていると、自分が責められているように感じた。
 組合から葬儀に参列したのは、大橋だけだった。
 誰もが、原じいを弔いたかった。線香をあげて手を合わせ、見捨てた詫びを言いたかった。だが、それができなかった。
 勝也だ。
 原じいが死んだ翌日、勝也は組合員を事務所に集めて原じいの死を伝えた。勝也は自分のところの丁場で長く働いた職人の死を悼みつつも、丁場で死人が出たことに憤っていた。

(つづく)

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連載小説『誓いの証言』は毎日正午に配信予定です(日曜・祝日除く)。更新をお楽しみに!
https://kadobun.jp/serialstory/chikainoshogen/

第1回~第160回は、「カドブン」note出張所でお楽しみいただけます。

第1回はこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/n/n266e1b49af2a
第1回~第160回の連載一覧ページはこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/m/m1694828d5084

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