【第237回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第237回】柚月裕子『誓いの証言』
大橋は呼吸ひとつ分の間のあと、短く答えた。
「原じいです」
「原じい――正式なお名前はなんというのですか」
大橋は小声で答える。
「原滋さんです」
傍聴人の多くが、それは誰だ、という顔でやり取りを見ている。裁判官も岩谷もそうだ。公判の前に行われる公判前整理手続きのときに、大橋の証人尋問は申し出ているが、理由までは細かく述べてはいなかった。原告の幼少期と深いかかわりがある人物だ、としか言っていない。この場で大橋を証人として呼んだ本当の理由を知っているのは、被告人の久保と佐方、小坂、そして――
佐方は目の端で傍聴席の最前列を見た。
端の席に晶がいる。うつむき加減の姿勢で、目だけで佐方を見ていた。その目に敵意のようなものが浮かんでいる。久保、佐方、小坂のほかに大橋の出廷の理由を知っているのは晶だ。この四人だけが、大橋が証言台に立つ意味を知っている。
佐方はこの事件の核心に向かって、尋問を続ける。
「原滋さん――それは、誰ですか」
「蕃永石の丁場に長く勤めていた職人です」
「その人はいま、どうされていますか」
大橋が言葉を絞り出すように答える。
「もう、亡くなっています」
「亡くなられたのはどれくらい前ですか」
「亡くなってから、もう十七年になります」
「亡くなった理由はなんでしょう」
「転落です」
「もう少し詳しく教えていただけますか」
「雨の日に丁場で足を滑らせて、岩場から転落したんです」
「不慮の事故、ですね」
そこで大橋は黙った。俯いたままじっとしている。佐方は返事を促した。
「答えてください、大橋さん。原さんの死は不慮の事故によるものだったんですね」
(つづく)
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