【第236回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第236回】柚月裕子『誓いの証言』
佐方は自分の足元を見ながら、尋問を進める。
「蕃永石とはとても貴重とされている高級石材ですね。蕃永町には、丁場と呼ばれている大きな採掘場がありますが、そこに勤めているのですか」
大橋は頷く。
「はい、もう四十年近くなります」
「四十年――長いですね。そのあいだに、いろいろな方と出会われたでしょうね」
「ええ、それはもう、たくさん――」
「そのなかに、大橋さんにとって恩人と呼べる人もいますか」
大橋は少し考えてから答える。
「恩人というか、師匠というか――一生忘れられない人がいます」
「それは、誰ですか」
「異議あり」
すんなりと進んでいた尋問を、いきなり岩谷が遮った。
「弁護人の尋問は、本件にかかわりがないものです」
「裁判長、違います」
佐方は乙部に訴える。
「この事件の真相は、原告の過去に深いかかわりがあります。そこを知らずして、この事件を裁くことはできません。尋問を続けさせてください」
乙部は両側にいるふたりの裁判官に、小声で話しかける。意見を聞いているのだ。やがて乙部は佐方を見て言った。
「異議を棄却します。弁護人は尋問を続けてください」
岩谷が悔しそうに顔をゆがめ、椅子に尻を戻す。佐方は乙部に頭を下げ、尋問を続けた。
「大橋さん、先ほどの質問に答えてください。あなたにとって、一生忘れられない人とは誰ですか」
(つづく)
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