【第164回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第164回】柚月裕子『誓いの証言』
会場を見渡すと、組合の者たちが来客の対応をしていた。普段、職人たちは採掘場で石を切り出し、作業場でひたすら石に向き合っている。知らない人と話をするのは慣れていない。しかし、今回は自治体の関係者で蕃永石に詳しい者が多くなく、会場での説明役に駆り出されていた。
最初は緊張のせいで誰もがぎこちなかったが、日が経つにつれ笑顔が出るようになった。自分たちの仕事に関心が持たれ、蕃永石の将来に光が感じられることは、原じいの件があって以来鬱屈としていた組合員たちの気持ちを明るくした。大橋も、蕃永石が広く知られることは単純に嬉しかった。
大橋は、会場の隅にある作品に目をやった。
小さな地蔵だった。五体あり、それぞれ違った表情をしている。笑っているような地蔵、泣いているような地蔵、眠っているような地蔵など、見る人によってさまざまな表情に見える。五体でひとつの作品で、作品名は、五体一地蔵。作ったのは原じいだった。
企画が持ち上がったとき、原じいの作品を展示するか否かが組合の会議で協議された。勝也は、これからの蕃永石を打ち出すための企画だから、古い作品を展示すべきではない、との意見だったが、半数以上の職人が、原じいの作品に限らずいままでの職人が手がけたものは展示すべきだとの意志を示した。過去を知ることで未来が見える。蕃永石の歴史を知ってもらうには、いままでの職人が作り上げてきた作品を紹介すべきだ、と勝也に進言した。
理にかなったこの反論を退けることはできず、勝也は作品の展示を許可した。蕃永町の蕃永石資料館に保管されている、古くは江戸時代のものから近年に至るまでの職人たちの作品が会場に運ばれた。
そのなかのひとつが、五体一地蔵だ。
大きさは、床の間に横一列で並ぶほどの小さいものだが、会場を訪れる多くの人の目を惹いた。地蔵のなんともいえない表情と、一体一体それぞれの丁寧な造りが好まれたらしい。
(つづく)
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