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【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』 vol.5

【第165回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。

【第165回】柚月裕子『誓いの証言』

 それは国内だけでなく、海外からの反応も同じで、何人かのコレクターから、売ってほしい、と言われた。しかし、それは断らざるを得なかった。まず、原じいの作品は量産品ではなく、同じものはふたつとないこと。そして、ひとりに売った場合、ほかの客からの注文にも応じなければならないが、原じいでなければ同様の品質のものが作り上げられるとは思えないことなどが妨げとなった。
 期間中に大橋は幾度か勝也に、原じいに製作依頼を出してはどうか、と持ち掛けた。蕃永石の作品が多くの人の手に渡ってほしいとの思いもあったが、これがきっかけで、原じいが再び丁場と仕事ができるようになるのではないか、との望みもあった。
 しかし、勝也は首を縦に振らなかった。
 方向性を違えた職人を再び使うということは、勝也が打ち出している蕃永石のこれからを見据えた方針が揺らぐことになりかねない。目先の得ではなく、もっと先の蕃永石の未来を見据えて判断しなければならない、と言われた。
 その話を聞いたときは、どこまでも原じいを排除しようとする勝也に怒りが湧いた。しかし、すぐにその感情は薄れた。
 原じいとは、もう長いこと顔を合わせていなかった。晶もそうだ。晶が頻繁に大橋の家を訪れていたころから、およそ二年ほどの月日が経つ。当時二歳だった娘の恵は四歳になった。
 原じいや晶とは、町のスーパーや道ですれ違うことはあっても、互いに挨拶すら交わさなくなっていた。原じいも大橋も、相手に気づかないふりをして遠ざかる。しかし、晶だけは違った。二年前と同じように、怒りを込めた眼差しで大橋を見据えてくる。その目を見返すことができず、大橋はいつも晶から逃げるようにその場を立ち去っていた。

(つづく)

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連載小説『誓いの証言』は毎日正午に配信予定です(日曜・祝日除く)。更新をお楽しみに!
https://kadobun.jp/serialstory/chikainoshogen/

第1回~第160回は、「カドブン」note出張所でお楽しみいただけます。

第1回はこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/n/n266e1b49af2a
第1回~第160回の連載一覧ページはこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/m/m1694828d5084

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