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連載

小林泰三「未来からの脱出」 vol.4

ここはどこだ、俺はだれだ、どうしてこんなところにいる――。予測不能の大脱出劇! 小林泰三「未来からの脱出」#1-4

小林泰三「未来からの脱出」

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 いったいここは何の施設なんだ?
 サブロウは疑問を感じ、ここに入ったいきさつを思い出そうとする。
 だが、どうもはっきりしない。何となく、慌ただしく、いろいろな手続きをしたような気がする。自分一人でやったような気もするし、誰かに手伝って貰ったようにも思う。
 はっきり思い出せないということはやはり何らかの記憶障害があるのだろうか。ひょっとしたら、ここに来た当初は症状が相当ひどく、それが最近になって改善してきたということはないだろうか?
 そもそもこの施設は何だ? 日本語も英語も全く解さない、もしくは解さないふりをしている職員に老人たちの面倒を見させるなんて。これは何かの実験なのだろうか? だが、そんな実験に参加することに同意したつもりはない。もしくは同意したことまで忘れているのだろうか? たとえそうだとしても、現時点でその意思がないのだから、このような扱いをされるわれはない。
 だが、現状を抜け出す方法は全く思い付かなかった。職員たちに文句を言っても何の反応もない。入居者たちと話し合うこともあるが、みんなサブロウと同じくこのような状態に陥った理由については皆目わからないようだった。
 現状については、ぼんやりとした認識はあった。
 自分の年齢はおよそ百歳程度だ。九十何歳なのか、百何歳なのかはわからない。だいたいそのぐらいだ。他の入居者もその程度だろう。もっとも齢のとり方は個人差が大きいので、ずっと若い者や遥かに高齢の者もいるかもしれない。
 場所はおそらく京都の郊外だ。どこだとは言えないが窓から見える山の景色もそんな様子だ。
 他の入居者にいてみても、だいたい同じような答えが返ってくる。中には東京近郊だとか外国だとか言う者もいるが、少数意見なのでたぶん勘違いだろう。
 今まで何度かいったん家に帰らせてくれとか、施設の外に出してくれとか、職員に頼んだ記憶はあるが、いつもは勘のいい彼らがその時は何の反応もしなかった。
 奇妙なことはまだあった。サブロウが覚えている限り、新しい入居者は一人もいなかったのだ。それだけなら、ただ単にサブロウが覚えていないだけかもしれない。だが、入居者の家族などの面会が全くないのはに落ちないことだった。しかも、サブロウ以外の入居者がそのことにあまり疑問を持っていないことも不思議だった。
 意図的に閉じ込められているとしたら、人権上問題がある。だが、職員にそう主張しても何の反応もない。入居者同士で話し合っても解決策は見付からず、諦め気味だ。
 サブロウは苛立ちを感じていた。
 このようなことがいつまで続くのか? ひょっとして一生続くのか?
 自分の寿命がどのぐらい残っているのかわからないが、どれだけ短くても残りすべてをここに閉じ込められて過ごすのかと思うと、サブロウは心底うんざりするのだった。
 しかし、この状況から逃げ出すには、何をどうすればいいものか。
 何も思い付かないサブロウは仕方なく、日記帳を目の前でぱらぱらとめくった。
 何かが目に入った。
 どこかのページに何か書いてあったような気がした。もちろん、どのページにも文章が書かれているのだが、それとは違う何かが書かれていたのだ。
 何がどう違うか、うまく言葉にはできないが何かが違っていた。
 サブロウは日記帳のページを一枚ずつ確認した。だが、どのページにも特に奇妙なものは書かれていないように見えた。文字も多少の濃淡はあるが、全部同じ筆跡に見えた。
 気のせいだったか。何か新しいことが始まりそうな気がしたのに。
 サブロウはまた日記帳をぱらぱらと捲った。

 このメッセージに気付い……

 何だ、今のは? 今、俺はページをぱらぱらと捲っていた。特定のページを見ていた訳ではない。それなのにどうして、文章が読めたんだ?
 サブロウは気を落ち着けて、もう一度ページを捲った。
 ページを捲るたびに、ぱっぱっぱっと文字が目の中に飛び込んでくる。一ページに一文字だけ、微妙に色の濃い文字があり、ページを素早く捲るとそれが連続して見えて文章になるのだ。
 まるで、子供の頃見た『ルパン三世』のオープニングみたいだ。そして、これは暗号だ。
 サブロウはそう思い、少しわくわくした。
 いったい誰からの暗号かはわからない。だが、俺の日記帳に仕組んだということは、俺向けの暗号に違いない。
 サブロウははやる気持ちを抑え、ドアの鍵を確認し、窓のカーテンを閉めた。部屋の中に隠しカメラなどは見当たらないが、もしあるとしたら簡単には見付からないようにしているはずだ。
 ベッドに寝転がり、顔の上に日記帳をかざす。この角度ならベッドの中にカメラを仕込んでない限り、撮られることはない。他の角度から見ると、ただ単に寝転がって自分の日記帳を読んでいるようにしか見えないだろう。
 もう一度ぱらぱらと捲る。

 このメッセージに気付いたら、慎重に行動せよ。気付いていることを気付かれるな。ここは監獄だ。逃げるためのヒントはあちこちにある。ピースを集めよ。

 それだけだった。もう一度角度を変えたり、捲るスピードを変えて何度も確認したが、それ以上の文章は見付からなかった。
 何だ、これは? これでは、暗号を解いたら、「これは暗号だ」という文章だったようなものじゃないか。ただの悪戯いたずらか?
 いや。そうじゃない。暗号だとしたら、それは暗号を送りたい相手以外には知られてはいけないはずだ。この暗号システムは一種のコロンブスの卵のようなものだ。ここに暗号があるとわかっていない状態では、まず見付からないが、一度気付いてしまうと簡単に読めてしまう。大事なことを書く訳にはいかないはずだ。
 だとしたら、なぜこの暗号は仕掛けられたのか? 暗号があるということしか伝えられないのに。
 そうか! これはまさに暗号があるということを俺に伝えたかったんだ! 「ヒント」「ピース」というのは、おそらく別の暗号のことだ。「敵に知られる可能性があるからここにすべては書けないが、重要なことは他の暗号に書いてあるからそれを探せ」という意味なんだ!
 敵? 敵って誰だ。
 サブロウはもう一度暗号文を読んだ。そこには「敵」とはひと言も書いていない。だが、暗号で書かれている時点で「敵」を想定していることは間違いない。
 ここが監獄なら、職員たちは獄卒だ。おそらく暗号作製者が想定している「敵」は職員たち、もしくは職員たちの上位に立つ者だろう。

 慎重に行動せよ。

 職員たちが「敵」だとしたら、周囲は敵だらけだ。多勢に無勢ではどうしようもない。
 いや。無勢とは限らない。職員の数はせいぜい二十数名だ。それに対し、入居者の数は百名以上いそうだ。一斉に蜂起すれば、制圧できるだろう。
 ……本当に?
 焦りは禁物だ。まず状況を分析し、それから戦略を練るべきだ。
 職員たちはすべてつながっていると考える必要がある。それに対し、入居者側は未組織の段階だ。ここが監獄であるという事実を伝えて仲間を増やすにもある程度の日にちが掛かる。職員たちが日本語が理解できないと安心してはいけない。彼らが「敵」だとすると、当然ながら日本語を理解できないふりをしているだけの可能性が高い。仲間の説得は職員たちがいないときにこっそり行う必要がある。

(つづく)


「カドブンノベル」2019年11月号より


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