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レビュー

あの時、映画館には血の臭いが充満していた。 『人外サーカス』

 僕は子供の頃、映画監督に憧れていた。きっかけは六歳の時に観た『シンドバッド黄金の航海』だった。幼くしてシネマディクトになった僕は絶対映画監督になると決意し、毎晩撮りたい映画を空想しながら眠りについた。生来飽きっぽい性格だったが、映画に対する情熱だけは衰えなかった。さらに中学・高校と友人が皆無だったため、現実逃避もかねて映画館に入り浸った。好きなジャンルはホラーで、特に『死霊のはらわた』と『死霊のえじき』に圧倒された。強い影響を受けた僕は朝から晩まで〈撮りたい映画〉=〈スプラッター・ムービー〉を空想した。様々な人体破壊シーンを考案し、そのつど絵コンテを書いた。

 今思えば、これが僕の〈十代〉=〈青春〉における核心であり一筋の光明だった。何をやってもうまくいかず、後悔だけが鬱積していた当時を振り返ると、過ぎ去った闇の中、映画に関する記憶だけは探照灯に照らし出された夜空の飛行船のように、鮮やかに浮かび上がる。

 しかしその映画黄金期も高校卒業と同時に衰退の一途を辿る。諸事情により歯科大学に進学した僕は学校行事に忙殺され、目先の現実に精力を傾注するようになった。映画館(そして映画そのもの)に対する興味は急速に薄れ、足を運ぶのが億劫だと感じるようになった。撮りたい映画を空想することもなくなり、やがて空想していたこと自体を忘れた。目先の現実に精力を傾注し続けた僕は、いつの間にか現実に飲み込まれ、噛み砕かれ、痰のように吐き出されて地面に落ちた。

 入学から七年後、僕は大学を中退した。三回留年した挙句の遅すぎる決断だった。

 今回、小林こばやし泰三やすみの『人外サーカス』を一読して想起したのは、青春時代、スクリーンにかぶりつきで観た八〇年代のホラー・ムービーだった。

 サバイバル・ミステリと銘打たれた本作は〈異形のモノたち〉=〈有翼態や狗狼くろう態の吸血鬼軍団〉と運悪く巡り合ってしまった〈人間たち〉=〈サーカスの団員〉が訳も分からぬまま、それでも奴らの餌にならないよう、死に物狂いの戦いを繰り広げる。冒頭からラストまで切れ目なく続くバトルシーンは過激で、常に派手な肉体損壊を伴う。鉄パイプの殴打で歯が飛び散り、ナイフは顎を貫いて口蓋に達する。自動小銃は皮膚と筋肉を引き裂き、骨を打ち砕き、内臓を撒き散らす。爆風は一瞬で四肢を吹き飛ばし、噴き出す炎はヒトも化け物もまとめて巨大な松明たいまつにしてしまう。その情け容赦ない、直情的で直線的な残酷描写の連続は、一見すると海外で大人気の残虐格闘ゲームを彷彿とさせるが、中でもシリーズ最新作『モータル・コンバットX(MKX)』でさらなる進化を遂げた〈フェイタリティ〉=〈倒した相手にとどめをさす行為〉における、壮絶なゴア・シーンにも比肩する迫力だ。

 ただ、『MKX』と『人外サーカス』の決定的な違いは、前者が鮮やかで滑らかではあるが無味無臭のCGであるのに対し、後者は、正確には後者の文章が脳内に喚起する映像はざらついていて陰影があり、常に鼻腔にからみつく臭い(そして香り)を放っているのだ。

 僕は断言する。あの時、あの名も無き無力な十代の頃、硬い椅子に座ってかぶりつきで観た映画からは、確かに濃密な臭いが漂っていた。血の臭いや肉の焼け焦げる臭い、ガソリンが燃え上がる臭いや一面に立ちこめる火薬の臭いがスクリーンから溢れ出し、場内に充満していた。その時と同じ臭いが『人外サーカス』からは濃密に感じられる。言い方を変えれば、CGでは再現することのできない、魂を持った〈肉体損壊描写〉=〈ホラー〉が横溢している。しかもそれだけではない。ストーリーにはミステリ要素が巧みに織り込まれ、ラストでは衝撃の〈告白〉=〈SHIT!〉が待っているのだ。

『人外サーカス』は若き日に幻視した一筋の光明であると同時に、CG全能時代に活を入れる一振りの警策のごとき快作だ。


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